白薔薇の誓い

田中ライコフ

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見知らぬ人影

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 アダマスは過去を懐かしみながらもう一度意識を外へと向ける。先ほどまで晴れていたはずの空には雲が目立ち始めていた。軽く雨が降るかもしれない。どんよりとした雲はただでさえ荒れた庭をいっそう灰色へと染めていく。
 これ以上気を沈めたくはないと、アダマスは自室のカーテンを閉めようと手を伸ばした。
 そのときだった。
アダマスは視界に先ほどとは違うなにかを見つけた。空から零れた雫が窓を濡らしたのかと思ったが、いくら待てど次の雫が窓を叩くことはない。
不審に思い、アダマスは目を凝らす。それは窓ではなく、窓の外にあった。
灰色の荒れた庭に、ゆらり、ゆらりと動くそれは、雫ではなく人の形をしていた。
「人……? 一体誰が……」
 使用人でないのは間違いない。仕事がなければ使用人はそこに寄り付こうとしなかった。それに庭はアダマスが放置してよいと言いつけてある。
 わざわざ離宮を訪れる人間が、宮殿から続く庭園を歩いてくるなどとは思えない。歩きなれていない貴族や王族にとって、広大な庭園は一種の迷路のようなものだ。
 迷い人か、宮殿に潜り込もうとした不届き者か。そのどちらかの確率が高いだろう。
 アダマスはすぐに使用人を呼ぼうとしたが、声を発する前にその口は閉ざされた。
 使用人などに任せず、自分で確かめればいい。
 本来ならば王族であるアダマスが、そのような危険な行為に及ぶのは良くないだろう。だがアダマスにとってそんなことはどうでもよかった。いないも同然とされる自分になにがあろうとも、誰も困りはしないのだ。
 それにアダマスは人恋しかった。たとえ不審人物であったとしても、自分以外の人間を感じたいと思うほどに。
 アダマスはひっそりと部屋を出ると、静まり返る離宮を離れ、庭へと降りる。離宮の空気も淀んでいたが、曇天のせいか外も空気が重い。まとわりつく空気を追い払うように、長い金の髪をかき上げ、そっと不審人物を観察した。
 背丈からして男なのは間違いない。アダマスよりも背の高い、浅黒い肌をした体格の良い男だ。後ろを向いているため顔は確認出来ないが、歳もそれほど離れていないように感じる。夜を集めたような黒髪に艶はなく、見ているだけで吸い込まれそうななにかがあった。
 男はなにかを探しているのか、辺りを見回している。堂々としたその姿は、盗みに入った者にはとても思えない。
 自分よりも体格の良い男に気圧されそうになったが、アダマスは意を決して男の背に声をかけた。
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