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第1章 はじまりの準備

24 ファーストダンスはドッキドキ!?

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 ◇◇◇

 お客様へのご挨拶も終盤にさしかかった頃、二人の少年が進み出てきた。

「初めまして、ティアラ王女。ノイエ王国の第一王子ジャイル=アレクトラ=ディ=ノイエです」

「初めまして、第二王子のミハエル=アレクトラ=ディ=ノイエです」

(わぁー、双子の王子様だ。髪の色や瞳の色は違うけど顔そっくり!)

 ティアラはにっこり微笑んで淑女の礼を取る。

「初めましてジャイル様、ミハエル様。アリシア王国第三王女ティアラです」

 側にいたカミールが壁際に控えていたアンドレにそっと目配せすると、アンドレの合図により楽団の演奏が始まった。  

 ジャイルがティアラにそっと手を差し出す。

「ティアラ姫、ダンスをご一緒いただけますか?」

(最初のお相手はジャイル王子だったよね。次はミハエル王子。うん、大丈夫!)

「はい、喜んで」

 ティアラは差し出された手のひらにそっと手を重ねた。その様子をみてカミールがなんとも嫌そうな顔をしているが、見なかったことにする。

 会場の中央までくると流れる音楽に合わせてダンスを踊る。今日の選曲は小さなティアラに合わせた初心者用の楽曲となっており、二人とも危なげなくステップを踏んでいく。特にティアラは、淑女のマナーレッスンの中でもダンスが一番の得意科目。踊っているうちに楽しくなってしまい、ついにこにこしてしまう。

 ティアラの嬉しそうな様子をみてジャイルは内心ほくそ笑む。今日のダンスでティアラに自分の存在を印象付けなくてはならない。せいぜいお行儀よく誘惑してやろうと考えていた。

 豊かさで知られるアリシア王国の姫は結婚相手として悪くない。ティアラならば自分と年もちょうどいいし、なにより好みの見た目をしている。ただし、現在アリシア王国のただ一人の姫であるティアラは驚くほどライバルが多い。

 どの国もアリシア王国と縁を結びたがっているし、アリシア王家に受け継がれる優れた魔法の才はとても魅力的だ。特にティアラの持つ回復魔法の価値は大きい。

 軍事国家でもあるノイエ王国では、本人の実力を重視して王を定める。第一王子と言えど王太子に決まっているわけではない。ティアラを射止めたものは王座にぐっと近づくだろう。

 国はジャイルかミハエル、いずれかの結婚相手としてティアラを考えているが、当然大人しくミハエルに譲る気は無かった。

「ティアラ姫はダンスがお上手ですね。ドレスもとても似合っていて、素敵です」

 ジャイルがティアラににっこりと微笑みかける。サラリと流れるストレートの黒髪とルビーのように赤く輝く瞳は、少年とは思えないほどの甘さを含んでいた。

「ありがとうございます。実はお勉強の中では、ダンスが一番得意なのです。ジャイル王子もとてもお上手ですね!」

 ティアラはにこにこと無邪気に微笑む。ただ、ダンスを踊るのが楽しくて仕方がないといった様子のティアラに、ジャイルは内心舌打ちした。

「ありがとう。実はティアラ姫と踊るために猛練習してきたんですよ」

 ジャイルが王子様然とした澄ました顔のまま、ぐいっと距離を縮めてくる。一瞬唇が触れそうな距離まで顔が近づく。が、ティアラは一向に動じていない。

「ジャイル王子のリード、とても踊りやすいです。私ももっと練習しないといけませんね」

 ジャイルの思惑など知るよしもないティアラは、流れに逆らわず素直にリードされるままだ。にこやかに微笑みながら会話する二人を周囲の人も微笑ましく見つめている。

「ほら、あちらが有名なノイエ王国のジャイル王子よ。確か今年12歳になられたはずですから、ティアラ姫とお似合いですわね」

「ほぉ。ジャイル王子と、ミハエル王子は優れた魔法の使い手として聴いたことがありますな」

「ええ。ジャイル王子が炎の魔法、ミハエル王子が風の魔法の使い手だとか。二人あわせると怖いものなしですわね!」

「さすが、双子。魔力の相性もバッチリというわけですな」

 ジャイル王子とミハエル王子も優秀な魔法の使い手として評判のようで、あちこちから好意的な声が挙がっている。エリックもまた可愛らしい二人のダンスを微笑ましげに眺めていたが、ジャイルの少々強引なリードに顔を曇らせた。

 ◇◇◇

(なんだコイツ。ちっとも手応えがねーな)

 普段なら頭の軽そうな女どもがすぐにキャーキャーいいながら赤くなるのに、と苛立つ。ジャイルは自分の容姿が十分に魅力的なことを心得ていた。

 突然ジャイルがステップを変えた。

「あっ!」

 一瞬よろけてしまったティアラを、ジャイルが優しく受け止める。予定通りだ。

「ティアラ王女、大丈夫ですか?」

「申し訳ありません。よろけてしまって」

「いいえ。女性はヒールで踊るのが大変だ。お怪我がなくて何よりです」

 ジャイルは、失敗して真っ赤になるティアラに優しくいたわりの言葉をかける。

(ジャイル王子、優しいなぁ)

「そう言えば、ティアラ王女は回復魔法の使い手とか。素晴らしい能力ですね。戦いの際に欠かせない戦力となる。欲しがる国も多いでしょうね。僕も回復魔法が使えれば今よりもっと敵なしだったのに」

 ジャイルの言葉にティアラは思わず目を見張ると、悲しそうに微笑む。

「傷ついた人を癒せる力は嬉しいです。でも、お互いを傷付け合うような戦いは、私は好きではありません」

「……」

 褒めたつもりが、気まずい雰囲気になってしまった。曲が終わり、礼をすると、ばつの悪そうな顔をしてミハエルと交代する。

「ジャイル、焦りすぎじゃない?」

「うるせえよ」

 クスッと笑うミハエルに、思わず不機嫌な返事を返してしまう。ティアラは、ジャイルのその様子を見てシュンとしてしまった。

(お客様に不快な思いをさせたゃったかも。でも……)

「大丈夫!」

 ミハエルが手を取って踊りながら、軽くウインクをする。同じ顔でも、輝くような金髪にサファイアのような瞳を持つミハエルは、明るく朗らかな笑顔がまぶしい。

「ジャイルはね、君のことが気になってるんだ。王子様ぶりっこしてたけど、普段は口が悪くて単純なんだ。兄が失礼な態度をとってごめんね?」

「えっ?えっ?えっ?」

「ふふ、この間庭を散歩しているティアラ姫にあって、すっかり気に入っちゃったみたいなんだ。気になる女の子の気を引きたくて仕方ないのさ」

(!!!!!!!!)

 思いもよらない言葉に、恋愛ごとにとんと鈍いティアラも流石に赤くなる。

「僕たちはまだ子どもだけど、あっという間に大きくなるよ。君はとても可愛いから、今のうちに仲良くなっておきたいんだ。ライバルがいっぱいいるからね。ちなみに、僕も君のことが好きだよ?」

「すっ!すっ!!!!!」

「ふふ、焦っちゃって可愛い。僕たちのこと、忘れないでね?」

「う、は、はい。」

 ミハエルは、流れるような優雅な動作で華麗にステップを踏んでいくが、ティアラはそれどころではない。頭がグルグルしそうなまま、なんとかダンスを続けるのだった。
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