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反撃
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地面に尾びれで立つと痛いなぁなどと場違いなことを考えていると、タラッタが掴んだ手から逃れるように身を捩った。どうやらまだフラウの魔法の支配を受けているようだ。
正直この状態で抵抗されるのはちょっと辛い。主に尾びれが。
「ふふっ。そうね、ちょっと甘く見ていたわ。でも、水のない人魚なんて恐れる価値もないわっ! みなのもの、さっさと人魚を殺して血肉を献上なさい!」
「あー、なんていうんだっけそういうの。えーと……」
暴れるタラッタを抑え込むように片手で肩を抱き寄せて考える。あまり漫画やアニメなどを見たことはないが、聞いたことくらいはある単語。
「あっ。そうそうフラグだ」
「はぁ?」
「ってことで回収お疲れ様。異常潮位」
バハルの全身の深紅の鱗が魔力を帯びて輝き、片手から海水がものすごい勢いで溢れだす。
「な、なんだ!?」
「落ち着きなさい。ただの水を出す魔法よ」
「そう。ただの水を出す魔法。だけどこの場を人魚のテリトリーに変える魔法とも言えるな」
「面白い言いかただこと。この広い謁見の間を埋め尽くすほどの水が出せるのかしら」
扉は閉められ窓ははめ込み型の細長いもので謁見の間は密閉空間といえる。それでもフラウが余裕なのはこの部屋が広いからだろう。だからバハルもかつてないほど全力で魔力を使用している。
ドボドボと勢いよく溢れでる海水は着実に場を満たしていった。すでに人間の足首が浸かるほどまで水位が上がってきている。
「うーん、どうかなぁ。俺も限界を試すのは初めてでさ」
海で使っても意味のない魔法である。当然全力で限界まで使ったことはない。
強いて言うのならサモットの水中洞窟に捕らえられたときに使ったくらいである。それも別に全力を出す必要はなかった。
「おほほっ! なおさら恐れる必要はないじゃない!」
「そうかな? 別にすべてを満たさなくてもあんたらの頭が沈むくらいまであれば十分だろ?」
「なんですって?」
「それくらいの水位があれば俺は自由に動けるし、重い鎧を着た騎士は沈んだまま。あんたらも泳ぎが得意そうには見えないし」
なんとかバハルに近づこう水の中を進んでいた騎士たちがギクリとして歩みを止めた。いまだに収まる気配のない魔法に恐れを抱き始めたのか、数名が扉に向う。だが内開きの重い扉は水圧ですでに開けなくなっていた。
「あんたは俺に魔法をかけるべきだったな。まあ、最初にしなかったことを考えるとできなかった、ってのが正解かもしれないが」
「……ええそうよ。わたくしの支配者は人間にしか効かないの。でもクルセルをお忘れかしら」
「ははっ! そうだ、人魚! 私の魔法があればお前は女王陛下に近づけない!」
クルセルは反発を使えるので自信満々である。
海水は腰元まで水位を上げていた。慌てた騎士たちが次々に鎧を脱ぎ捨て脱出口を探している。もっとも扉は開かず、窓もすべて人が通れないような細さのものしかないので無駄に終わっていたが。
「そういえばそんな魔法使ってたな」
「ふふん! ちなみに俺は泳ぎも得意だ!」
「あ、そうですか」
もうすでに騎士たちは戦意がなくフラウとクルセルだけがいつまでも余裕そうだ。その様子にバハルはこの人間たち、実はただの馬鹿なんじゃないかと思い始めた。
水が首元まできたところで腕の中のタラッタが身動ぎする。
「……バハル、もう大丈夫。時間経過か維持が難しくなったのかは分からないけど、魔法の効果が切れたわ」
「よかった。俺はクルセルを片付けるから泳いで壁際にでも避難してくれ」
「分かったわ」
タラッタを解放すると彼女は壁まで泳いでいった。クルセルたちのほうを見ると使用人がフラウを支えている。どうやら防御魔法のようなものを使える使用人らしく、バリアのようなものが張られていた。
