努力が必ず報われる世界って本当ですか?

嗄声逸毅

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第一章⓪ 『遺書編』

第一章⓪-1 『これがゲームの世界って本当ですか?』

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 あぁ、多分その9組の子だろうと俺は優葵ゆうきに言った。
放課後、周りの連中がまだガヤガヤしている教室で幼馴染の女子と2人で俺は話していた。

「なーに照れてんのよ、言っとくけどあんたのその超がつく程の神経質じゃ西高のトップオブトップの夢乃ちゃんにはモテませんよーだ。てかまず、恋愛自体がその性格には不向きなのよ」

「待て待て待て!別にまだ好きってわけじゃ……」

俺自身も正直わからない。一目惚れってやつなのかな、とにかく初めてでよくわからない。

「まぁあ?付き合いたいってんなら、恋愛については百戦錬磨のこの私があんたの恋のキューピッドになってやらないでもないけどー?」

この自身に満ち溢れた一見何にも考えてなさそうな少女は俺の幼馴染の仁田にた優葵ゆうき。優葵とは幼稚園からの仲で、親同士も月一ほどお茶をしているような仲だ。

「よく言うよ、付き合ったこともない奴が」

「ありますけど何ですか」

「それ小学生の頃の話だろ、普通カウントしねーよ」

「いいじゃん!付き合ってんだからカウントできますー」

「それはいいとして百戦錬磨は聞き捨てならねーぞ。告っても全振りされてんのによく言うわ」

「ああ!女の子にそういうこと言ったらいけません!」

「こんだけの付き合いで女の子扱いするわけねーだろが」

「こんにゃろ~!」

そう言って優葵は俺の頬を、これでもかとつねってきた。

「おい、やめろって」

「よくもよくも~!」

「おい、いーかげんにしろって!!」

俺も負けじと優葵の額にデコピンを一発。

「ぎゃー!!いたああいよぉぉーぶたれたー」

ここ最近で一番いい当たりだった。

「どうだ!!ギネスブックにも載ったことがある俺のデコピンの破壊力を思い知ったか!」

もちろんそんな記録があるわけないが純粋で素直な優葵は期待を裏切らない。

「そ、そんな記録があるなんて。あんたも伊達に男子高校生してないのね」

「あたぼーよ、てかこんなことしてる場合じゃないんだった、急がねーと!」

「何よ帰宅部のくせに何があるっていうのよ」

「本屋だよ、本屋」

「あー、あのこの前話してた漫画ね」

「そうそう、今日は最新刊の発売日なんだよ。5時半にはあそこ閉まるから、えっとーあと40分しかねぇ、じゃーな」

「うん、じゃーね」

「お前もマネの仕事あんだろ、がんばれよ」

「はいはい、がんばりまーっす」

 いつもの感じで教室を出て俺は急いで昇降口へ向かった。

 俺の下駄箱は目線と同じ高さにあるからしゃがまなくて済むからかなり楽だ。

 ここで急いでいる人は大抵ちゃっちゃと靴を履くのだろうが俺は違う。必ず靴紐をほどいてから履くようにしている。なぜならあの窮屈な状態になっている靴に足を突っ込むのがどうしても嫌なのだ。優葵はこういうところを言っているのだろう、多分。

 靴を履き終わって昇降口を出た途端、西日という名のスポットライトが俺に向けられた。

 ムシムシする暑さだ。そんな暑さなど気にもせずいつものように野球部がランニングをしていた。校舎内と違い外は運動部の声が響き渡っている。

 なんで運動部はみんな声を出すのだろうか。
これは決して馬鹿にしているわけではない。なぜなら俺も数か月前まではそっち側の人間だったからだ。ただもう部活をやめてしまった今、改めて考えると理由はわからない。先輩や顧問の先生に出せと言われていたから出していただけだ。辞めた理由とは関係ないが、ふと気になった。ただそれだけだ。

 俺はさっさとチャリにまたがり校門を出てつーっと坂道を下った。下り終えたらそこからは必死に平坦な道を漕ぎまくった。

 夕日で辺りはオレンジ色に染まっている。いつもこの時間は、車とかバイクとか下校中の子どもの声で騒がしいのに今日はやけに静かだ。

 ようやく本屋の手前の坂道まで来たが、この最後の上り坂がなかなかの難所なのだ。
近所のおばちゃんたちはチャリを押して上る、が男子高校生たるものここは漕いで上るのが鉄則なのだ。

