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第5章【別れ道】
第44話【迷いの連鎖】
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鈴木さんの試合が決まったのは春先になってからの事だった。
冬は減量しにくい故に対戦相手の石脇(いしわき)三郎(さぶろう)と言う選手も見送ったらしい。
逆に言えば、お互いにベストを尽くせる試合になると云えるだろう。
そんな鈴木さんの事とは別にして俺についてだが、結局、その後もアマチュアのまま留まり続け、更に試合をする事もなく、時だけが流れてしまった。
引っ越しの事もあり、俺の境地には既に自分から率先して試合をすると云う意識がなくなってしまっているらしい。
故に俺は経験の少しあるボクシングが好きな中年になってしまった。
そこに色々と複雑な思いはあれど、俺はここまでなのだろうと云う諦めもある。
その事についてはまだ誰にも話してはいないが、会長さんには引っ越しを理由に試合をする事を拒んでいるので流石に不審がられてはいる筈だ。
いずれ、その事について話さなくてはならなくなるだろう。
その時には坂田さんや鈴木さんは受け入れてくれるだろうか?
そんな不安を胸に俺は石脇選手との試合で減量する鈴木さんを練習しつつ、眺める。
せめて、鈴木さんだけにでも話すべきだろうか?
いや、鈴木さんの事だから、俺の心境の変化には気付いているだろう。
恐らく、俺が話すのを待っている筈だ。
それでも今は何も言えない。
そんな日々を悶々と繰り返し、鈴木さんの試合当日。
俺は控え室で身体を温める鈴木さんを眺めた。
仕上がりは良い筈だが、普段の鈴木さんとは違う。
今回の練習中もそうだが、少し身が入らなかったらしい。
坂田さんの石脇選手に対する作戦もどこか他人事だ。
もしかすれば、理由は俺にあるのかも知れない。
「・・・多田野さん」
そんな俺に対して鈴木さんが口を開く。
「いつものように応援はしてくれないのですか?」
「え?あ?変ですか?」
「ここ最近、様子が変なのは気付いてました。ただ、自分も何に迷っているのかまでは見定められなくて今日まで黙っていました」
鈴木さんの言葉に坂田さんもチラリと俺を見る。
「俺も会長からはボクシングの試合を拒絶しているとは聞いている。
こんな土壇場まで聞かなかったのは申し訳ないと思うが、今からでも君の意見を聞きたいな」
その言葉に俺は何も言えない。
なんと言うべきかも解らない。
三国が怖くてボクシングが嫌いになった
?
いや、それは何か違う気がする。
確かにそれも理由の一つだ。
俺の中でプロを目指そうとしていたのはボクシングで三国に勝ちたかったからと言うのもある。
だが、根っこの部分は今でも変わらない。
ボクシングを通して自分が変わりたかったからだ。
しかし、俺の中で何かが変わった。
変わってしまった。
それは別にボクシングが嫌になった訳でも昔のようにうちに引きこもるのとも違う。
質問されても、俺は自分の中で答えが出せないでいる。
そんな言葉にどうすべきか悩みながら沈黙だけが過ぎ、やがて、鈴木さんの試合の番となる。
結局、今回は何も言えなかった。
「頑張って下さい」の一言すら、俺の口から出なかった。
恐らく、鈴木さんもそれに対して何か思うところはあるのだろうが、それを口にする事はなかったが、何か言いたそうな顔をしていた。
こうして、対策も心の準備も出来ないまま、鈴木さんは試合へと出向く事になる。
そんな何も言えない俺に対して口を開いたのは坂田さんであった。
「今は答えが出なくても良い。ただ、この試合の後までに自分の中の思いを整理して置く事だ。君の為にも宗成君の為にもね?」