クルセルはその前に立ちふさがって、戦う気満々である。
「準備はいいか?」
「ふん! とっくにできておるわ!」
「じゃ、遠慮なく」
バシャと水中に身を沈めて一気にクルセルまでの距離を詰める。本気を出したバハルが男のところまで到達するのにわずかな時間しか掛からない。
泳いだ勢いのまま水面に飛び出して尾びれを振るう。
「おりゃあ!」
「くっ! なめるなよ! 磁力!」
しなった尾びれがクルセルに当たる寸前で魔法によって体ごと遠くへ飛ばされる。細い窓が並んだ壁に背中から叩きつけられ、くぐもった声が出た。
壁の上部だったので窓は割れたが水は漏れ出さなかったようだ。
「どうだ!」
「どうだと言われてもどうとも……」
壁から水の中に落ちて水面から顔を出したバハルは、胸を反らして威張り散らかすクルセルにため息をついた。
人間ならともかく人魚にはかすり傷すらつけられない攻撃である。
「な、ならばもう一度だ! 磁力!」
今度はぐんと体が引き寄せられる。どうやら何度も繰り返す気らしいが、はっきり言って無駄だと思う。
引き寄せる力に身を任せながらどうしようかと悩んでいると、鋭い声が響く。
「櫂漕ぎ!」
「ぎゃあー! 痛い!」
突然引き寄せる力が無くなって悲痛な叫び声が聞こえてきた。何事か驚きながら確認すると、タラッタが放った魔法がクルセルを襲っていた。
つまり魔法でできた櫂でタコ殴りにされていたのである。
「うわぁ、痛そう……」
「バハル!」
ちょっとだけ同情しているとタラッタに急かされる。さっさと終わらせるかとバハルは水中に潜ると一気に泳ぎ、クルセルが再び魔法を唱えるより早く距離を詰めた。
その勢いのまま足を掴んで水中に引きずり込むと驚いた男と目があった。バハルの瞳孔が魔力を帯びて深紅に発光するさまはさぞ恐ろしかったのだろう。クルセルは口をあけて一気に息を吐き出していた。
「あんたらは人魚を馬鹿にしてたけど、俺たちは水中でも魔法が使えるんだよね。人間には無理だろ?」
モゴモゴとなにかを言っているようだがすべて泡となって消えていく。
人間は水中で話すことも魔法を詠唱することもできない。引きずり込まれてしまえば息が続かずなにもせずとも死んでしまう。
対して人魚は水中で自由に動き回り魔力を帯びた鱗は固く、魔法も問題なく使える。だからこそ彼らはバハルが魔法を発動した時点で全力で阻止すべきだったのだ。
まあ自分の魔法に絶対の自信があったようだし、実際少々面倒だなとは思ったのは事実だが。
「苦しいだろうし、終わらせようか。……じゃあ、さよなら」
尾びれを軽く叩きつけるとクルセルは白目を剥いて気絶した。なんだかんだで呆気ないやつである。
男の襟首を掴み水面に上がると、タラッタの魔法はフラウを標的にしていた。
バリアに阻まれてはいるが勢いが凄くバチバチと音を立てている。
「タラッタの魔法恐ろしすぎるだろ」
ただ船を漕ぐだけのものだと思っていたのに。魔法も使い方次第でこうも攻撃的になるらしい。
「おばさん、こいつも伸びたことだし諦めてくれない?」
「おばっ……! 絶対許さないわ! わたくしは不老不死を手に入れるのよ! この美しさは永遠に残らないといけないの!」
「あのさぁ。人魚ってたしかに長寿だし、その分老いるのも遅いけど……別に不老不死じゃないわけ。不老不死じゃない生き物食べたところで不老不死になれるわけないんだよ」
なぜこんな簡単なことも分からないのか。いや分かりたくないだけなのかもしれない。
「わたくしは、わたくしは美しくあり続けるのよ!」
「話通じないな、おばさん」
「バハル、こんなのと話し合ってもムダよ。あのね、美しさってのは外見じゃなくて内面よ! ヨボヨボシワシワだろうが幸せな笑顔を浮かべてる人が一番美人なの!」
「わたくしが幸せではないとでもいうの!?」
「そりゃあそうでしょ! 弱った国王に取って代わって、女王自称してる痛いおばさんが幸せなわけないわよ!」
