海に沈んだ転生者

月椿

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ゼーじいさんの頼み事

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 ミントの家も無事にできたので翌日、バハルは手伝ってくれた礼も兼ねてローガンに海の中を案内することにした。
 幼馴染たちには今日は来なくても大丈夫だと伝えてある。ウミちゃんやミントの巣作りで疲れているだろうからゆっくり休んでもらうためだ。
 とりあえずずっと喋っているミントに雑な相槌を打ちながらローガンと共に朝食を済ませた。

「……ふぅ。腹いっぱい」
「人魚はかなりの量を食すのだな」
「まあね。俺は特によく食べる方だけどな」
「なるほど。まだ数匹の人魚しか見ておらんが、特に体格が良いようだな」
「あー、そうだな。人魚の中では一番でかいって言ってもいいかも」

 人間だったときも大きい方だったが、そのときとは違い海は広くて少々体が大きくても支障はない。

「さて、飯も食ったし海の探索にいくか。魔法は大丈夫そうか?」
「もちろんだ! さっそく行こうではないか!」
「……なんじゃ、二人で楽しそうに。ずるいのぉ」

 すっかりいじけたミントが口を挟む。ぷくっと頬を膨らませているが残念ながらかわいくはない。そっと目を逸らしながらバハルは宥めるように口を開く。

「ミントちゃんは海の中に入れないからな。その代わりお土産に綺麗な貝殻でも拾ってくるよ。畑を飾るのに使えるだろ」
「父ぃ! 大好きじゃ!」
「わー! 抱きつこうとするな!」
「なに、照れることはないぞ!」

 抱きつくだけならまだしも、唇をとがらせているところになにか危険を感じる。主に精神的な。
 さっと陸から距離を取ってハグを回避したバハルはそっと安堵のため息をついた。

「話はついたのか?」
「あ、ああ。まあ。行くか」
「うむ。では。魔法書グリモワール擬態ミミック!」

 眩しい光にバハルが目を細めた次の瞬間、ローガンの姿が変わった。相変わらずなんとも微妙な人面魚の姿である。
 ぴょんぴょんと跳ねてドボンと水に入ったので慌てて後を追う。
 やっぱり泳げはしないらしく横たわった体勢のままゆっくりと沈んでいっている。

「声かけてから海に入ってくれよ」
「すまん。なんだか泳げる気がしたのだが」
「いや、姿変わらないから泳ぐ能力も変わらないだろ」

 呆れた声で話しながらバハルはローガンを小脇に抱えて洞窟を後にする。それから彼がウミちゃんを見てみたいと言ったのでそちらに向かって泳ぎ始めた。

「そういえばおっさんは海の中は見えるのか?」
「ん?」
「ここの辺りはかなり深いしタラッタには真っ暗で見えなかったからさ。おっさんはどうなのかとふと思って」
「ふむ。特に問題なく見えてはいるな。顔は人間だが海の中で呼吸が問題なくできていることを考えても、能力は魚に近いのだろう」
「ふーん。まぁ、不格好だけど……一応人魚に近いのもあるのか」

 人の部分が顔だけだが。
 そんな雑談をしているとウミちゃんのいる沈没船へと到着した。
 新しく作った巣は特に壊れることなくしっかりとしていたので少し安心する。

「ウミちゃん、遊びに来たぞ」

 布を押さえていた珊瑚岩を一カ所どかして軽く捲ると勢いはよくウミちゃんの触手が飛び出してきた。ついでに隣に住んでいるツノダシも弾丸のような速さで姿を現す。

「おお! これが海魔か!」
「ちょちょ! ツノダシ、落ち着け! これは敵じゃないから!」

 バハルに体を擦り付けようとしたツノダシがローガンに気づき角で突こうとしたので、慌てて止める。どうやら新たなペットを連れてきたと思ったらしい。見た目もどちらかというとツノダシに似ているのもあるかもしれない。
 焦っていると気を利かせたウミちゃんが触手を好戦的な海魔に巻き付けて遠ざけてくれた。

「はあ、焦った。ありがとう、ウミちゃん」
「ほお。海魔は人魚に友好的なのか」
「いや……ウミちゃんはともかくツノダシの方は微妙だな……」

 懐く以前は人魚を角で突き刺す勢いで追いかけてくるような海魔だったのだ。

「ふむ。この二種は知能があるのだな。君を明確に好いているのが私にもよくわかる。付き合いは長いのか?」
「ツノダシ……。あの魚みたいなほうは最近仲良くなったな。ウミちゃんは……うーんと、俺が十六歳くらいのときに出会ったから十三年くらいの付き合いかな」
「君、今二十九歳なのか! 人魚としてはまだまだ子供なのでは!? いやそれも気になるが人魚はどうやって日数を数えているのだ!?」
「ちょ、落ち着け!」

 くわっと目を見開いて畳み掛けるように質問を投げつけられる。そのあまりの勢いと形相にツノダシがすんっとおとなしくなった。
 あの海魔に引かれるというのは中々凄い気がする。