「・・・坂田さん」
「今の俺に出来る事はいつものように見守る事だと思っていたんだが、それだけではいけなかったらしい。
この試合が終わったら、俺にも教えてくれ。君の気持ちを・・・」
「・・・はい」
俺は坂田さんに頷くと坂田さんは控え室を鈴木さんと共に控え室を後にする。
俺も観客席の外へと移動し、獅童さんと合流した。
「・・・最近、迷っているみたいですね?」
唐突な獅童さんのーーしかし、予測はしていたであろう言葉に俺は目を伏せる。
迷いの正体は当の俺にも解らない。
ただ、何かが俺を変えたのは解る。
そして、それは鈴木さんの足枷となってまとわりついているようにも思う。
今回、鈴木さんの調子が悪かったとすれば、原因は俺にあるだろう。
せめて、大丈夫であると願いたい。
そんな微かな希望を抱きつつ、俺は鈴木さんと石脇選手の試合を見守った。
試合運び的には特に問題はないのだが、今日の鈴木さんには普段のキレがない。
パンチも的確に入っているし、フットワークも軽い。
完全なインファイターである石脇選手への対策もバッチリだ。
けれど、いつもの鈴木さんの試合と何かが違う。
いまの鈴木さんの心だけがここになく、試合に完全に集中出来てないように思える。
こんな鈴木さんを見るのは初めてかも知れない。
それは結果として相手からダウンを取れないのに結び付いているらしい。
そして、試合3ラウンド目でボディー
ブローからのストレートを貰い、鈴木さんがダウンする。
やはり、今回の鈴木さんはいつもと違う。
よろけながらも立ち上がる鈴木さんはファイティングポーズをとるが、勢いのついた石脇選手を止めるまでには至らなかった。
「・・・応援しないんですか?」
そんな俺に獅童さんが声を掛ける。
だが、俺は何故か言葉にする事が出来なかった。
『試合の後までに自分の思いを整理して置く事だ』
その言葉にモヤが掛かり、迷いとなって俺を襲う。
先程のダウンがきっかけで鈴木さんは二度目のダウンをする。
今度はボディーの連打されて足を止めたところで起死回生のカウンターを狙おうとした瞬間、対応が間に合わず、そのままテンプルに左フックを貰ってしまったからだ。
カウントが進み、坂田さんが立つように叫ぶ。
そこで俺はようやく鈴木さんの名を叫ぶ。
鈴木さんもそれに答えようと立ち上がるが、ファイティングポーズをとる一歩手前でレフェリーが10カウントを数え終える。
やっぱり、俺のせいだったのだろう。
今回の試合はこうして、鈴木さんの敗北で幕を閉じるのであった。
そんな鈴木さんは全力も出せず、言い知れぬ感情でロープを叩く。
普段の鈴木さんのプレーなら石脇選手は敵ではなかったろう。
今回の鈴木さんには明らかに迷いがあった。
それが鈴木さんの戦いを妨げ、迷いを生んだ。
鈴木さんの迷いの原因は明らかに俺だ。
こんな時、どんな顔で鈴木さんに会えば良いのか解らない。
「戦っているのは鈴木さんで多田野さんじゃありませんよ。
試合で迷いを捨てられなかったから、今回の試合で鈴木さんは敗北した。
結果だけ見れば、それだけです」
獅童さんはそう呟くとリングをあとにする鈴木さんをジッと見詰める。
獅童さんの中でも今回の鈴木さんの試合は複雑なものだろう。
鈴木さん本来の試合ぶりが出来ていなかったのだ。
そして、その原因が俺にある事も獅童さんは気付いているだろう。
いっそ、俺のせいだと言ってくれれば、俺も少しは違ったかも知れないが、獅童さんが俺を責める事はなかった。
寧ろ、俺を見詰めて、どうすべきか考え込んでいる様子だ。
そんな獅童さんに俺は何も言えず終いだった。
「・・・その顔はまだ整理がついてない顔ですね?
鈴木さんが待っているでしょうが、どうしますか?