 俺は勢い良く駆け上がろうとした、がなかなか進まない。
それもそのはず坂を上る前にギアを変えそびれたのだ。俺は慌ててギアを軽くした。しかし、上る途中で変えてしまったせいでチェーンが外れてしまった。先週買ったばかりのピカピカのクロスバイクだったからいまいちこいつの扱いが慣れていなかった。俺はそのままよろけて横転した。右手をつこうとしたがもう遅かった。右頭部を地面に強打し、そして視界がだんだん暗くなった。

「き、君大丈夫かい」

とおばさんの声が

「おい、頭から血が出とるぞ誰か救急車を呼んでくれ!」

と爺さんの声が聞こえた。だが意識が朦朧もうろうとしていてそこからはもう記憶がない。


 俺はようやく目が覚めた。見たことがない天井だった。

「しゅうちゃん!やっと目覚めた、もう心配したんだからね」

誰かの声がした。しゅうちゃんとは誰の名前か最初わからなかった。だがすぐに思い出した。俺の名前だ。そして俺の事を心配しているこの優しい声は母さんだ。

「母さん俺……」

「本当に無事でよかった~」

と涙目の母さん。

「なんか心配かけてごめんな。あのさ俺どうなっちゃったの?」

「しゅうちゃんね、自転車から落っこちちゃってね、頭をガーンって打っちゃったのよーって覚えてないの?」

それを聞いてやっと思い出した。転けたんだったわ俺。

「あ、お母さん先生呼んでくるね~」

そう言って母さんは病室を出た。俺の母さんはいつも陽気そうなしゃべり方をする人だ。

 数分後に母さんは先生を連れて戻って来た。先生が病室に入って来たから少し体を起こそうとしたが

「あーそのままでいいよ、まだ安静にしておかないと。そのまま横になって僕の話を聞いてくれ」

と言われ

「わかりました」

と起き上がらず横になったまま返事をし話を聞くことにした。先生の胸ポケットには、写真付きの名札がクリップで留められていた。そこには鬼丸 京おにまる けいと書いてあった。これが先生の名前のようだ。それにしても鬼丸という苗字はどこかで聞いたことがある。だが思い出せなかった。顔もどこかでみたことがあった。

「それでは、まず見当識の確認から。自分の名前はわかるかい」

「あ、はい。宮凪みやなぎ秀一しゅういちです」

「生年月日は?」

「2483年8月29日です」

「自分が今通っている学校は?」

「山野県立西高等学校です」

「西高校の何年何組?」

「2年2組です」

「今日の日付は」

「2500年7月29日の木曜です」

先生は真面目な顔から一気に明るくなった。

「はい、大丈夫だと思いますよー。瞳孔にも異常は見られませんでした」

「ありがとうございます。あの、ちなみに俺今どういう状態なんですか」

なぜ入院しているのか気になっていた。それになんだか頭が痛い。

「君はね、坂の途中でよろけて自転車から落ちたんだよ。手を上手く着けなかった君は頭を強打してしまってね、脳震盪になっている状態だ。だから今は安静にしてね」

「そうだったんですね、どうりで頭が痛いんですね」

 俺の無事が分かった母さんは妹の陽菜はるなが家で待っているからと言ってすぐに帰ってしまった。先生もすぐに病室を出て行った。

 俺はどうやら経過観察の必要があるらしく、明日までは入院をしなければいけなくなった。だが何をしたらいいのかわからない。暇すぎる。今の時間は20時30分ってところ、消灯時間までは30分しかない。本来なら寝ればいいだけの話だがさっきまで気を失っていた俺には今すぐ寝るなんて無茶な話だ。しばらくすると誰かが俺の病室をノックした。

