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第1章 後悔と絶望と覚悟と
第11話「薄幸の雨」
しおりを挟む夜会も終了し、お開きになった頃。
侯爵家の屋敷。最上階の三階端にあるラウの部屋では、ドレス姿から普段着に着替え、いつのもの三人でラキとグランに課せられた課題をどうするかという話題で盛り上がっていた。
そもそも、言い渡された課題では最初に召喚獣を召喚出来たらOK。
出来なかったら地獄の修行へ。という感じなのだが、その召喚魔法では何が召喚されるか分からない。
なので、仕方なく予想を立てて盛り上がっているのだが……。
クアン達は見て見ぬ振りをしているが、その当のラウは何ならさっきから聞いてくれ! 聞いてくれ! とでも言いたげに、ベッドの上で俯せになり足で交互にベッドをポスポスと叩きながらも、ジーッと目線で強く訴えかけていた。
それがこの会話が始まってからずっとこの調子なのである。
それをずっと見ないようにしていたクアンなのだが、しかし、これ以上ラウの期待に満ちた視線を無視し続けるのも忍びないので仕方なく、「それで、ラウはどんな召喚獣が来て欲しいとかあるの?」と若干嫌な予感がしながらも聞いてみることに。
「ふふふっ、聞いて驚くのだ! 私は! 可愛いモフモフの子が欲しい!!」
そして、この発言である。
「「……」」
正直クアンは内心では『女の子なら誰でもそうなのでは? 逆にドロドロした気持ち悪い召喚獣が出てきても全力で拒否する自信があると思う』と冷静に考えてたりもする。
しかし、クアンが冷静に考えている間にもラウはクアン達が聞こえてないのでは? と何故か考えたらしく「あ、あれ? 聞こえなかった? じゃあ、もう一度。きいてお——」と口火を切り始めた。
一方、ミリアはクアンが止めてくれるだろうと思ってその光景を眺めていたのだが、何故かクアンが反応しない為、クアンの方を見てみると冷静に考えすぎてあらぬ方向に思考が転がり始めたのかブツブツと何やら言ってる……。
その様子を見て今の状況を理解し、慌てて「だ、大丈夫だよ、ラウ。私達、ちゃんと聞こえてたから!」とラウを止める事になった。
そして止めたは止めたのだが、それが仇となったのか何なのか、「そう? じゃあ今度はミリアちゃんの番ね! ミリアちゃんはどんな召喚獣がいいの?」とラウからミリアへ華麗なパスが回されることに。
「私? 私は……そうだなぁ……」と少し考えてからパッと思い付いたのは、家の日当たりの良い窓側付近に置いてある椅子で本を読んでいるとノソノソと何処からともなくやってきて、まるで、構え! とでも言いたげに膝に乗ってくるクゥの事だった。
なので、回答が「ん~。強いて言うなら、ウチの気分屋のクゥみたいな子が欲しいかなぁ……」となるのは必然だったかもしれない。
「確かクゥってミリアの家で一緒に暮らしてる猫だっけ?」
「そうだよ~。構わないと少し不貞腐れながら真っ白い尻尾でパシパシしてくるのが可愛いんだよ~。まぁ、私の家っても私も勝手に住んでるから居候みたいなもんだけどね」
「でも、長いことあの家に住んでる人いないって話だし、パパも許可してくれたから正式にミリアの家って事になってるよ?」
ラウの言葉通り、ミリアが今住んでる家はグランが認識していなかったほど昔に建てられたのか住人もいないので、犯罪者に住処にされるよりはミリアに住んでもらった方が良いのでは? と考えての許可であった。
それに、娘っ子一人住むと聞いた時は、ラキが「だったら改築する!」という事で改築・修理し、生活面・防犯面でも安全になったのも要因の一つである。
なお、その時の掛かった料金はグランの懐から引かれたのはグランには内緒になっている。
