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3.困ったらとりあえず連れて帰る

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◇◇◇

 数ヶ月が経ち、マリベルがすっかり公爵家に慣れた頃。マリベルの実家の伯爵家も落ち着きを取り戻しつつあった。

 伯爵家の財政状況を調査したところ、失敗した事業もアイデアは悪くないことが分かった。そこで、将来に渡って伯爵家の財政を安定させるため、借金の原因となった事業が上手くいくように手を回しておいたのだ。

 幸い資金さえあれば成功間近だったため、信頼できる優秀な人材を送り込み共同で運営を開始。頓挫していた事業は徐々に軌道に乗り出した。

 一括の資金援助と将来の見通しがついたことで、なんとか家屋敷も手放さずに済んだ。このことでロイスター伯爵夫妻には深く感謝されたが、マリベルの弟のカイルには、出会い頭に生卵をぶつけられるというなかなかショッキングなもてなしを受けた。

「この鬼畜!姉様を返せ!」

 キャンキャンと喚く姿が、何となく幼い頃飼っていた小型犬に似ている。マリベルによく似た、金の髪に青い目のやんちゃそうな少年だ。

「家への援助と引き換えに、俺の側にいたいと願ったのは彼女の方だが」

 子ども相手に大人げないとは思ったが、お気に入りのコートを汚されて少々腹が立っていた。

「そんな……」

 凍りついたように固まるカイル。言い過ぎたか、と思ったときにはすでに遅く、

「う、う、うぇぇぇぇぇ」

 いきなり号泣しだしたので、困り果てた俺はカイルも公爵家に連れて帰ることにした。

「閣下、困ったらすぐ屋敷に連れてくるのはいい加減お辞めください」

 またもロイズに呆れられてしまったが、同じように菓子を与えるとカイルもピタッと泣き止んだので血は争えない。

 ◇◇◇

「まぁ!カイル?カイルなの!?」

 カイルの姿を見るなり嬉しそうに駆け寄るマリベル。

「もしかして姉さん、なの?」

 カイルはマリベルの姿に驚きを隠せないようだった。ここ数ヶ月で別人のようになっているのだから無理もない。

「公爵家の皆さんにはとてもよくして頂いているのよ」

 朗らかに微笑むマリベル。だが、カイルは怒り心頭だった。

「馬鹿!姉さんがちっとも家に帰ってこないから、俺、監禁でもされてるんじゃないかって心配したんだよ!」

 知らない間に監禁魔になっていたとは知らなかった。彼女の家にはしばらく客人として公爵家に滞在するとだけ伝えたのがまずかったのだろうか。どうやら余計な心配をさせてしまったらしい。

「ごめんなさいね。公爵様にこの子のお世話を任せて貰っているの。私がいないと寂しがるからなかなか実家に帰れなくて」

「そうだったんだ……」

 マリベルの膝の上では、子猫が小さく欠伸をしている。マリベルと出逢う少し前に拾ってきたばかりの子猫だが、はぐれた母親を恋しがって鳴くのでマリベルに世話を任せているのだ。

「でも、俺も寂しい」

 うるっとした目を向けられると、どうにも弱い。

「マリベルはしばらく公爵家に滞在する予定だから、いつでも遊びに来るがいい。好きな菓子を用意しておこう」

「え?いいの!?ありがとう公爵様!」

「いいんですか、シリル様」

「ああ。君の弟だからな」

 こうして弟のカイルも公爵家に入り浸るようになり、火が消えたようだった公爵家はすっかりにぎやかになった。
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