上 下
1 / 1

キリギリスの音楽家

しおりを挟む
 むかしむかし、働き者のアリとキリギリスがいました。
 アリは寒い冬に備えて、せっせと巣に荷物を運びますが、キリギリスはいつも演奏をしてばかりいます。
 働き者のアリはキリギリスに聞きました。

「キリギリスさん、あなたはこれから寒い冬が来ると言うのに何も準備をされないのですか?」

 その質問にキリギリスは答えます。

「私は音楽家です。確かに備えている訳ではありませんが、こうして働き者のアリさん達などに音楽を届けるのが、私の仕事なのです──寒い冬になったら、私は恐らく堪えられないでしょう。ですが、それまでは働き者の皆さんへ音楽を届けられる筈です。
 私の音楽で癒される方がいるのなら、この身に何が起きようと後悔はありません」

 キリギリスの決意にアリはとても感動しました。

 それからしばらくして寒い冬がやって来ます。
 キリギリスはその寒さにも負けず、音楽を奏で続けました。
 そして、とうとう冬の寒さに負けて力尽きてしまいます。

 寒い冬が過ぎて暖かくなって来ると巣籠もりしていたアリが再び働きに外へ出ます。
 そんなアリは亡くなったキリギリスの元へとやって来ます。

「キリギリスさん。あなたの音楽で私達はこの厳しい冬を乗り切れました。
 あなたは決して怠け者などではありません。音楽に命を捧げた立派な音楽家です。
 あなたの音楽が聴けなくなってしまうのはとても悲しいですが、私達はあなたを忘れません。
 どうか、安らかにお眠りください」

 アリ達はキリギリスの為にお墓を作って上げて祈りを捧げます。

 それからしばらくしてアリ達は歌いながら働くようになりました。
 キリギリスはもういませんが、キリギリスの残した音楽はアリ達の心に刻まれています。
 アリ達はそんなキリギリスの音楽を思い出しながら、歌を歌い、今日も1日精一杯働きます。
 歌を歌いながら働くアリ達があのキリギリスの事を忘れてしまう事はないでしょう。
 何故なら、アリ達の心の中にあの音楽に命を捧げたキリギリスのメロディーが宿っているのですから。
 命は有限です。しかし、その意思はきっと、何処か別の誰かに引き継がれ、何らかの形で残るかも知れません。
 キリギリスの音楽は確かにもう聴けません。ですが、アリ達が歌う事でキリギリスの意思は形を変えて引き継がれて行きます。

 いつか、アリ達の歌も形を変えて誰かに引き継がれて行くでしょう。
 それが誰に引き継がれて行くかは別のお話です。

《おしまい》
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...