多田野さんがこのまま、帰ってしまうのなら、僕から鈴木さんに伝えますが?」
その言葉に俺は悩む。
敢えて逃げ道をくれる辺り、獅童さんなりの優しさなのだろう。
無論、それに甘えてしまえば、俺は今度こそ、戻れなくなるだろう。
俺はあれこれ悩んだ末に獅童さんと共に鈴木さんの元へと向かう。
冬は減量しにくい故に対戦相手の石脇(いしわき)三郎(さぶろう)と言う選手も見送ったらしい。
逆に言えば、お互いにベストを尽くせる試合になると云えるだろう。
そんな鈴木さんの事とは別にして俺についてだが、結局、その後もアマチュアのまま留まり続け、更に試合をする事もなく、時だけが流れてしまった。
引っ越しの事もあり、俺の境地には既に自分から率先して試合をすると云う意識がなくなってしまっているらしい。
故に俺は経験の少しあるボクシングが好きな中年になってしまった。
そこに色々と複雑な思いはあれど、俺はここまでなのだろうと云う諦めもある。
その事についてはまだ誰にも話してはいないが、会長さんには引っ越しを理由に試合をする事を拒んでいるので流石に不審がられてはいる筈だ。
いずれ、その事について話さなくてはならなくなるだろう。
その時には坂田さんや鈴木さんは受け入れてくれるだろうか?
そんな不安を胸に俺は石脇選手との試合で減量する鈴木さんを練習しつつ、眺める。
せめて、鈴木さんだけにでも話すべきだろうか?
いや、鈴木さんの事だから、俺の心境の変化には気付いているだろう。
恐らく、俺が話すのを待っている筈だ。
それでも今は何も言えない。
そんな日々を悶々と繰り返し、鈴木さんの試合当日。
俺は控え室で身体を温める鈴木さんを眺めた。
仕上がりは良い筈だが、普段の鈴木さんとは違う。
今回の練習中もそうだが、少し身が入らなかったらしい。
坂田さんの石脇選手に対する作戦もどこか他人事だ。
もしかすれば、理由は俺にあるのかも知れない。
「・・・多田野さん」
そんな俺に対して鈴木さんが口を開く。
「いつものように応援はしてくれないのですか?」
「え?あ?変ですか?」
「ここ最近、様子が変なのは気付いてました。ただ、自分も何に迷っているのかまでは見定められなくて今日まで黙っていました」
鈴木さんの言葉に坂田さんもチラリと俺を見る。
「俺も会長からはボクシングの試合を拒絶しているとは聞いている。
こんな土壇場まで聞かなかったのは申し訳ないと思うが、今からでも君の意見を聞きたいな」
その言葉に俺は何も言えない。
なんと言うべきかも解らない。
三国が怖くてボクシングが嫌いになった
?
いや、それは何か違う気がする。
確かにそれも理由の一つだ。
俺の中でプロを目指そうとしていたのはボクシングで三国に勝ちたかったからと言うのもある。
だが、根っこの部分は今でも変わらない。
ボクシングを通して自分が変わりたかったからだ。
しかし、俺の中で何かが変わった。
変わってしまった。
それは別にボクシングが嫌になった訳でも昔のようにうちに引きこもるのとも違う。
質問されても、俺は自分の中で答えが出せないでいる。
そんな言葉にどうすべきか悩みながら沈黙だけが過ぎ、やがて、鈴木さんの試合の番となる。
結局、今回は何も言えなかった。
「頑張って下さい」の一言すら、俺の口から出なかった。
恐らく、鈴木さんもそれに対して何か思うところはあるのだろうが、それを口にする事はなかったが、何か言いたそうな顔をしていた。
こうして、対策も心の準備も出来ないまま、鈴木さんは試合へと出向く事になる。
そんな何も言えない俺に対して口を開いたのは坂田さんであった。
「今は答えが出なくても良い。ただ、この試合の後までに自分の中の思いを整理して置く事だ。君の為にも宗成君の為にもね?」
「・・・坂田さん」
「今の俺に出来る事はいつものように見守る事だと思っていたんだが、それだけではいけなかったらしい。
この試合が終わったら、俺にも教えてくれ。君の気持ちを・・・」
