ブタ令嬢の試練~最低最悪と呼ばれる従魔を召喚してしまった令嬢の話~

イノセス

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プロローグ~いや、生徒の声じゃな~

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 良く晴れ渡った青空を、一羽の鳥が羽ばたいていた。広げた翼が人くらいになる、大きなたかだ。
 大鷹はグランド王国の大地を俯瞰しながら、大空を悠々と飛んで行く。そうしていると、目先に大きな壁が見えてきた。
 魔物の侵入を防ぐ壁だ。その壁を悠々と超えると、大小様々な建物が整然と並び立つ都市が広がっていた。
 グランド王国でも有数の大きさと豊かさを誇る学術都市、ラッセルであった。

 その中心地には特に背の高く立派な建物が並んでおり、大鷲はその一つへと高度を下げていく。
 広大な土地に幾つもの校舎が並ぶ学園、ロゼリア学園だ。
 学園の中では沢山の子供達が行き交っており、楽し気におしゃべりをしたり魔法の練習をしていた。
 大鷲は中庭に生えている大木に止まり、生徒達の声に耳を傾けた。

「ごきげんよう、メディチ様。今から薬草学の授業でしょうか?」
「ええ、そうよ。貴女も一緒に参ります?」

「まぁ、ゼレノイ様。その綺麗な魔石はどちらでお買い求めに?」
「勿論、プランダール様のお店ですわ。先月オーダーメイドした物が、漸く届きましたの」

「オーギュスト先輩!今、時間ありますか?僕と練習試合をして欲しいんですけど…」
「良いぞ、ヨーゼフ。ただし、俺の召喚獣ファミリアも込みでやらせてもらうからな」
「ええっ!先輩のファミリアって、Bランクのヒッポグリフじゃないですか。僕のガーゴイルはDランクですよ?勝負になりませんって…」
 
 楽し気な会話が、中庭の至る所から響いてきており、大鷲はとても満足そうに目を細める。
 目下では、オーギュストと呼ばれた少年が手を前に出し、その手の甲に刻まれた刻印が緑色に光っていた。かと思ったら、少年の目の前に大きな生物が現れた。頭と上半身は鷲、下半身は馬の幻獣、ヒッポグリフである。
 
 それを見て、大鷲は体を起こす。その大鷲の胸にも、少年と同じ様な刻印があった。
 そう。この大鷲も、誰かが召喚魔術を使って呼び出したファミリアであった。
 目下のバトルに巻き込まれては大変だと、大鷲は飛び立つ。すると、今度は教室の窓の近くで女子生徒達がおしゃべりをしているのが見えた。

「そろそろ新入生達が、初めての召喚をしている頃よね」
「そうですわね。今年はどんな珍しいファミリアが召喚されるか、楽しみで仕方ないわ」
「オルレアン様やベンジャミン様のように、上級幻獣を召喚できる子が居ると良いわね」
「う~ん…。私のファミリアは小精霊だから、そうなったら、先輩としては微妙な気分なのよね」

 女子生徒達は期待に胸を膨らませたり、後輩の台頭を不安視したりと忙しい。
 先輩にもなると、色々と考えてしまうようだ。
 大鷲もそれを感じ取ったのか、首を傾げる。すると、女子生徒の1人が「でも」と顔を輝かせた。

「今年の新入生にはロイ殿下がいらっしゃるから、きっと、最上級のファミリアを召喚なさるわ」
「ああ、ロイ殿下。年下だけど、もしもそんな人とお近づきになれたら…」
「「そうねぇ…」」

 女子生徒達はみんな、夢を見る様にとろけた目で窓の方を見た。そして、飛んでいる大鷲を見て、少し驚いた顔をする。
 大鷲も驚く。やべぇ、逃げろと言うように、また高く飛び上がった。
 そのまま飛び続け、建物の一番高い所まで到着する。
 そこは塔の最上階。そこの窓が開いており、大鷲はそこから部屋の中へと入る。
 部屋の中には珍しい魔道具や本が山積みになっており、その中央には立派な机が置いてあった。
 大鷲は、その机の上に置かれていた止まり木に止まり、目の前の人物をじっと見つめた。
 
 それは、目を瞑った1人の老人だった。濃い蒼のローブを着た老人で、顔には幾つもの皺が深く刻まれている。
 その老人の目が、ゆっくりと開く。目の前の大鷲を見て、蓄えた白い口髭の中から大きな笑みを浮かべた。

「ご苦労じゃった、フェルニル。ゆっくり休んでくれ」

 老人が呟くと、大鷲は小さな魔力の粒子となって空気と一体となる。その粒子は、老人の左手に刻まれた緑の刻印の中へと吸い込まれていった。
 この老人が、大鷲の召喚者サモナーであった。

〈◆〉

「今年も、元気な子供達が戻って来たのぉ。よいよい」

 フェルニルを通して見た風景を思い出し、儂は窓辺に立って校舎を見下ろす。ここからだと生徒が点のようにしか見えないが、漸く活気が戻って来てくれたのが、彼のお陰で分かった。
 特に召喚の儀式については、生徒達の感心が強く向いている様だった。
 