タラッタも中々容赦のない物言いだ。
フラウは唇を噛んで物凄い表情で彼女を睨んでおり、しかも水で化粧が中途半端に落ちていてもはや鬼婆のようである。とりあえずこのまま言い争っていても仕方がないので、バハルは口を開いた。
「タラッタ、一旦魔法をやめて離れていてくれるか?」
「……分かったわ」
「なにをするつもりかしら……?」
離れるタラッタに気絶したクルセルを渡し、バハルはフラウからできる限り距離を取った。それからぐるぐると肩を回して水中に潜ると、一気に泳ぎ始める。
「尾びれと爪に魔力を集中させて──」
パキパキという音が耳に届き、尾びれの鱗が一層輝きを増す。クルセルに一度目に仕掛けたときと同じように、泳いでついた勢いのまま水中から飛び出してバリアに尾びれを叩きつける。
「あははっ! それでもバリアは壊れないみたいよぉ!」
馬鹿にするように笑うフラウの声を聞き流しながら、バハルは身をよじり尾びれを叩きつけた場所に爪を突き刺した。硬化した鋭い爪はバリアを貫通しちょうどフラウの隣に立つ使用人の目の前で止まる。
「ひぃ!」
「届いていないわ! バリアを維持しなさい!」
「は、はいぃ!」
バチバチと侵入者を阻むバリアにさらにもう片方の手を添えて爪を食い込ませる。そして押し広げるようにぐぐっと力をいれると少しずつバリアに穴が開いていく。
「ちょっと! なんとかしなさい!」
「も、無理……です……」
力技でバリアをこじ開けて侵入しようとする人魚に、使用人の精神の方が持たなかったようだ。白目を剥いて気絶してしまい、魔法が解ける。
支えていた使用人も守っていたバリアも消えたフラウは水中にドボンと沈んだ。どうやらバハルの予想通り泳げないらしくバタバタと醜く藻掻いている。
「あー、見殺しにするのはさすがにまずいよな」
自分の身とタラッタの安全を守るために反撃したが別に殺す気はない。というより殺すのはまずい気がする。なんせやりたい放題していたとはいえ相手は国王の叔母で王族であるのだから。
ちょっとだけ悩んだ後、バハルはフラウの腕を掴んで水面へと引き上げた。ショックからか気絶してしまったようだが、命に別条はなさそうだ。
部屋にいた騎士たちは鎧を脱いで壁際に避難しているし、これ以上攻撃してくる者はいなさそうである。
「ひとまず水抜きするか」
一度出した水を消せるわけではないのでバハルは窓の方へ向うと、尾びれで窓ガラスを叩き割った。
部屋に溜まっていた水が一気に外へと流れ出す。ちょっと勢い余って窓ガラスの下の壁まで破壊してしまったのだが、まあ水がちゃんと抜けるので良しとしよう。
「……怒られたらクルセルのせいにしとこう」
さりげに罪を擦りつけることを決定し、バハルは水に沈んでいた水槽まで急いで戻る。水がすべて抜けきってしまえばまたろくに動けなくなるからだ。
なんとか自力で水槽に収まり水が抜けるのひたすら待つ、ほとんどが外へ排出されると入口の扉が開いて人が流れ込んできた。
「これは一体どうなっている!?」
真っ先に声を上げたのはローガンだった。見知った顔にバハルは身体から力を抜いて片手を上げて挨拶する。
そんなことをしているとクルセルを引きずったタラッタが水槽の隣までやって来た。ちなみにフラウは水が抜けたあと水槽の前に横たえている。
「バハル、説明をしてくれるか」
「あー、えっと。そこのおばさんに食べられそうになったので反撃しました」
「おばっ……フラウ殿下が?」
「わたしの証言を聞いてくれるかは知らないけど、バハルが言ったことは事実よ。わたしたちの海賊団に人魚を捕らえるように命令したのもこの人だし」
話を聞いたローガンは難しい表情を浮かべ考え込んでいたが、避難していた騎士たちも同じように話したため言い分を信じてくれたようだった。
「迷惑をかけたようだ。フラウ殿下とクルセル殿を拘束するように。陛下への報告は私がする」
