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暖かな日々
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それからというもの、フォルカにたいするアダマスの態度は目に見えて軟化した。
アダマス自身はなにも変えていないつもりだったが、部屋にこもらず、庭へよく降りるようになったのは誰の目にも明らかだ。
互いの立場を考え、二人で話をすることはあまりなかったが、それでもフォルカの側にいるのは居心地が良いと感じる。
フォルカの働きにより、庭は生気を取り戻しつつあった。すっかり痩せていた土は栄養に富んだ土と入れ替えられ、植物が根を張るのを待ち望んでいるように見える。そうなると庭の空気まで変わるようだ。以前はコケや湿気の匂いがしていたが、今では土と陽の匂いが吹き抜けていた。
この日、フォルカは陽も高く上がらぬうちからせわしなく働いている。額には汗が浮かび、秋空の下だというのに、身体から湯気が出そうなほど、作業に精を出していた。
「朝から大変だな」
アダマスが労いの言葉をかけると、フォルカは作業の手を止め、頭を垂れる。
「私のことは気にしないでくれ。仕事に集中してくれて構わない」
アダマスはフォルカのすぐ側にしゃがみ、花壇の土を手ですくう。ほぐされ、陽に照らされていた土は、温かく滑らかだ。
「アダマス様、手が汚れてしまいます」
「いいんだ。たまには自然に触れないと、自分が生き物であるということを忘れそうになる」
土の香りはなぜか懐かしく、気持ちを和やかにさせる。人間の中に残る野性の本能が、そう感じさせるのかもしれない。
「私もなにか手伝えるといいんだが……」
フォルカ一人での作業では限界があるだろう。そう思って出た言葉だったが、フォルカは困ったような笑みを浮かべた。
「このような仕事を、王族の方に手伝っていただくわけには。そのお言葉だけで充分でございます」
折り目正しくそう言ったフォルカに、アダマスも同じような、複雑な笑みを返す。
フォルカの言っていることは当然であり、もしアダマスが庭仕事をしているところを見られたとしたら、罰を受けるのは手伝うと申し出たアダマスでなく、フォルカだろう。
王子としてなんの力もないのに、名ばかりの身分で行動が制限されてしまうのは、なんとも歯がゆいことだった。
「まあ仮に王族でないとしても、なんの知識もない私ではお前の役にはたてないだろうな」
アダマスはそう言って、手のひらに残る土を払うと立ち上がった。
「それにしても、今日はどうしてそんなに忙しそうなんだ?」
いつも仕事は途切れなかったが、今日のフォルカは一段とせわしない。
「それは間もなく分かると思うのですが……」
フォルカがそう発したとき、庭園の外がにわかに騒がしくなった。なにやら複数の声と、車輪を引くような音が聞こえる。
離宮周辺がこれほど賑やかになるのは、ほとんどないことだ。一体何事なのかとアダマスが音の方向を注視していると、見えてきたのは瑞々しい葉をつけた苗木の姿だった。
苗木を運んできた男たちは、フォルカ先導のもと、次々と積み荷を庭園内へと降ろしていく。庭園を埋め尽くしていく緑の数々に、アダマスは唖然とするしかなかった。
「すさまじい量だな……」
自然と口から零れた言葉に、フォルカは苦笑する。
この大量の苗木を今から皆で植えるのだろうとアダマスは思っていたが、荷を降ろした男たちは早々に帰ってしまい、それがアダマスをさらに驚かせた。
「まさか、これを全部一人で植えるのか?」
いくらなんでもそれはないだろうとアダマスは問い掛けるが、フォルカはなんでもないことのように首を縦に振る。それにはアダマスも驚きを隠せない。
アダマス自身はなにも変えていないつもりだったが、部屋にこもらず、庭へよく降りるようになったのは誰の目にも明らかだ。
互いの立場を考え、二人で話をすることはあまりなかったが、それでもフォルカの側にいるのは居心地が良いと感じる。
フォルカの働きにより、庭は生気を取り戻しつつあった。すっかり痩せていた土は栄養に富んだ土と入れ替えられ、植物が根を張るのを待ち望んでいるように見える。そうなると庭の空気まで変わるようだ。以前はコケや湿気の匂いがしていたが、今では土と陽の匂いが吹き抜けていた。
この日、フォルカは陽も高く上がらぬうちからせわしなく働いている。額には汗が浮かび、秋空の下だというのに、身体から湯気が出そうなほど、作業に精を出していた。
「朝から大変だな」
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「私のことは気にしないでくれ。仕事に集中してくれて構わない」
アダマスはフォルカのすぐ側にしゃがみ、花壇の土を手ですくう。ほぐされ、陽に照らされていた土は、温かく滑らかだ。
「アダマス様、手が汚れてしまいます」
「いいんだ。たまには自然に触れないと、自分が生き物であるということを忘れそうになる」
土の香りはなぜか懐かしく、気持ちを和やかにさせる。人間の中に残る野性の本能が、そう感じさせるのかもしれない。
「私もなにか手伝えるといいんだが……」
フォルカ一人での作業では限界があるだろう。そう思って出た言葉だったが、フォルカは困ったような笑みを浮かべた。
「このような仕事を、王族の方に手伝っていただくわけには。そのお言葉だけで充分でございます」
折り目正しくそう言ったフォルカに、アダマスも同じような、複雑な笑みを返す。
フォルカの言っていることは当然であり、もしアダマスが庭仕事をしているところを見られたとしたら、罰を受けるのは手伝うと申し出たアダマスでなく、フォルカだろう。
王子としてなんの力もないのに、名ばかりの身分で行動が制限されてしまうのは、なんとも歯がゆいことだった。
「まあ仮に王族でないとしても、なんの知識もない私ではお前の役にはたてないだろうな」
アダマスはそう言って、手のひらに残る土を払うと立ち上がった。
「それにしても、今日はどうしてそんなに忙しそうなんだ?」
いつも仕事は途切れなかったが、今日のフォルカは一段とせわしない。
「それは間もなく分かると思うのですが……」
フォルカがそう発したとき、庭園の外がにわかに騒がしくなった。なにやら複数の声と、車輪を引くような音が聞こえる。
離宮周辺がこれほど賑やかになるのは、ほとんどないことだ。一体何事なのかとアダマスが音の方向を注視していると、見えてきたのは瑞々しい葉をつけた苗木の姿だった。
苗木を運んできた男たちは、フォルカ先導のもと、次々と積み荷を庭園内へと降ろしていく。庭園を埋め尽くしていく緑の数々に、アダマスは唖然とするしかなかった。
「すさまじい量だな……」
自然と口から零れた言葉に、フォルカは苦笑する。
この大量の苗木を今から皆で植えるのだろうとアダマスは思っていたが、荷を降ろした男たちは早々に帰ってしまい、それがアダマスをさらに驚かせた。
「まさか、これを全部一人で植えるのか?」
いくらなんでもそれはないだろうとアダマスは問い掛けるが、フォルカはなんでもないことのように首を縦に振る。それにはアダマスも驚きを隠せない。
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