「はい、どうぞ」

スライドドアを開けて入って来たのは鬼丸先生だった。

「どうしたんですか先生」

「いやー君にいい物を見せてあげようかなと思ってね」

そう言って先生が俺に見せたのは今じゃ世界中の誰もが知っているVRのゲームソフトだった。ゲームを普段しない俺ですら見ればわかるものだった。

「これがどうしたんですか」

俺がそう聞くと先生は誇らしげに話し始めた。

「実はね、我が社の鬼丸グループが遂にVR業界に進出したんだよ」

鬼丸グループというワードを聞いてやっと思い出した。ここは鬼丸グループが経営する、かの有名な鬼丸病院だったのだ。鬼丸病院と言ったら手術のスペシャリストとして院長がテレビで取り上げられていたな。だからこの先生の顔に見覚えがあったわけか。この人すごい人だ。

「えっとー、何て名前のゲームですか」

とゲーム自体に興味はないが聞かないと失礼になると思い尋ねてみた。

「『EOSイオスワールド』って名前でね、所謂いわゆるRPGだよ。ゲーム内には君と同じ現実世界リアルを生きる『USER』と知性を持った『BOT』が共存しているんだ」

「いおす?ってなんですか」

「ああ、それはね『Exertエグザート Oneselfワンセルフ』を略した言い方なんだよ。日本語訳すると奮励努力ふんれいどりょくって意味なんだ。聞いたことはあるかい、四字熟語なんだけど」

「いえ、ないですね」

「まぁあまり聞かないかもね。意味は気力を奮い起して励み、努力を重ねる!ってことなんだ」

「へぇ~そうなんですね」

「このゲームの売りはなんといっても……努力が必ず報われるんだ!」

「か、必ず!?ですか」

「あぁ、必ずだ!」

「絶対ですか!?」

「ぜーったいだ!」

どうやら俺は、とんでもないゲームを知ってしまったみたいだ。

 努力、それは俺が常日頃からしていることだ。

 俺は何かを実現するため惜しまず努力してきた。だがしかし、努力する度に何度も裏切られてきた。

 元々は県内で最も偏差値が高いとされる私立開聖わたくしりつかいせい高校を第1志望校として中学2年生の夏からほぼ毎日塾に通い続け、寝る間も惜しんでひたすら勉強してきた。
しかし、開聖高校は落ちてしまい滑り止めで受けた第2志望校の西高校に進学することになった。西高は県内では上から6番目の偏差値とされる学校だった。世間的に見ればまずまずの高校だが、納得はいっていないし努力は平気で裏切ってくることを痛感した。

 部活だってそうだ。俺は一年生の終わりまで、バレー部に所属していた。
当たり前だが毎日練習してさらに練習が終わった後も自主練に励んでいた。しかし、所詮は実力主義だ。上手ければ試合に出れる、上手くない奴はベンチで応援をするだけだ。年齢やバレーをやっていた年数などは全く関係ない。もちろんそれに反対する気はないし、当然のことだと理解している。ただ俺が言いたいのは、普段の練習から声を出していなかったり、さぼり癖があった同じ1年生が俺を差し置いてレギュラーを勝ち取ったことが許せなかったということだ。今思えばこの感情は妬み嫉みであることに違いはない。

 だが努力に裏切られたのは事実だ。そんな常に努力に裏切られるような人生を歩んできた俺にとって『EOSワールド』は打ってつけのゲームに違いないのだ。

「まぁ宮凪君がやりたくないって言うのなら無理は言わないが」

「ぜひ!やらせてください!」

「お、えらくやる気じゃないか。だがここは病院だから静かにしようね」

「あ、すみません」

俺はこの歳にもなって病院で大声を出してしまったことが恥ずかしくて、急に変な汗をかいた。

「よし、じゃ早速頭の上にある装置の電源をつけてみてくれ」

「え、頭の上?」

俺はゆっくりと頭上を見上げると、なんとそこにはでっかい装置がベッドと一体化し備え付けられていた。

「これ、なんですか?」

「これはね、本来は頭に着けるだけのヘッドギアをベッドと一体化させたんだよ。もちろん我が社の技術でね」

「へぇーすごいですね。これどうやったら起動するんですか?」

「左の手元にリモコンがあるだろ?真ん中の赤いボタンを押したらすぐに起動するよ」

「これですかね?」

俺は言われた通りにスイッチを入れた。

「起動したら後はAIに従ってくれ」

「わかりました、ありがとうございます」

とお礼を言った後、俺はすぐに起動した。

「楽しんでね」

「はい!!」

スイッチを入れてすぐに機械音のようなものが鳴り、今まで暗かった視界が急に明るくなった。そして目の前に大きく『Exert Oneself』という文字が浮かび上がって、すぐに誰かの声が聞こえた。

