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第二十話 二つの贈り物
◇◇◇
公爵家では、マリアの誕生日パーティーに向けた準備が佳境を迎えていた。十八歳の成人を祝う式は、実際の家督継承とは別のものだが、社交界への正式な顔見せとして、これ以上ないほど華やかに執り行われることになっている。
広い回廊を、侍女やメイドたちが慌ただしく行き交う。運び込まれるのは、色とりどりのドレス。宝石箱が次々と開かれ、きらめく光が室内を満たしていく。
「こんなドレス、いやよ!」
マリアの鋭い声が、空気を切り裂いた。
「もっと華やかなものを持ってきて。宝石も、それじゃ足りないわ」
普段は完璧な微笑みで感情を隠す彼女が、この日ばかりは苛立ちを隠そうともしない。侍女たちは顔を強張らせ、急いで別の品を探しに散っていった。
そこへ、扉が静かに開く。
「準備はどうかしら?」
にこやかな声とともに現れたのは、セシリア夫人だった。柔らかな微笑みを浮かべ、娘の様子を一瞥する。
「……落ち着かないのね」
「当然でしょう。人生で一度の大切な日なのよ」
ぴりついた空気の中、セシリアはそっと近づき、マリアの肩に手を置いた。
「大丈夫よ。あなたは誰よりも美しいわ」
そう言ってから、ふと思い出したように言葉を続ける。
「そうそう。実は、あなたにプレゼントがあるの」
セシリア夫人は袖の内から、小さな小瓶を取り出した。淡い色をした液体が揺れている。
「……なに、これ」
訝しげに見つめるマリアに、夫人は声を落とす。
「それを、王太子殿下の飲み物に混ぜなさい」
一瞬、時が止まった。
「……これは?」
「殿下との絆を、より確かなものにしてくれるはずよ」
にたりと、口元だけが歪む。
「愛されるためには、手段を選ばないこと。それが、女が幸せになるための知恵なのよ」
その言葉に、マリアの顔色が変わった。
「……ふざけないで」
怒りに任せ、マリアは小瓶を叩き割ろうと腕を振り上げる。だが、その手首を、セシリアが静かに押さえた。
「いいのよ。無理にとは言わないわ」
諭すような声音。
「使いたくなったときに、使えばいいの。大丈夫。きっと、上手くいくわ」
「……お母様。貴女……」
マリアは言葉を失い、小瓶を握りしめたまま立ち尽くす。セシリア夫人はそれ以上何も言わず、踵を返して部屋を出ていった。
残されたマリアは、小瓶をじっと見つめる。その中の液体が、毒のように怪しげに揺れて見えた。
◇◇◇
一方その頃、同じ公爵邸の一室で。
アリサは、ひとり静かに窓辺に座っていた。外の喧騒とは切り離されたその部屋には、華やかな装飾も、宝石箱もない。
パーティーに出るべきかどうか、彼女は思案していた。着ていくドレスも、身を飾る宝石も持っていない。無理に参加する理由もないように思えた。
そのとき、控えめなノックが響いた。差し出されたのは、大きな箱と、小さな包み。そして、一枚のカード。箱を開けた瞬間、アリサは息を呑んだ。
清楚でありながら、凛とした佇まいのドレス。彼女のために仕立てられたとしか思えない、美しい一着だった。靴と宝石も、過不足なく揃えられている。
カードには、短い言葉が添えられていた。
――誕生日おめでとう。
「……殿下」
アリサは、その名を小さく呼ぶ。
精霊の祝福を受けた日。その日は、彼女の十八歳の誕生日だった。同じく十八歳の誕生日に、リュシアンが光の精霊から祝福を得たのは有名な話だ。十八歳の誕生日に、聖霊は自らが選んだ人間に祝福を与える。けれど、公爵家で、アリサの誕生日を祝うことは無かった。だからこそ、今日という日に、この贈り物を選んでくれたのだろう。
アリサは胸に手を当て、静かに息を整えた。華やかな宴の裏側で、誰にも気づかれぬまま、それぞれの「選択」が、そっと差し出されていた。
公爵家では、マリアの誕生日パーティーに向けた準備が佳境を迎えていた。十八歳の成人を祝う式は、実際の家督継承とは別のものだが、社交界への正式な顔見せとして、これ以上ないほど華やかに執り行われることになっている。
広い回廊を、侍女やメイドたちが慌ただしく行き交う。運び込まれるのは、色とりどりのドレス。宝石箱が次々と開かれ、きらめく光が室内を満たしていく。
「こんなドレス、いやよ!」
マリアの鋭い声が、空気を切り裂いた。
「もっと華やかなものを持ってきて。宝石も、それじゃ足りないわ」
普段は完璧な微笑みで感情を隠す彼女が、この日ばかりは苛立ちを隠そうともしない。侍女たちは顔を強張らせ、急いで別の品を探しに散っていった。
そこへ、扉が静かに開く。
「準備はどうかしら?」
にこやかな声とともに現れたのは、セシリア夫人だった。柔らかな微笑みを浮かべ、娘の様子を一瞥する。
「……落ち着かないのね」
「当然でしょう。人生で一度の大切な日なのよ」
ぴりついた空気の中、セシリアはそっと近づき、マリアの肩に手を置いた。
「大丈夫よ。あなたは誰よりも美しいわ」
そう言ってから、ふと思い出したように言葉を続ける。
「そうそう。実は、あなたにプレゼントがあるの」
セシリア夫人は袖の内から、小さな小瓶を取り出した。淡い色をした液体が揺れている。
「……なに、これ」
訝しげに見つめるマリアに、夫人は声を落とす。
「それを、王太子殿下の飲み物に混ぜなさい」
一瞬、時が止まった。
「……これは?」
「殿下との絆を、より確かなものにしてくれるはずよ」
にたりと、口元だけが歪む。
「愛されるためには、手段を選ばないこと。それが、女が幸せになるための知恵なのよ」
その言葉に、マリアの顔色が変わった。
「……ふざけないで」
怒りに任せ、マリアは小瓶を叩き割ろうと腕を振り上げる。だが、その手首を、セシリアが静かに押さえた。
「いいのよ。無理にとは言わないわ」
諭すような声音。
「使いたくなったときに、使えばいいの。大丈夫。きっと、上手くいくわ」
「……お母様。貴女……」
マリアは言葉を失い、小瓶を握りしめたまま立ち尽くす。セシリア夫人はそれ以上何も言わず、踵を返して部屋を出ていった。
残されたマリアは、小瓶をじっと見つめる。その中の液体が、毒のように怪しげに揺れて見えた。
◇◇◇
一方その頃、同じ公爵邸の一室で。
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パーティーに出るべきかどうか、彼女は思案していた。着ていくドレスも、身を飾る宝石も持っていない。無理に参加する理由もないように思えた。
そのとき、控えめなノックが響いた。差し出されたのは、大きな箱と、小さな包み。そして、一枚のカード。箱を開けた瞬間、アリサは息を呑んだ。
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カードには、短い言葉が添えられていた。
――誕生日おめでとう。
「……殿下」
アリサは、その名を小さく呼ぶ。
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アリサは胸に手を当て、静かに息を整えた。華やかな宴の裏側で、誰にも気づかれぬまま、それぞれの「選択」が、そっと差し出されていた。
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