「・・・はい」
俺は坂田さんに頷くと坂田さんは控え室を鈴木さんと共に控え室を後にする。
俺も観客席の外へと移動し、獅童さんと合流した。
「・・・最近、迷っているみたいですね?」
唐突な獅童さんのーーしかし、予測はしていたであろう言葉に俺は目を伏せる。
迷いの正体は当の俺にも解らない。
ただ、何かが俺を変えたのは解る。
そして、それは鈴木さんの足枷となってまとわりついているようにも思う。
今回、鈴木さんの調子が悪かったとすれば、原因は俺にあるだろう。
せめて、大丈夫であると願いたい。
そんな微かな希望を抱きつつ、俺は鈴木さんと石脇選手の試合を見守った。
試合運び的には特に問題はないのだが、今日の鈴木さんには普段のキレがない。
パンチも的確に入っているし、フットワークも軽い。
完全なインファイターである石脇選手への対策もバッチリだ。
けれど、いつもの鈴木さんの試合と何かが違う。
いまの鈴木さんの心だけがここになく、試合に完全に集中出来てないように思える。
こんな鈴木さんを見るのは初めてかも知れない。
それは結果として相手からダウンを取れないのに結び付いているらしい。
そして、試合3ラウンド目でボディー
ブローからのストレートを貰い、鈴木さんがダウンする。
やはり、今回の鈴木さんはいつもと違う。
よろけながらも立ち上がる鈴木さんはファイティングポーズをとるが、勢いのついた石脇選手を止めるまでには至らなかった。
「・・・応援しないんですか?」
そんな俺に獅童さんが声を掛ける。
だが、俺は何故か言葉にする事が出来なかった。
『試合の後までに自分の思いを整理して置く事だ』
その言葉にモヤが掛かり、迷いとなって俺を襲う。
先程のダウンがきっかけで鈴木さんは二度目のダウンをする。
今度はボディーの連打されて足を止めたところで起死回生のカウンターを狙おうとした瞬間、対応が間に合わず、そのままテンプルに左フックを貰ってしまったからだ。
カウントが進み、坂田さんが立つように叫ぶ。
そこで俺はようやく鈴木さんの名を叫ぶ。
鈴木さんもそれに答えようと立ち上がるが、ファイティングポーズをとる一歩手前でレフェリーが10カウントを数え終える。
やっぱり、俺のせいだったのだろう。
今回の試合はこうして、鈴木さんの敗北で幕を閉じるのであった。
そんな鈴木さんは全力も出せず、言い知れぬ感情でロープを叩く。
普段の鈴木さんのプレーなら石脇選手は敵ではなかったろう。
今回の鈴木さんには明らかに迷いがあった。
それが鈴木さんの戦いを妨げ、迷いを生んだ。
鈴木さんの迷いの原因は明らかに俺だ。
こんな時、どんな顔で鈴木さんに会えば良いのか解らない。
「戦っているのは鈴木さんで多田野さんじゃありませんよ。
試合で迷いを捨てられなかったから、今回の試合で鈴木さんは敗北した。
結果だけ見れば、それだけです」
獅童さんはそう呟くとリングをあとにする鈴木さんをジッと見詰める。
獅童さんの中でも今回の鈴木さんの試合は複雑なものだろう。
鈴木さん本来の試合ぶりが出来ていなかったのだ。
そして、その原因が俺にある事も獅童さんは気付いているだろう。
いっそ、俺のせいだと言ってくれれば、俺も少しは違ったかも知れないが、獅童さんが俺を責める事はなかった。
寧ろ、俺を見詰めて、どうすべきか考え込んでいる様子だ。
そんな獅童さんに俺は何も言えず終いだった。
「・・・その顔はまだ整理がついてない顔ですね?
鈴木さんが待っているでしょうが、どうしますか?
多田野さんがこのまま、帰ってしまうのなら、僕から鈴木さんに伝えますが?」
その言葉に俺は悩む。
敢えて逃げ道をくれる辺り、獅童さんなりの優しさなのだろう。
無論、それに甘えてしまえば、俺は今度こそ、戻れなくなるだろう。
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