「と、とりあえず。人魚は稚魚期、幼生期、青年期、成体期、老齢期って感じなの。稚魚は赤ちゃん、幼生は子供。青年は若者、成体は繁殖が可能になる大人、老齢はまんま年取った時期って感じだ」

 バハルは人魚の青年期に当たる。人間で言う十代後半くらいの感覚だろうか。ちなみに成体期はおおよそ二百歳くらいなのでまだしばらく青年期が続く。この時期に番を作り繁殖が可能なるまでイチャイチャ過ごす人魚もいるが、大体が成体期になってから繁殖のために番を作ることが多い。
 そんなことまで説明してやるとローガンは一語一句聞き逃さないように、それはもう真剣に聞いていた。

「えーと、あと日にちだっけ。それはこれを使うんだ」

 海底の砂を軽くかき回して中に居た一匹の貝を手に取る。見た目はシジミのような地味な姿をしている。

「これ海魔な。んで使うのは貝殻部分で年輪を数えるんだよ。この貝はきっちり十日で一本線が増えるんだ。他にも……ほらこっちの黄色いのは一日おきに、あっちの抱えるほど大きいのは一年おきに。そんな感じに使い分けて数えるんだよ。まあ、人魚は長い年月を生きるから成体期になるころには別に年齢とか気にしなくなるんだけどね……」

 仕事もないし、なにかイベントなどがあるわけでもないので、別に年月が分からなくても困ることはない。誕生日も特にない。というか分からない。
 バハルは稚魚期に貝のことを教えてもらい丁寧に自分の年齢はカウントしているが、日数などは必要なときにしか使わない。例えば少し遠出するときに何日かかったか知りたいときなどだ。
 ちなみに面白いことにこの世界では一ヶ月は二十日しかなく、逆に一年は二十ヶ月と多い。これは沈没船で木の板で作られたカレンダーらしきものを見て知ったことである。

「ほぉ、実に面白いものだ。貝……そうか貝か。海は不便そうに思えて色々なものがあるのだな」
「まあね。だけど、多くの人魚はさっき言ったように年月なんて気にしない」
「ふむ。ちなみに人魚は子育てはするのか?」
「しないな。卵で放置。大きな魚や海魔に卵の状態で食われることもあるし、うまく育たなくて腐った卵が隣接してると同じく腐ってしまうこともあるな。んで無事に生まれてもこれまた魚や海魔の捕食対象だから必死に逃げ隠れしないといけないし、自分で餌を捕まえないといけない」

 人魚の生き残りが少ないのはこれが原因だ。卵自体も一匹十個~二十個ほどしか産まないし、繁殖自体も成体になってから百年ほどしか繁殖期はない。それでも海は広く、色んな地域に生き残った人魚たちが静かに暮らしているから絶滅は当分しないだろう。まれに番を求めて他地域からやってきて住み着く者もいる。

「人魚は海の中では頂点に立つと言っても過言ではないが、さすがに稚魚期ではその限りではないか」
「そうだな」
「……子育てがないのなら卵を保護し、人工的に孵化させるというのもできるのか……」

 ボソリと呟いたローガンの言葉になんともいえない気持ちになる。そりゃあ前の世界でも保護活動が種の保存のために行われていた。だがいざされる側になると……なんというか弱い存在なんだなって思わされるというか……抵抗を感じるというか……。

「できなくはないのかもしれないが……なんとも複雑な気分だよ」

 人の発展によって住処がなくなり存在が危うくなった動植物を人が保護するのは分かるが、人魚は人の影響がほとんどない場所で暮らす独立した存在だ。絶滅するならそれがあるべき姿なのだと思ってしまうのは、バハルが人魚となり人は違う生き方をするようになったからだろうか。
 難しい気持ちになっているとウミちゃんが触手で頭をなでなでしてくれた。

「んー! まあ、おっさん。保護とかそういう話はひとまず置いといて。他に行きたいところとかあるか?」

 ちょっと気分が戻ったので明るい口調で問いかける。こんなところで話し込んでいるのはローガンの魔法の時間も削れてもったいない。それは魔法師も思ったのか少し思案し始めた。
 次に行くなら海底遺跡とかかな、などと思っているとどこからともなく、しわがれた声が聞こえてくる。

「誰がしわがれた声か!」

 バシッと後頭部に衝撃が走った。中々の痛みに叩かれた場所を擦りながら振り返ると老人魚がいた。
 前にラメールに紹介してもらったゼーである。

「いてて。俺、声に出していたか?」
「ふん。なんとなくそんな気がしたから殴ったが、やっぱりか!」
「なにじいさん、怖っ」
「じいさんって呼ぶなと言ったじゃろうが!」