「まあ、それはそうなんだけどね~。そういえば、話は戻るけど召喚獣って何が出てくるか分からないんでしょ? ラウは怖くないの?」と、ミリアはこの課題を言い渡されてから感じていた疑問を、不安の表情をしながらラウに問いかける。
それもそうだ、いきなり召喚獣を召喚しろと言われてもそこから召喚されるのは、ラウの要望通りモフモフの子かもしれないし、もしかしたら巨大で自分が認めた相手にしか心を開かないという竜かもしれないし、天使や悪魔といった超常の力を持った者かもしれないのだ……。
そりゃ不安にもなる、逆にそんな事全然考えてなかったラウは肝が太いと言えばいいのか、単純に鈍感なのか疑問の余地が出てくる所ではある。
もしくは、ただ単に気分が舞い上がって考えてなかっただけか……。
「私はどんな子が出てきても良いかなぁ。勿論、一番はモフモフの子が来て欲しいけど、外見で決めたりはしないよ? でも、虫はちょっと考える……かも……」
「ふふっ。昔、蜂の巣突っついて大きい蜂に追いかけられてたもんね。それと、クアン~、早く戻ってきて~」
そんなラウの苦い表情に堪えきれず笑いつつも、考えすぎて変な方向に思考が転がっているクアンをいい加減現実に戻そうと声をかけた。
「ハッ———あ、ああ、ごめんなさいミリア。で、今何の話してるのかしら?」
「召喚獣を召喚するにあたって不安はないの? って話」
ミリアが呆れながらも答えるとなにやら覚えがあるのかクアンが「あ~、そういえば、私の姉が召喚魔法で双子の水鱗龍を召喚したわね」と零す。
侯爵の娘の部屋とはいえ、ラウの部屋は一般的に見れば広いかもしれない。
しかし、貴族の娘の部屋として考えてみると、その中ではずいぶんと小さい部屋である。
そんな部屋でポツリと零した言葉を聞き逃すラウとミリアではなく、「えっ!? クアンお姉さんいるの? というより、水鱗龍?」「クアンのお姉さん……どんな人なんだろ?」と各自でクアンのお姉さんについて妄想していく。
ミリアはクアンのお姉さんに興味を惹かれたようだが、一方のラウはクアンのお姉さんよりもクアンの口から出た水鱗龍の方が興味が勝ったようで……。
その事に苦笑しつつもクアンは、「姉の話はひとまず置いといて」と挟みつつ―――――、
「えっとね、水鱗龍はね、警戒心がとても高くて、実力主義と言ったらいいのかしら? 竜や龍だと大体そうなんだけど自分より強い者じゃないと、とてもじゃないけど言う事聞いてくれないのよ。それで、召喚したのは家から離れた池の辺りだったのだけれど……。その水鱗龍が暴れに暴れるから、その事に姉がキレてその双子と本気で闘いだしちゃって……。結局その池が湖にまでなっちゃったのよね……」と、段々若干遠い目をしながら語る。
ラウはクアンが本気で怒った所を想像してしまったのか「ヒェ……」という短い悲鳴を上げ、ミリアもミリアで気になった事があったのか「そうだ、クアンは召喚獣って使役してるの?」と聞いてみる。
「私?私はいないわよ?」
「え、なんで?」
ラウは心底疑問に満ちた表情で、問いかけるように振り返った。
「なんで、と言われても……。私が小さい頃の話だから、召喚魔法の存在自体は知っていても、術式も使う道具も知らないし……。姉のだって私、その魔法陣術式や道具とか見てないし」
そんなクアンの回答にラウとミリアはいい案を思いついた! と言いたげな顔を見合わせ、クアンに提案する。
「じゃ、じゃあさ! 三人で召喚魔法やらない!?」
「三人一緒に……。ん、いいね。どうかな? クアン、三人で一緒にやらない?」
そもそもクアンはたまに他の冒険者と組む事はあっても、殆ど戦闘や自分に関する事は家を出てから全て自分で決めてきた。
冒険者になってから女だからと侮られることが多かったせいか、気丈に振る舞う性格になったのも理解出来る話であった。その為、誰かと戦闘に関わる事を行うのは初めての事だったのだ。
だからこそ、戸惑いや不安はあっても、