「はっ!」
「さて、海賊の娘とバハルだが……」
「あ、国王の体調はどうなの? 俺、不老不死はともかく体調はましにできる方法を提案できるかも。だからなんか処分とか待って」
人間に効くかは分からないが国王の病気のために増殖クラゲを持ってきたのだ。タラッタを助けるためとはいえバハルは自分の身を捧げる気はない。
増殖クラゲを差し出してさっさと海へ帰る予定だ。
フラウのように自分の美容のために攻撃してきたら魔法を使って逃げ切る気でもあった。
「なんとそんな提案があると……? 分かった、その話詳しく聞きたい」
「了解。その前に俺が海から持ってきた樽ってまだある? クラゲの入ったやつ」
「? あったと思うが関係あるのか?」
「ああ、そのクラゲが重要だからさ」
それからバハルは人魚の長寿の秘密が増殖クラゲであることを話して聞かせた。人にどれほどの効果が出るかは分からないが試してみる価値はあると付け加えて。
「ふむ。話は分かった。……国王陛下の体調は芳しくない。わらにも縋る思いで人魚を連れてきたのだ。試してみるように説得しよう」
「よろしく。俺も不老不死の伝説に縋って食べられたくはないからさ」
「ははっ、食べるより生かして研究した方が有益だよ」
「いやおっさん、笑いながら怖いこと言わないで」
食べられるのも研究材料にされるのもまっぴらごめんである。
ローガンは急いだ様子で部屋を後にした。
気絶したままのフラウとクルセルは魔法師たちに連れて行かれ、残されたのはタラッタとバハル、そして監視の魔法師たちだ。
「タラッタは怪我してないか?」
「ええ、大丈夫よ。それよりあんたこそ、派手に壁に叩きつけられてたけど」
「全然平気。かすり傷一つないよ」
「頑丈なのね」
「まあ、人魚ですから」
タラッタと雑談をしながら時々バシャバシャと水で遊んでいると使用人が一人部屋に入ってきた。恐る恐るといった様子でバハルとタラッタの元へやってくる。
「こ、国王陛下がお会いしたいとのことです」
「え、別にいいけど。どうやっていくんだ?」
「わ、私の転移魔法で水槽ごと送ります」
断る理由もないためバハルは頷いて了承した。それからすぐに水槽ごとバハルとタラッタは魔法によって移動する。城に来たときより距離が近いからか魔法を使用した者の違いなのか浮遊感などはなくすぐに豪華な部屋へと転移させられた。
バハルの入った水槽は広い部屋でもなかなかに場所を取っている。
「邪魔そうだなぁ、俺」
「……そんなことはないよ」
独り言のつもりの呟きに弱々しい声で返事がきた。声の方に視線を向けると大きな寝台があり、そこに横たわる儚げな青年と目があった。
正直この状態で抵抗されるのはちょっと辛い。主に尾びれが。
「ふふっ。そうね、ちょっと甘く見ていたわ。でも、水のない人魚なんて恐れる価値もないわっ! みなのもの、さっさと人魚を殺して血肉を献上なさい!」
「あー、なんていうんだっけそういうの。えーと……」
暴れるタラッタを抑え込むように片手で肩を抱き寄せて考える。あまり漫画やアニメなどを見たことはないが、聞いたことくらいはある単語。
「あっ。そうそうフラグだ」
「はぁ?」
「ってことで回収お疲れ様。異常潮位」
バハルの全身の深紅の鱗が魔力を帯びて輝き、片手から海水がものすごい勢いで溢れだす。
「な、なんだ!?」
「落ち着きなさい。ただの水を出す魔法よ」
「そう。ただの水を出す魔法。だけどこの場を人魚のテリトリーに変える魔法とも言えるな」
「面白い言いかただこと。この広い謁見の間を埋め尽くすほどの水が出せるのかしら」
扉は閉められ窓ははめ込み型の細長いもので謁見の間は密閉空間といえる。それでもフラウが余裕なのはこの部屋が広いからだろう。だからバハルもかつてないほど全力で魔力を使用している。
ドボドボと勢いよく溢れでる海水は着実に場を満たしていった。すでに人間の足首が浸かるほどまで水位が上がってきている。