 やせ細った体から繰り出されたとは思えない素早いパンチが襲ってくる。それをギリギリのところで避けてちょっと距離を取った。心臓がバクバクと早く動いている。

「それで! なにか用か? ラメールなら一緒にいないけど!」

 これ以上余計な言葉で怒らせるのは面倒なのでさっさと用件を聞くことにした。ゼーは振り上げていた手を下ろして腕を組んだ。

「ラメールちゃんではなく、お前さんに頼み事があっての」
「俺に頼み事?」
「聞いてた通り海魔に詳しそうじゃし、お前さんが適任じゃろうと思ってな」

 ゼーがちらりとウミちゃんやツノダシ、それからバハルの脇に抱えられたローガンを見て勝手に納得している。
 脇の人面魚は海魔ではないが話が進まないので訂正はしなかった。

「実はの、ここ最近大型の海魔が四匹この辺りに現れての」
「へぇー、珍しいな。大型なんてクラゲの海魔くらいしかみかけないのに。どんな海魔なんだ?」
「カニ、エビ、タコ、イカの海魔じゃ。そいつらがなにやら揉めて争いあっておる」
「え、なに、どれが一番美味いか争ってんの?」
「違うわい!」

 避ける隙もなく老人魚の拳が脳天に振り下ろされる。中々の衝撃に思わずローガンを手放して両手で頭を押さえた。
 魚になった魔法師は懸命に横たわった状態で泳いでいて、ゼーがヤバい生き物を見るかのような目を向けている。

「いてて。どれが美味いか争ってるんじゃないなら、なに?」
「縄張り争いじゃよ、馬鹿者」
「縄張りぃ? この辺りは人魚のテリトリーだろ。大型とはいえ人魚とやり合うつもりなのか?」
「いや、それが奪い合っておるのは海底遺跡での。あそこは人魚もめったに寄りつかんから人魚と争いになることはないじゃろう」

 ゆっくりと沈んでいくローガンを改めて小脇に抱えたバハルは首を傾げた。
 つい最近までウミちゃんが住んでいたし自分も狩りをしに行ったが、そのような海魔は見かけなかった。

「海底遺跡に行ったけど別にそんな海魔いなかったぞ」
「やつらはあそこを縄張りにするために争っておるのじゃ、海底遺跡で暴れたりはせんよ」
「なるほど。ちょっと離れた場所で暴れてるのか」
「そういうことじゃ」
「へぇー。でも人魚に害がないなら放っておいていいんじゃないか?」

 大型の海魔が人魚と争う気がないなら、海底遺跡の奪い合いを勝手にさせておけばいい。バハルとしてもウミちゃんも引っ越したし、気軽に行けなくなるのは面倒だが別に困るほどではない。

「いやな、シンプルに鬱陶しいんじゃ。声はデカいし、砂を巻き上げるからそれが流されてきて最悪じゃし。魚もとにかくよく食べるから獲物も少なくなっておる」
「あー、それは迷惑だな」
「そうじゃ。だから、お前さんがなんとかせい」
「なんで俺?」
「それだけ変な海魔を従えておるんじゃから、お前さんが一番適任じゃろうて」

 ゼーの言葉にバハルは口を噤む。たしかに人魚の中でこんなに海魔をペットとして連れている者はいないだろう。
 正直、その海魔たちも気になってはいる。デカいイカとか前世でも何度かテレビで見かけて、一度生で見てみたいとか思っていた。

「ふむ。私もその海魔は気になるな。ぜひ行ってみたい」
「うわっ! なんじゃ、気持ち悪い!」
「おい喋るなよ。じいさんがショックで逝っちゃうかもしれないだろ」
「誰がじいさんじゃ! 誰が逝っちゃうじゃ!」

 ローガンに気を取られつつも悪口はしっかり聞こえているらしい。もう一発頭に拳をくらいバハルはさすがに言葉に気をつけようと心に誓う。
 じいさんの拳で死にたくはない。いや冗談抜きでけっこう痛い。王国で壁に叩きつけられたこともあったが、それよりも圧倒的に痛みを感じる。

「ごほんっ! とにかく頼んだぞ!」
「ちなみに断ったら?」
「そうじゃのぉ。四六時中お前さんに付きまとうくらいじゃ」
「…………」

 その粘着質なところと脳天割れそうな拳があるなら、この老人魚一匹で十分対処できそうなものだが……余計な一言は痛みを伴うことを学習したバハルは口をつぐんだ。それからそれはもう深いため息をつく。

「わかったよ。とりあえずその海魔たちのところへ行ってみる」
「おお! 物分かりがいい者は好かれるぞ!」
「だけど! うまくいくかは分からないからな! 状況が改善されなかったり、悪化しても文句は言わないでくれよ」
「ああ、ああ。よく分かった。しっかり頼むぞい」

 こうしてバハルはニコニコと満足そうなゼーに見送られ、四匹の巨大海魔に会いに行くことになった。
 ひとまず面倒なことになったらすべてまとめて美味しく食ってやろう、などと考えながら、ローガンを小脇に抱え直す。
 そして海底遺跡へ向かって泳ぎ出したのだった。
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