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一時の平穏
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「フォルティス」
アダマスは久しぶりにその名を声に出した。名を呼んだだけなのに、これからのことを思うと胸が苦しくなる。
アダマスの声に気付いたフォルティスは、弾かれたようにアダマスのほうを向いた。
「アダマス……様」
あたりをきょろきょろと見回しているのは、周囲に誰かいないか、確認しているのだろう。その様子が微笑ましく、アダマスは久しぶりに表情を和らげた。
「大丈夫だ。ここには私とお前しかいない。かしこまらず、普段どおりにしてくれ」
フォルティスはほっとしたのか、軽く息を吐いた。庭師としての、どこか張り付いた雰囲気が緩み、フォルティスという一人の男が顔を覗かせる。
アダマスはその変化が好きだった。
王宮では誰しも仮面を被る。決して本音をさらけ出すことはない。だが目の前にいるフォルティスだけは例外だった。自分に気を許し、対等な友として接してくれる。アダマスにとって、それは喜び以外のなにものでもなかった。
「なんだが久しぶりに話をしに来てくれた気がするな」
フォルティスはそう言いながら、薔薇の木を弄る。アダマスの目には、一人で庭仕事をしているときよりも、少し機嫌が良いように映った。
「……久しぶり、は大げさだろう」
「そうかもしれないが、以前は毎日顔を見せに来ていただろう。しかも日によっては二度、三度も当たり前だった」
確かにその通りだったが、あらためて言われるとなんだか恥ずかしい。アダマスは羞恥を隠そうと唇を尖らせ、口を噤む。
「一人には慣れていたつもりだが、急に顔を見せに来なくなると、さすがに寂しく感じたな。お前にも色々事情があるのだろうが」
アダマスはぎくりとして、フォルティスの顔を窺い見る。
隣国行きのことを言っているのかと思ったが、フォルティスの表情は、変わらず柔らかい。やはりなにも知らされていないのだろう。
アダマスの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
少し顔を合わせなかっただけで寂しいと感じてくれたフォルティスに、これから別れを告げなくてはいけない。その理由も、決して自身が納得しているものではなかった。出来ることならば、このままフォルティスの側にいたかった。
告げなくてはと思うほど、心はそれを拒否する。行きたくないという本心が、声を出させようとしなかった。アダマスの身体が小刻みに震える。
「どうした? 具合でも悪いのか? 顔色が悪い」
アダマスの様子がおかしいことに気が付いたのだろう。フォルティスがアダマスに駆け寄った。
「最近顔を見せなかったのは、具合が悪かったからなのか? 無理はするな。今誰か呼んで来よう」
「平気だ……。誰も呼ばなくていい」
「だが顔色が……」
「いいからっ……。今は側にいてくれ……!」
今にも駆け出して行きそうなフォルティスを、アダマスは必死で引き止める。離れないで欲しいとフォルティスのシャツを握り締め、その逞しい胸板に顔をうずくめた。フォルティスの困惑した様子が伝わってきたが、離れることは出来ず、アダマスはそのままフォルティスの体温を感じていた。
「どうしたんだ? 子供みたいなことをして」
離れようとしないことに諦めたのか、やがてフォルティスは幼子をあやすように、アダマスの背をぽんぽんと軽く叩いた。
温かな体温と、背に感じる一定のリズムに、アダマスは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
胸板からおずおずと顔を上げたアダマスは、覚悟を決め、震える唇を開いた。
アダマスは久しぶりにその名を声に出した。名を呼んだだけなのに、これからのことを思うと胸が苦しくなる。
アダマスの声に気付いたフォルティスは、弾かれたようにアダマスのほうを向いた。
「アダマス……様」
あたりをきょろきょろと見回しているのは、周囲に誰かいないか、確認しているのだろう。その様子が微笑ましく、アダマスは久しぶりに表情を和らげた。
「大丈夫だ。ここには私とお前しかいない。かしこまらず、普段どおりにしてくれ」
フォルティスはほっとしたのか、軽く息を吐いた。庭師としての、どこか張り付いた雰囲気が緩み、フォルティスという一人の男が顔を覗かせる。
アダマスはその変化が好きだった。
王宮では誰しも仮面を被る。決して本音をさらけ出すことはない。だが目の前にいるフォルティスだけは例外だった。自分に気を許し、対等な友として接してくれる。アダマスにとって、それは喜び以外のなにものでもなかった。
「なんだが久しぶりに話をしに来てくれた気がするな」
フォルティスはそう言いながら、薔薇の木を弄る。アダマスの目には、一人で庭仕事をしているときよりも、少し機嫌が良いように映った。
「……久しぶり、は大げさだろう」
「そうかもしれないが、以前は毎日顔を見せに来ていただろう。しかも日によっては二度、三度も当たり前だった」
確かにその通りだったが、あらためて言われるとなんだか恥ずかしい。アダマスは羞恥を隠そうと唇を尖らせ、口を噤む。
「一人には慣れていたつもりだが、急に顔を見せに来なくなると、さすがに寂しく感じたな。お前にも色々事情があるのだろうが」
アダマスはぎくりとして、フォルティスの顔を窺い見る。
隣国行きのことを言っているのかと思ったが、フォルティスの表情は、変わらず柔らかい。やはりなにも知らされていないのだろう。
アダマスの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
少し顔を合わせなかっただけで寂しいと感じてくれたフォルティスに、これから別れを告げなくてはいけない。その理由も、決して自身が納得しているものではなかった。出来ることならば、このままフォルティスの側にいたかった。
告げなくてはと思うほど、心はそれを拒否する。行きたくないという本心が、声を出させようとしなかった。アダマスの身体が小刻みに震える。
「どうした? 具合でも悪いのか? 顔色が悪い」
アダマスの様子がおかしいことに気が付いたのだろう。フォルティスがアダマスに駆け寄った。
「最近顔を見せなかったのは、具合が悪かったからなのか? 無理はするな。今誰か呼んで来よう」
「平気だ……。誰も呼ばなくていい」
「だが顔色が……」
「いいからっ……。今は側にいてくれ……!」
今にも駆け出して行きそうなフォルティスを、アダマスは必死で引き止める。離れないで欲しいとフォルティスのシャツを握り締め、その逞しい胸板に顔をうずくめた。フォルティスの困惑した様子が伝わってきたが、離れることは出来ず、アダマスはそのままフォルティスの体温を感じていた。
「どうしたんだ? 子供みたいなことをして」
離れようとしないことに諦めたのか、やがてフォルティスは幼子をあやすように、アダマスの背をぽんぽんと軽く叩いた。
温かな体温と、背に感じる一定のリズムに、アダマスは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
胸板からおずおずと顔を上げたアダマスは、覚悟を決め、震える唇を開いた。
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