「うーん、どうかなぁ。俺も限界を試すのは初めてでさ」
海で使っても意味のない魔法である。当然全力で限界まで使ったことはない。
強いて言うのならサモットの水中洞窟に捕らえられたときに使ったくらいである。それも別に全力を出す必要はなかった。
「おほほっ! なおさら恐れる必要はないじゃない!」
「そうかな? 別にすべてを満たさなくてもあんたらの頭が沈むくらいまであれば十分だろ?」
「なんですって?」
「それくらいの水位があれば俺は自由に動けるし、重い鎧を着た騎士は沈んだまま。あんたらも泳ぎが得意そうには見えないし」
なんとかバハルに近づこう水の中を進んでいた騎士たちがギクリとして歩みを止めた。いまだに収まる気配のない魔法に恐れを抱き始めたのか、数名が扉に向う。だが内開きの重い扉は水圧ですでに開けなくなっていた。
「あんたは俺に魔法をかけるべきだったな。まあ、最初にしなかったことを考えるとできなかった、ってのが正解かもしれないが」
「……ええそうよ。わたくしの支配者は人間にしか効かないの。でもクルセルをお忘れかしら」
「ははっ! そうだ、人魚! 私の魔法があればお前は女王陛下に近づけない!」
クルセルは反発を使えるので自信満々である。
海水は腰元まで水位を上げていた。慌てた騎士たちが次々に鎧を脱ぎ捨て脱出口を探している。もっとも扉は開かず、窓もすべて人が通れないような細さのものしかないので無駄に終わっていたが。
「そういえばそんな魔法使ってたな」
「ふふん! ちなみに俺は泳ぎも得意だ!」
「あ、そうですか」
もうすでに騎士たちは戦意がなくフラウとクルセルだけがいつまでも余裕そうだ。その様子にバハルはこの人間たち、実はただの馬鹿なんじゃないかと思い始めた。
水が首元まできたところで腕の中のタラッタが身動ぎする。
「……バハル、もう大丈夫。時間経過か維持が難しくなったのかは分からないけど、魔法の効果が切れたわ」
「よかった。俺はクルセルを片付けるから泳いで壁際にでも避難してくれ」
「分かったわ」
タラッタを解放すると彼女は壁まで泳いでいった。クルセルたちのほうを見ると使用人がフラウを支えている。どうやら防御魔法のようなものを使える使用人らしく、バリアのようなものが張られていた。
クルセルはその前に立ちふさがって、戦う気満々である。
「準備はいいか?」
「ふん! とっくにできておるわ!」
「じゃ、遠慮なく」
バシャと水中に身を沈めて一気にクルセルまでの距離を詰める。本気を出したバハルが男のところまで到達するのにわずかな時間しか掛からない。
泳いだ勢いのまま水面に飛び出して尾びれを振るう。
「おりゃあ!」
「くっ! なめるなよ! 磁力!」
しなった尾びれがクルセルに当たる寸前で魔法によって体ごと遠くへ飛ばされる。細い窓が並んだ壁に背中から叩きつけられ、くぐもった声が出た。
壁の上部だったので窓は割れたが水は漏れ出さなかったようだ。
「どうだ!」
「どうだと言われてもどうとも……」
壁から水の中に落ちて水面から顔を出したバハルは、胸を反らして威張り散らかすクルセルにため息をついた。
人間ならともかく人魚にはかすり傷すらつけられない攻撃である。
「な、ならばもう一度だ! 磁力!」
今度はぐんと体が引き寄せられる。どうやら何度も繰り返す気らしいが、はっきり言って無駄だと思う。
引き寄せる力に身を任せながらどうしようかと悩んでいると、鋭い声が響く。
「櫂漕ぎ!」
「ぎゃあー! 痛い!」
突然引き寄せる力が無くなって悲痛な叫び声が聞こえてきた。何事か驚きながら確認すると、タラッタが放った魔法がクルセルを襲っていた。
つまり魔法でできた櫂でタコ殴りにされていたのである。
「うわぁ、痛そう……」
「バハル!」
ちょっとだけ同情しているとタラッタに急かされる。さっさと終わらせるかとバハルは水中に潜ると一気に泳ぎ、クルセルが再び魔法を唱えるより早く距離を詰めた。
