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第二十六話 沈黙の裁可
◇◇◇
王城の一室は、朝を迎えてなお静まり返っていた。重厚な扉が閉ざされ、外界の気配は遮断されている。ここで交わされる言葉は、まだ誰の耳にも届いてはならない。
「――状況は、想定よりも深刻です」
低く告げたのは、宰相だった。机の上には、昨夜から今朝にかけて集められた報告が並んでいる。王太子の急病。公爵邸での出来事。来賓たちの証言。そのどれもが、一つの結論を指し示していた。
「何者かが王太子殿下を害したことは、疑いようがありません」 「殿下自身の防衛反応から魔力暴走を起こしかけており、一歩間違えば危険な状態でした」
近衛長の言葉に、リュシアンは黙って頷いた。すでに医師から聞かされた内容と一致している。媚薬の純度、投与のタイミング、どれを取っても、単なる事故ではすまされないものだった。
「必ず犯人を見つけ出し、真実を明らかにせよ」
国王の一言で、空気が変わる。王家としての意思は、すでに固まっていた。
「調査は極秘裏に進める。公爵家内部も含めてだ」
宰相がリュシアンに視線を向ける。
「公爵家の一員ですが、今回殿下を救ったアリサ・リヴィエールの扱いについては、どうなさいますか?」
その名を聞いた瞬間、リュシアンの背筋がわずかに伸びた。
「彼女は、今回の件において被害者であり、同時に王家にとって重要な存在だ。水の精霊に選ばれし者。その力を疑惑の渦に巻き込むことは、国益を損なう」
リュシアンは、はっきりと口を開いた。
──水の精霊に選ばれし者
その言葉に国王がピクリと反応する。
「……彼女が水の精霊の祝福を受けたのは間違いないのか?」
「はい。学園においてこの目で確認しました。彼女の側に仕える聖獣も確認しています」
「そうか……彼女の扱いについては、慎重になる必要があるな。後のことはお前に任せる」
「はっ!」
リュシアンは宰相に向きなおる。
「彼女は王家の保護下に置く。名目は、学園での安全確保で構わない。余計な噂が立たぬよう、情報は制限しろ」
それは、現リヴィエール公爵家よりも、アリサを優先して保護するという宣言だった。
会合が終わり、参加者たちが静かに散っていく。廊下に出た瞬間、王城はいつも通りの顔を取り戻していた。何事もなかったかのように。だが、その内側では、確実に歯車が動き始めていた。
◇◇◇
一方で、公爵家にも小さな異変が訪れていた。
いつもなら届くはずの王城からの連絡が、来ない。礼状も、招待も、返礼もない。理由を尋ねても、「現在調整中です」という曖昧な返答ばかり。
「……妙ね」
セシリアは、紅茶のカップを持つ手をわずかに止めた。胸の奥に、言葉にできない不安が広がる。
アリサの父、リヴィエール公爵代理であるエドモン卿は苛立ちを隠さず、使用人に当たり始めていた。
「王城の連中は、一体何を考えているっ!」
答えられる者など、誰もいない。
◇◇◇
そして学園では、別の形でざわめきが広がっていた。
「殿下が、急に城へ戻られたらしい」 「体調を崩したって……本当?」 「でも、あの夜、庭で見た人がいるって」
確かな情報はない。だからこそ、噂は膨らむ。 アリサ・リヴィエールを見る視線も、以前とは違っていた。
称賛と、不安。敬意と、警戒。彼女自身が何かをしたわけではない。それでも、人は“理由”を欲しがる。
そして――誰かが、静かにその空気を利用し始めていた。
夜、王城の私室で、リュシアンは一人、窓の外を見つめていた。遠くに灯る街の明かり。その下で、無数の人々が、何も知らずに眠っている。
誰かが嘘をつき、誰かがそれを信じた。小さな選択の積み重ねが、やがて大きな歪みに変わる。
ならば、リュシアンがやるべきことは一つだ。
(真実を、暴く)
それが、誰を壊すことになろうとも。それが、どれほど血の通わぬ決断であろうとも。
リュシアンは、止まらない。
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