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予期せぬ来訪者
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出発の日も、目前のある日。
その日、アダマスは朝から落ち着きなく、自室を行ったり来たりとしていた。
色々あったが隣国へ行く覚悟は、もう決めている。アダマスの心に波風をたたせているのは、別の理由があった。
「おかしい……。いつもならとっくに姿を見せているのに」
アダマスは部屋をうろうろと歩いては、窓の外を覗き込む。そこには見慣れた庭が広がっているが、ただ一つ、いつもと違う光景があった。
フォルティスの姿が、どこにもない。
晴れの日はもちろん、荒れた天候の日も、フォルティスは必ず姿を見せていた。
仕事を早めに切り上げていた日もあるが、来なかった日は一度もない。にも関わらず、この日、フォルティスは夕刻が近づいているというのに姿を現していなかった。
「なにかあったんだろうか……」
連日の労働で身体を壊したか。急な配置換えが行われたのだろうか。だがそうだとしても、別れが近づいている今の状況なら、一言連絡があるだろう。なにも言わずに去ることは、二人にとって禁忌に近いものがある。
「何事もなければいいが……」
アダマスはこの日、何度目かの憂いを帯びた溜め息を吐く。杞憂で済めばいいのだが、なぜか胸騒ぎが止まらなかった。
少しずつ暮れ行く空と同じように、アダマスの心にも、不安という名の闇が押し寄せる。
そのとき、アダマスは屋敷へ近づく、荒々しい足音を耳にした。その速さは馬に違いない。
「まさか、フォルティス……?」
アダマスは急いで部屋を出ると、玄関口まで猛然と駆ける。
来訪者がフォルティスだとは限らない。今までフォルティスが馬に乗ってきたことはなかった。それでもアダマスの足が止まることはない。胸騒ぎと不安がそうさせた。離宮を離れられないアダマスにとって、たとえ来訪者が宰相だったとしても、一縷の望みに懸けるしかない。
アダマスが玄関口に到着すると、いち早く馬の音を聞きつけていた使用人が、扉の前で来訪者を確認していた。
「誰でも構わない。通せ」
急くように言うと、使用人が扉を開ける。そこに立っていたのは、まるで予想もしていない人物だった。
「突然の訪問、失礼。至急、アダマス王子にお伝えしたいことがある」
その人物は、フォルティスでも宰相でもない、四十代くらいの男だった。優しさの中にも厳しさを携えた顔立ち。芯があり、威厳に満ちた声がやけに印象的だった。
「デューク公爵……?」
最後に顔を合わせたときよりも、髪に白いものが交じりはじめていたが、それはデューク公爵に間違いない。
貴族にたいして嫌悪感を持っているアダマスだが、デュークだけは例外だった。己の利になることだけを求める権力者とは違い、デュークは貴族として最も高い位を持ちながら、どんな身分の者にも訳隔てなく接する。それはアダマスにたいしてもそうだった。
幼い頃、何度か顔を合わせ、デュークに抱っこをせがんだ思い出がアダマスにはある。デュークが狭くはない領土を任されてからは、顔を合わせる機会がなかったが、その姿は思い出のままだ。
その日、アダマスは朝から落ち着きなく、自室を行ったり来たりとしていた。
色々あったが隣国へ行く覚悟は、もう決めている。アダマスの心に波風をたたせているのは、別の理由があった。
「おかしい……。いつもならとっくに姿を見せているのに」
アダマスは部屋をうろうろと歩いては、窓の外を覗き込む。そこには見慣れた庭が広がっているが、ただ一つ、いつもと違う光景があった。
フォルティスの姿が、どこにもない。
晴れの日はもちろん、荒れた天候の日も、フォルティスは必ず姿を見せていた。
仕事を早めに切り上げていた日もあるが、来なかった日は一度もない。にも関わらず、この日、フォルティスは夕刻が近づいているというのに姿を現していなかった。
「なにかあったんだろうか……」
連日の労働で身体を壊したか。急な配置換えが行われたのだろうか。だがそうだとしても、別れが近づいている今の状況なら、一言連絡があるだろう。なにも言わずに去ることは、二人にとって禁忌に近いものがある。
「何事もなければいいが……」
アダマスはこの日、何度目かの憂いを帯びた溜め息を吐く。杞憂で済めばいいのだが、なぜか胸騒ぎが止まらなかった。
少しずつ暮れ行く空と同じように、アダマスの心にも、不安という名の闇が押し寄せる。
そのとき、アダマスは屋敷へ近づく、荒々しい足音を耳にした。その速さは馬に違いない。
「まさか、フォルティス……?」
アダマスは急いで部屋を出ると、玄関口まで猛然と駆ける。
来訪者がフォルティスだとは限らない。今までフォルティスが馬に乗ってきたことはなかった。それでもアダマスの足が止まることはない。胸騒ぎと不安がそうさせた。離宮を離れられないアダマスにとって、たとえ来訪者が宰相だったとしても、一縷の望みに懸けるしかない。
アダマスが玄関口に到着すると、いち早く馬の音を聞きつけていた使用人が、扉の前で来訪者を確認していた。
「誰でも構わない。通せ」
急くように言うと、使用人が扉を開ける。そこに立っていたのは、まるで予想もしていない人物だった。
「突然の訪問、失礼。至急、アダマス王子にお伝えしたいことがある」
その人物は、フォルティスでも宰相でもない、四十代くらいの男だった。優しさの中にも厳しさを携えた顔立ち。芯があり、威厳に満ちた声がやけに印象的だった。
「デューク公爵……?」
最後に顔を合わせたときよりも、髪に白いものが交じりはじめていたが、それはデューク公爵に間違いない。
貴族にたいして嫌悪感を持っているアダマスだが、デュークだけは例外だった。己の利になることだけを求める権力者とは違い、デュークは貴族として最も高い位を持ちながら、どんな身分の者にも訳隔てなく接する。それはアダマスにたいしてもそうだった。
幼い頃、何度か顔を合わせ、デュークに抱っこをせがんだ思い出がアダマスにはある。デュークが狭くはない領土を任されてからは、顔を合わせる機会がなかったが、その姿は思い出のままだ。
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