その勢いのまま足を掴んで水中に引きずり込むと驚いた男と目があった。バハルの瞳孔が魔力を帯びて深紅に発光するさまはさぞ恐ろしかったのだろう。クルセルは口をあけて一気に息を吐き出していた。
「あんたらは人魚を馬鹿にしてたけど、俺たちは水中でも魔法が使えるんだよね。人間には無理だろ?」
モゴモゴとなにかを言っているようだがすべて泡となって消えていく。
人間は水中で話すことも魔法を詠唱することもできない。引きずり込まれてしまえば息が続かずなにもせずとも死んでしまう。
対して人魚は水中で自由に動き回り魔力を帯びた鱗は固く、魔法も問題なく使える。だからこそ彼らはバハルが魔法を発動した時点で全力で阻止すべきだったのだ。
まあ自分の魔法に絶対の自信があったようだし、実際少々面倒だなとは思ったのは事実だが。
「苦しいだろうし、終わらせようか。……じゃあ、さよなら」
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「タラッタの魔法恐ろしすぎるだろ」
ただ船を漕ぐだけのものだと思っていたのに。魔法も使い方次第でこうも攻撃的になるらしい。
「おばさん、こいつも伸びたことだし諦めてくれない?」
「おばっ……! 絶対許さないわ! わたくしは不老不死を手に入れるのよ! この美しさは永遠に残らないといけないの!」
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「そりゃあそうでしょ! 弱った国王に取って代わって、女王自称してる痛いおばさんが幸せなわけないわよ!」
タラッタも中々容赦のない物言いだ。
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「タラッタ、一旦魔法をやめて離れていてくれるか?」
「……分かったわ」
「なにをするつもりかしら……?」
離れるタラッタに気絶したクルセルを渡し、バハルはフラウからできる限り距離を取った。それからぐるぐると肩を回して水中に潜ると、一気に泳ぎ始める。
「尾びれと爪に魔力を集中させて──」
パキパキという音が耳に届き、尾びれの鱗が一層輝きを増す。クルセルに一度目に仕掛けたときと同じように、泳いでついた勢いのまま水中から飛び出してバリアに尾びれを叩きつける。
「あははっ! それでもバリアは壊れないみたいよぉ!」
馬鹿にするように笑うフラウの声を聞き流しながら、バハルは身をよじり尾びれを叩きつけた場所に爪を突き刺した。硬化した鋭い爪はバリアを貫通しちょうどフラウの隣に立つ使用人の目の前で止まる。
「ひぃ!」
「届いていないわ! バリアを維持しなさい!」
「は、はいぃ!」
バチバチと侵入者を阻むバリアにさらにもう片方の手を添えて爪を食い込ませる。そして押し広げるようにぐぐっと力をいれると少しずつバリアに穴が開いていく。
「ちょっと! なんとかしなさい!」
「も、無理……です……」
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「あー、見殺しにするのはさすがにまずいよな」
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一度出した水を消せるわけではないのでバハルは窓の方へ向うと、尾びれで窓ガラスを叩き割った。
部屋に溜まっていた水が一気に外へと流れ出す。ちょっと勢い余って窓ガラスの下の壁まで破壊してしまったのだが、まあ水がちゃんと抜けるので良しとしよう。
「……怒られたらクルセルのせいにしとこう」
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そんなことをしているとクルセルを引きずったタラッタが水槽の隣までやって来た。ちなみにフラウは水が抜けたあと水槽の前に横たえている。
「バハル、説明をしてくれるか」