「ようこそEOSワールドへ」

それはほがらかな男の声だった。

「これからわたくしがあなた様をご案内いたします」

男がそう言うとまた視界が変わり今度はレンガの壁に囲まれた家の裏のような所に移動した。周りを見渡しても誰もいないが微かに人の声がする。

「案内するんじゃなかったのかよ」

それにしてもこの何とも言えないレンガの匂いといい、肌の質感といい、空気の味といい、そして青く澄み切った空よ。

「これがゲームの世界なのか……ってあれ、服は病衣のままなんだが」

いつの間にか頭痛は治まっている、気がするだけなのか。先ほどまでの痛みは感じられなかった。

「こ、これがゲームの世界なのか……」

2回言っちゃった。そんなことを思っている矢先に不気味な男が目の前に現れた。そして何故か変な顔が描かれた白いお面を被っていた。身長は俺よりもずっと高い2メートルくらいの男だった。

「いや~遅れてすまないね、いきなり入って来た他のお客さんを相手にしててね手間取ってしまったよ~」

さっき聞いた声だ。おそらく声の正体はこの男なのだろう。

「あのそんなことより、どちら様ですか」

「おっと失敬失敬、おほんっ、わたくしの名前はフルーラと申します。この地域一帯の住民に名前を付ける命名職めいめいしょくをやっている者です。ぜひフルーラとお呼びください」

「わかった、そう呼ぶよ」

「はい!では早速ですが役所に向かいましょう」

「役所?どうしてだよ」

「あなた様にお名前を付けるためです」

「あぁそうか、俺にはまだ名前がないのか」

 そうして俺はフルーラと名乗る男と役所に向かった、おそらくこれが『BOT』と言われるものなのだろう。話を聞くとどうやらこのゲームでは自分で名前が決めることができないらしい。しばらくすると人気ひとけがある場所に出てきた。

 何やら異様に騒がしかった。見世物みせものか何かをやっているのだろうと思い覗き込もうとしたが、人が多すぎてなかなか見えるところまでたどり着けない。それでも何とか割り込んでようやく見えたのは台に乗った二人の人間だった。1人は両膝を着いた男、もう1人は真っ黒の衣装を身にまとい両手に1本ずつ、大鎌を持った男だった。俺は瞬時に察した、処刑の瞬間だ。死刑執行人キラーが両手に持った大鎌を振り上げ今にも振りかざそうとしたその瞬間、誰かが俺の目を手で覆った。それはフルーラのだった。

「あなた様にあれはまだ早すぎる」

「そうだな……ありがとう」

「さぁっ、行きましょう」

フルーラと俺は処刑台を後にし、役所に向かった。

それにしてもとんでもないイベントだった。これほんとにゲームなのか……いくらなんでもむごすぎた、幸いにも見ちゃいないけど。早く忘れたい気持ちでいっぱいだった。

 しばらく歩いていたら、あっという間に役所に着いた。想像していたよりは大きくなかった。中に入ってみると目の前に機械のようなものが設置されていた。そしてフルーラが俺の目の前に立ってこう言った。

「これは私が具現化して作ったものです。その名も命名機です!」

自信満々だがそのままだった。

「フルーラが名付けるんじゃないのかよ。てかこれ、どう使ったらいいんだ?」

「そこにある真ん中のボタンを押してください。これを使うことによって対象者のマナを消費し、名付けをしてくれるのです」

「なるほどな」

正直いって具現化だのマナがどうとか言われてもそれが何なのかはわからないが今はどうでもよかった。

どんな名前を付けてくれるのだろうか。名前って結構重要だよなー。

 ここに来る途中にフルーラに聞いた話だが、このゲームでは改名はできないらしい。あと、初期は苗字はなく下の名前だけなんだとか。

 期待に胸を膨らませて俺は言われるがままにボタンを押した。
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