 それもその筈、召喚魔術で得られるファミリアは、魔法使いにとって大事なパートナーとなる存在だ。召喚されるものによっては、王国騎士団にスカウトされたり、サモンファイトの選手として期待されたりする。
 そうでなくとも、ファミリアの特性によっては魔法のセンスが強化されたり、新たな特性を得られることもある。
 ファミリアは心強い友であると同時に、己の魂を映し出す鏡と言われる理由の1つだ。特に、今から新入生達が行う最初の召喚は、その色が強く出る。
 だから、新入生だけでなく、在校生も心待ちにするのは当たり前の事だった。
 かく言う儂も、とても楽しみにしているイベントである。

 「失礼します、アンブローズ校長先生」

 儂が窓辺で心を弾ませていると、校長室に1人の女性教員が入って来た。
 カステル先生だ。
 ダークブラウンの髪を後ろできっちり結ぶ彼女のヘアスタイルが、真面目な彼女の性格を如実に表している。そして、普段よりも鋭いその視線は、儂に何か言いたい時の特徴。
 まさか…儂が遊覧飛行を楽しんでいたのがバレたのか?うん?

「どうかされましたかな?カステル先生」
「いえ…随分と楽しそうに見えましたので」
「いつもの事じゃろ?」
「…それもそうですね」

 そこで納得されるのも、校長としてどうなんだろうか?
 儂が首を傾げていると、カステル先生が儂の机に羊皮紙の束を置いた。
 これは…ちゃんと椅子に座って仕事をしろと言っているのだな?ふむ。
 儂が机の前に戻ると、カステル先生が羊皮紙の1枚を手に取り、こちらに差し出す。

「現在行われている召喚の儀式の、最終組に行う生徒達のリストになります。中には、ロイ第二王子のお名前もありますので…」
「おお、噂になっとる彼じゃな?その噂通り、凄いのを召喚してくれそうじゃて」

 召喚魔術は心の鏡。故に、その者の地位や爵位だけでは、召喚されるものは決まらない。
 だが、傾向はある。召喚者が優秀な者であればあるだけ、それ相応のファミリアが召喚される可能性が上がるのだ。
 現に、3年前に執り行われたパーシヴァル王太子殿下の時は、ケツァルコアトルと呼ばれる風のドラゴンを召喚していた。
 他にも去年で言えば、王宮魔導長官の子息が不死大鷲と呼ばれるフェニックスを召喚していたし、伯爵家の長男坊がセイレーンを召喚したとも聞いている。

「ロイ王子以外にも、今年は各地から優秀な血筋の学生が入学されております。モントゴメリー近衛騎士団長のご子息ですとか、ホーエンツ公爵家のご令嬢でしたり」
「ほうほう。それは豊作じゃの」

 儂が声を弾ませて答えると、カステル先生の鋭い視線が飛んできた。

「楽しんでいる場合ではございませんよ?校長先生。そのような方々にもしものことがあれば、取り返しのつかない事になります」
「大丈夫じゃ、カステル先生。何かあったとしても、我が校のペニントン養護教諭は優秀じゃて。どんな怪我も傷も、たちどころに治して…」
「そう言う問題ではございません!」

 カステル先生が火を噴いた。
 恐ろしい。
 彼女の剣幕に、儂は「分かった、分かった」と両手を上げる。

「その最終組の時には、儂も立ち会うとしよう」
「はい。よろしくお願い致します」

 幾分か鋭さを納めてくれたカステル先生が、深く頭を下げてきた。
 ふぅ。彼女は最初から、この言葉を待っていたみたいだ。
 儂は胸を撫で下ろし、机の上に置かれた束を手に取って、続きを読もうとした。
 だが、その前に、

「いやぁああああ…」

 凄い叫び声が、校舎の裏手からか聞こえた。
 その声に、カステル先生ですら表情を歪ませる。

「何でしょうか?魔物の声?」
「いや、生徒の声じゃな」

 そう言いながら、儂は広げようとしていた羊皮紙を丸めて、机の上に放り出す。
 そして、

「カステル先生。儂は先に、会場に行っておるでな」
「えっ?殿下の召喚まで、まだ1時間以上ありますよ?」
「いいんじゃよ。どうやら、何かたのし…ごほっ…事件が起きたようじゃからな」

 儂はそう言いながら、自身の右手首に刻まれた黒い刻印に魔力を流す。すると、今度は小さなアマガエルが現れて、手の甲に乗っかってお腹を膨らませていた。
 それを、カステル先生は呆れたような目で見てくる。

「楽しそうで何よりですけれど、殿下の儀式まで魔力を温存してくださいね?」

 分かっとるよ。
 そう言う意味を込めて儂が左手を軽く上げて答えると、カステル先生は肩を落とした。
 カエルが大きな口で儂を呑み込む直前、彼女の深い溜息が聞こえた気がしたが、儂の気のせいだったと思いたい。
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