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「おばっ……フラウ殿下が?」
「わたしの証言を聞いてくれるかは知らないけど、バハルが言ったことは事実よ。わたしたちの海賊団に人魚を捕らえるように命令したのもこの人だし」
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「あ、国王の体調はどうなの? 俺、不老不死はともかく体調はましにできる方法を提案できるかも。だからなんか処分とか待って」
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増殖クラゲを差し出してさっさと海へ帰る予定だ。
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「なんとそんな提案があると……? 分かった、その話詳しく聞きたい」
「了解。その前に俺が海から持ってきた樽ってまだある? クラゲの入ったやつ」
「? あったと思うが関係あるのか?」
「ああ、そのクラゲが重要だからさ」
それからバハルは人魚の長寿の秘密が増殖クラゲであることを話して聞かせた。人にどれほどの効果が出るかは分からないが試してみる価値はあると付け加えて。
「ふむ。話は分かった。……国王陛下の体調は芳しくない。わらにも縋る思いで人魚を連れてきたのだ。試してみるように説得しよう」
「よろしく。俺も不老不死の伝説に縋って食べられたくはないからさ」
「ははっ、食べるより生かして研究した方が有益だよ」
「いやおっさん、笑いながら怖いこと言わないで」
食べられるのも研究材料にされるのもまっぴらごめんである。
ローガンは急いだ様子で部屋を後にした。
気絶したままのフラウとクルセルは魔法師たちに連れて行かれ、残されたのはタラッタとバハル、そして監視の魔法師たちだ。
「タラッタは怪我してないか?」
「ええ、大丈夫よ。それよりあんたこそ、派手に壁に叩きつけられてたけど」
「全然平気。かすり傷一つないよ」
「頑丈なのね」
「まあ、人魚ですから」
タラッタと雑談をしながら時々バシャバシャと水で遊んでいると使用人が一人部屋に入ってきた。恐る恐るといった様子でバハルとタラッタの元へやってくる。
「こ、国王陛下がお会いしたいとのことです」
「え、別にいいけど。どうやっていくんだ?」
「わ、私の転移魔法で水槽ごと送ります」
断る理由もないためバハルは頷いて了承した。それからすぐに水槽ごとバハルとタラッタは魔法によって移動する。城に来たときより距離が近いからか魔法を使用した者の違いなのか浮遊感などはなくすぐに豪華な部屋へと転移させられた。
バハルの入った水槽は広い部屋でもなかなかに場所を取っている。
「邪魔そうだなぁ、俺」
「……そんなことはないよ」
独り言のつもりの呟きに弱々しい声で返事がきた。声の方に視線を向けると大きな寝台があり、そこに横たわる儚げな青年と目があった。
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・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~
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図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
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平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
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