(三人ならどうにかなるかしら。まあ、なにか問題が起こってもラウのご両親もいらっしゃることだし。ほんと、あの頃に比べれば成長したのかもしれないわね)
と内心苦笑しつつ、楽観とも取れる考え方をする様になれたのは、クアンの言うとおりラウ達と触れ合うことで着実に成長出来ているのかもしれない。
なので、「ええ、いいわよ。逆にこの機会を逃したら一生やらなかったかもしれないし」とその案を了承したのであった。
*
ラウの部屋で会話をし始めてから約一時間ぐらい経った頃。
ベランダに繋がる大きめのガラス窓にポツポツと小雨なのか軽い打音が響き始めた。
ラウ達が闘技場で決勝戦を見た時は快晴だったのだが、夜会に参加し始めた頃に曇り始め、高揚した気分を沈めるかのごとく雨がポツポツと降り出したのだ。
その音に敏感に気づいたのはミリアであった。
何かを思い出したかの様に、バッと壁に掛かっている時計を見た瞬間、慌てて帰る準備をしだす。
そんな慌てた様子のミリアを見て「ミリアちゃん? そんなに慌ててどうしたの?」とラウは疑問に思った事を口に出し、クアンも「ミリア、今日はラウの家に泊まっていけば?」と心配しつつも問いかける。
しかし、ミリアはそんな二人の問いかけにもよほど慌てているのか、「ごめんね、二人とも。もう帰らないと。クゥが心配で」と帰る準備をしながらも、言葉少なめに答えた。
なぜこんなにもミリアが慌てているのかというと、ミリアの家で共に暮らしているクゥの事であった。
いつもなら一人で適当に街をブラブラし、お腹が空いたら帰ってくる。
というのがクゥの習慣なのだが、何故か今日は家を出るまでミリアの傍を片時も離れようとしなかった為、何故か心配になりラウ達には悪いと思いつつも早く帰って偶には一緒に居ようと思っていたのである。
しかし、思った以上に話し込んでしまい、こうして急いでいるのであった。
そうこうしていると、準備が終わったのか飛びださんばかりの勢いで部屋を出た後、扉の柱からちょこっと顔を出し、「じゃあ二人とも。また、明日ね」と申し訳なさそうに言った後ミリアは部屋を出て行った。
*
ミリアが帰った後、クアンの「もう遅いし、お風呂に入りましょうか」という提案により、屋敷の二階の角にある風呂に入ろうと支度しだす。
「ラウ~、行くわよ?」
「ちょっと待って~。あれ、クアン? これって」
ラウがお風呂に行く準備をしている最中に何かを見つけたのかクアンを呼び止めた。
「ラウ、どうしたの? あら、それってミリアのブレスレットじゃない。でも切れてるわね?」
それは、いつもミリアが腕に身に付けているブレスレットだった。
しかし、それは古くなり脆くなったのか途中から切れていた。
ラウはそれがミリアの母の形見であり、時々ミリア一人でいる時、腕のブレスレットを悲しそうに眺めている事があった事を思い出す。
「……。クアン」
「ハァ……。仕方ないわね、それじゃさっさと支度してミリアに届けに行くわよ?」
クアンはそんなラウの発言を予測していたかの様に口では「しょうがないわね」と、なんだかんだ言いつつもすでに準備を始めているのだから御人好しである。
「うん!! ちょっと待っててね」
そうして、ラウ達は部屋を飛び出した。
*
ラウの家を慌てるように飛び出してからミリアはクゥにお詫びと称して、大好物のリンゴを八百屋で買い、少し奮発して生の魚を大通りで販売・仕入れている魚屋で捌いて貰った、いわゆるお刺身を購入し、家から持ってきたショルダーバッグの中にしまう。
キミウでは、お刺身という物が認知されている。
キミウの立地は海に面した所にあるというのもあるが、クリノワール王国から南下した所にある和国へ旅をしていた冒険者から伝えれたと言われているもの一つの要因だろう。
他にも、味噌や扇子、ミリアの母親を埋葬した所にある桜も和国から入ってきたとされている。
そもそも昔、和国は鎖国を行い、貿易などを禁じていた時期があった。
