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ノリの軽すぎる悪魔は俺の願い事を叶えないと消滅してしまうそうです。

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そいつは突然やってきた。
俺がいつものように船を漕ぎながら持ち帰り仕事という苦行をこなしていた時のこと。
いきなり机の引き出しから出てきたので、思わず「ドラ○もん」かと目を凝らしたのだが、すぐにその期待は裏切られた。「ドラ○もん」だったら今すぐこの仕事片付けてもらえたのに。

頭には羊のようなツノ、尻尾は細長く、先がハートマークになっている黒髪の少年のような男が、一昔前のホラー映画のように引き出しに手をかけてのっそりのっそりと出てきた。

「ハロー!俺悪魔のハイディ!よろしくね!」

本当だったら悲鳴をあげて助けを求めるところなのだろうが、その余りの非現実的な光景とこいつの妙なテンションに呆気に取られて反応することができない。

「んー?どうした?ショックで死んだ?」

俺の顔を覗き込むように顔を近づけてくるこいつに俺は黙って頭突きをかました。

「いてー!なんだよ!いきなり!」
「うるさい。不法侵入者。さっさとうちから出るなり、魔界に帰るなりしろ。ほらおかえりはこちらかこちら。」

そう言って窓と机の引き出しを交互に指すのだが、こいつは全く見ていない。ふざけんな。

「運のいいきみに100人目の大チャンス!今ならタダでなんでも願い事聞いちゃうぞ~?」

胡散臭すぎる。ばあちゃんがただほど高いものはないってよく言ってたっけ。

「断る。ゴーホーム。」
「いやいやいや。そんなこと言わないでええ!」

今度は泣きついてきた。なんだこいつ。
どうも話を聞くところによると、今まで願いを叶えたはいいものの、微妙に願い事とずれていることが多いらしく、過去99人にクーリングオフされているらしい。
そこで100人目で満足させられないと、消滅させられるとかで現在崖っぷちなのだと俺の膝に泣きつきながらとつとつと話した。

「うん。俺、間に合ってる。願い事特にない。ゴーホーム」
「そんなこと言わないでええ。俺の存在がかかってるの~!君に仏心はないのか!」
「悪魔が言うセリフじゃないだろ。それ。すでに悪魔失格だろ。」
「うわわ~ん。人が一番気にしていることをズケズケと~」

ちなみに鳴き声は嘘泣きであることが俺の中で確定している。だが、しょんぼりしている様子は嘘ではなさそうだ。というか、悪魔が正直なのもどうかと思うが。

「それで? どんな願い事でもいいのか? 絶対に代償を求めないんだな?」
「うん。これは本当にほんと。悪魔の誇りにかけても、代償を求めないと誓うよ!」
「じゃ、この赤ペンが切れたから新しいのくれ。」

持ち帰りとはテストの採点。赤ペンが切れていてちょうど困っていた。
もう簡単な願い事にして、さっさと帰ってもらうことにした。

「うんわかった!欲の少ないやつだな!せめてインクは近くの人間から血を抜いて、真っ赤なものにしてやろう!」
「待て待て待て!おい。今までどんなことをしてクーリングオフされたんだ?」
「えっとねえ。好きな人と結ばれたいっていうから、”物理的に”体が離れないようにしてあげたり、たくさんお金が欲しいっていうから、近隣の家にある現金をそいつの部屋に大量に”移動”してあげたよ。でもなんでか喜んでもらえなかったあ…」

こいつはやばいやつだ…。この軽いノリだからやることもしょぼいのかと思ったら、意外とえげつないことを軽いノリでやるやつだ…。これは願いを叶えられる前に、”どうやって”叶えるつもりなのか聞いておかないととんでもないことになる。
いやだぞ俺は。殺人犯になるのは。

「とりあえず、今の人間の血を抜く~というのはなしで。」
「え~~? せっかくサービスしてあげるのに。」
「いやいや、かえって迷惑なんだが? 普通に普通のインクの赤ペン1本出すとかできないの?」
「……」
「おい?」
「……俺不器用だから、規模の小さい魔法使えない…。」

器用、不器用の問題か?そういう問題じゃないだろ。
となると、魔法を使うとどうあっても悲惨な結末しか見えないな。
ん~でも待てよ?魔法なしなら活路も見出せるのではないか。

「じゃあさ、魔法なしで奉仕してくれるってのは?」
「な、なんだ? ボクの体目当てなのか? 俺は淫魔じゃないぞ!」
ハイディが自分を抱え込んで、ざっと俺から2mくらい離れた。意外と素早いなコイツ。

「違うって! 掃除するとか、料理するとか、俺の生活の足しになること何かしてくれるだけでも十分なんじゃないかってこと!」
「そんなの魔法で一瞬なんだが…」
「普通に使えるならそれでも構わんが、できるのか?」
「う~ん。この辺一帯の生き物を丸焦げにして美味しくしたり、この家にある全てのものを亜空間に消滅させて綺麗さっぱりすることなら簡単だ!」
「却下! お前はもう魔法を使おうとするな!」
だめだ。もうこいつに魔法を使わせることをまずは防ごう。かえって被害しか生まないし、こいつのこと恨むことになりそう。
「…しゅん」

本当にこういいながら、しゅんとしたポーズをとる。こいつ何も反省できてないし、する気もないようだ。
ともあれ、翌日は俺が休みなので、つきっきりで様子を伺いながら普通に料理したり、掃除したりするところを見守った。意外とこいつ役に立つのかも。

「どうだ!ボクの力は!」

えっへんと胸を張りながら、テーブルに並んだ料理を前に自慢げにしている。
最初はただの物騒な不審者だったのだが、今日1日の献身ぶりにだいぶ好印象になったのだった。
実際この料理もうまい。本当に意外。

「うん。ありがとう。すごく満足だよ。」
「お、おう。ま、まあな…。なんたって悪魔だからな…。」

素直に褒められるとこんな顔するのかこいつ。ちょっと可愛いかもと思い始めてしまった。
顔を真っ赤にしてモジモジしながら、俯いてしまっている。
なんだこいつは?新妻か?

「これで俺の願い事は叶ったぞ。もう消滅はしないんじゃないか?」
「多分…そのはずだ。」

と、その時突然どこからか有名な季節ものホラー番組の音楽が鳴り始める。
ティロリロリン、ティロリロリン、ティロティロティッティッ、ティロリロリーン

「はいもしもし。ハイディです。えっ!どうしてですか!そんないや、待ってください!」
着信音かよ。最初喜んでいた悪魔は電話の内容に顔が青ざめる。

「大丈夫か?どうした?」
「どうしよう!まだダメだって! 永続的に人に必要とされないと消滅しちゃうんだって~!」
「ふーん。そうか。じゃひとつだけ解決方法があるんだが、乗ってみるか?」
「うんうん。なんでもいいよ!教えて教えて!」
「俺の家で永久就職しなさい。それで助かるだろ?」
「た、確かに! ありがとう!」
本当に軽い。こいつすぐに騙されてどこかに売られてしまうんじゃないか?
やっぱり俺の手元で保護した方が良さそうだ。

こうして、俺は永久無料の家事担当を手に入れたのだった。
まあ、今日1日でだいぶこいつのこと気に入ったし、割と素直なのが俺の中でツボだったからよしとする。
1ヶ月後コイツの家族が退去して押し寄せて一悶着あったのだが、それはまた別の話。
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