その為、独自の文化や風習が出来上がったのだ。
当時、国の発展の為、他国間の国際協定を結びながらもお互いに隙を見せない様に牽制しつつ成長してきたクリノワール王国、クエンツェ皇国、リグラ魔法国、サリル商国、の四国は似ている文化も存在するが、完全に違う文化や風習を遂げてきたのは和国、帝国、ノイア聖国、ミング獣神国の四国であった。
そんな和国から一番近いクリノワール王国では和国との取引が数多く行われており、クリノワール王国の至る所にその事を感じさせる植物や食文化が見られるのである。
大通りを雨避けとして借りたフードを目深に被り、ザァーザァーと地面を勢い良く叩きつける雨に打たれながらも、さっきの事を思い出したのか「ラウ達には悪いことしちゃったなぁ~」と歩きながら小さく呟く。
同時に(クゥ怒ってるかもなぁ~。これは、気が済むまで構わないとだめかな)と内心思いながらも、口はにやけるのを押さえられずにいた。
ふと、どんよりと曇り冷たい雨粒を落とす空を見上げる。そうすると、必然的にミリアの顔に冷たい雨粒が当たった。
そういえば、あの日もこんな雨が降っていた。
雨の日はどうしてもあの日の事を思い出してしまう。
あの幸せだった日々が脆くも崩れ去った日。
アムサに今も煮えたぎり修まることのない憎悪を胸の内に宿した日。
自分の脆弱さを知った日。
この世界で一人きりなのだと実感させられた日。
そして、最愛のたった一人の家族を、母を失った日。
自然と右腕の手首にいつも身に付けているブレスレットに手が伸びる。
しかし、そこにいつもなら当たり前の様に感じるザラッとした毛糸の独特な質感の感触は無く、ミリアの柔らかく温かな皮膚の感触が感じられるだけだった。
その事に、ミリアの顔が遠目でも分かるほど青くなる。
それは、言ってしまえば病的な程の依存の様なものであり、ミリアが普通に生活する為の鎮静剤の様な役割を担っていたと言える。
ミリアにとってそれは自分の傍に母が居てくれる安心感、万能感をブレスレットから感じていた。
それがいきなり無くなった。
ミリアという人格にとって、根本には母がいる。
その母が亡くなってしまったため母の形見としてのブレスレットに母への依存が移ったのだ。
そんなブレスレットが無くなった。
正直、自分がいつどこでブレスレットを落としたのか分からない。
もしかしたら、いつも寝る時は外している為、自室の机の上に置き忘れただけかもしれない。
しかし、頭の隅できっとそうだと、そうに違いないと安直な考えを肯定したくとも、それはできない理由があった。
何故なら、家を出るときにはちゃんと腕に身に付け目で確認したから。
そのことをクゥに語りかけた事も覚えている。だから、絶対に外にあるはずなのだ。
だから必死に考える。
今日の行動を順に追うように。
さっきの魚屋だろうか? それとも闘技場?
それとも―――――?
そんな考えがミリアの頭の中を駆け抜ける。
なんにせよ、探さなくてはならない。
あれは母の形見であると同時に母の温もりを感じられる唯一の物なのだ。
ミリアが居ても経っても居られなくなり、走り出そうと―――――、
「おや、これはこれは。あの時の小娘ではありませんか」
そんな男の声が背後から聞こえ、まるで電撃を帯びたように耳に、頭に響いた。
その声が聞こえた瞬間、走り出そうと出した右足が、思わず立ち止まってしまう。
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ゆっくりと背後を肩越しに振り返る様に身体と首を後ろへ回す。
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(だってこの男は、私が、この手で—―――――殺したのだから)
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