偽りの半鳥人アレガ

影津

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 ターコイズサザナミインコの半鳥人ハルピュイアは手にした松明で、石造廃墟の入り口の篝火を灯す。火は優しく降りる月光を拒絶して、勢いよく燃え上がった。かつての繁栄を取り戻そうと躍起になるように。

 薄暗い場所でも常緑を保つ多肉植物のペペロミアが生い茂っており、篝火を遠慮気味に眺めている。

「驚いた。タイズ司祭。ここは、旧レイフィ国の植民地の町か。道理で冷え込むわけだ」

 寒さに腕をさする神官にタイズと呼ばれたターコイズサザナミインコは、同じ五人の神官に黙って歩くように促す。

 石造りの建造物は木の高さを超えるようにと石を積み上げられていたが、そのどれもが志半ばに倒壊したように崩れ落ちている。

 崩れた石の間を縫って進む六人。灌木かんぼくがここが道であることを示すように、直線で植え込まれている。

 道端に半鳥人ではなく、鳥類のニワトリがうずくまって眠っている。

「タイズ司祭、こんなところにニワトリがいるのか」

 神官の問いに忌々し気にタイズは足を早める。

「ここに住んでいた者たちは、家畜と称して鳥を食していた」

「それは、妙では? あそこに鳥の埴輪が転がっている。矛盾を感じる」

「僕は何を信じ、何を崇めるかについては自分の都合のいいものを常に信じてきた。彼らも、そのときどきで信じるものが変わるんだろう」

 それを聞いて神官の一人が顔を顰める。彼はメンフクロウの半鳥人だった。一同押し黙る。半鳥人のほとんどが雑食であるが、肉類に手を出すのは猛禽類の半鳥人ぐらいだ。

 屋内へ誘導するように続く石畳をタイズが踏みしめる度に、足の爪が当たってカツンと乾いた音が鳴る。特別凍えるほど寒いというわけではないが、ここは密林の外で北に位置する。エラ国外の無主地で、旧レイフィ国がかつて治めた領土。エラ国に侵攻するための足がかりとなった街だ。

 タイズ以外の神官たちは終始息を吞んでいた。地上の家は王都にのみ存在しているという常識が覆された。石造りの道の目抜き通りを抜けると、突き当りに一際目立つ大きな建造物が現れた。大木で応急の防壁を築き、それが崩れた先に鉄の門が現れる。それが大開きになっている。

 門をくぐると干からびた水路のある庭園が現れる。ヤシの木は倒れ、枯れてしまっている。横長の三階建ての建物が崩れ落ちていたが、タイズは躊躇うことなく闊歩する。

 長方形の建物の壁が投石機で大きく抉られていた。巨石がそのまま敷地内に留まって苔むしていた。建物内部から木が生え、今は亡き屋根の代わりに葉が天然の屋根を形成している。

 タイズは傾いた階段を上る。後ろから神官たちが追従する。

「先の戦争が起きる前は、この建造物は五階建ての王宮だった」

 どよめきが起こる。メンフクロウ神官が質問した。

「連中は高度な技術を扱っていたというのを、信じておられるのですか?」

「お前はまだ生まれていないのか。三十年前の奴らの行いは許されるものではなかった」とタイズは不敵に笑う。

「タイズ祭司もそうなのでは?」

「僕は生まれている……。ここで」

 タイズは自身の言葉を嚙み潰し、拳を握り締める。その意味を誰も理解できずに神官らは押し黙った。

 階段を登りきると、申し訳程度に残された焦げた絨毯を追って道なりに進む。メンフクロウ神官が小声で「なんと。絢爛な絨毯か」と湿った声を出した。タイズは呆れた。何を泣く必要があると。優雅な暮らしができるのは、これからだ。

 廊下を抜けた突き当りに、金の装飾を施された扉が半開きになっている。中はぼんやりと篝(かがり)火(び)が灯っている。神官らは驚き、服の下から折り畳み式の大鎌を取り出す。

 メンフクロウ神官が恐る恐る尋ねてくる。

「我々以外の誰がここにいるんです?」

「慌てるな。武器をしまえ」

「ここにいるのは誰なんです? こんな場所我々でも知らない」大鎌を持つ手が震えている。

「これから知ればいい。相手とはすでに休戦協定を結んである」

 神官らは息を吞んだ。

「タイズです。入ってもよろしいでしょうか?」

 謙るタイズに高位職である神官たちはたじろぐ。司祭とはエラ国の国王に進言する権利があるほどの権力者だ。その自分が、この先にいる人物に頭を下げなければいけない――。

 タイズは自分の行動は感情とは裏腹だと自覚していたが、ここでは穏便にものごとを進めたかった。

 気配のしない金の扉奥へと呼びかける。心なしか冷風が漏れてくる。返事はない。だが、しばらくして大男が扉から半身を乗り出した。その瞬間、タイズ以外の神官たちは高い声で威嚇の声を発した。翼のない男。足は長靴(ちょうか)を履いている。動物の皮を剥いで加工されたそれは間違いなく、半鳥人たちには不要の産物。革ベルトをし、絹のチュニックを着ている。

「彼は召使です。あの方の。もちろん、僕とも交友はある。落ち着いて、鎌を納めよ」

 タイズは作り笑いを浮かべたが、大男は無言で睨み返すだけだった。両者の不可解なやり取りに面食らい押し黙る半鳥人の神官たち。誰もがその生き物の名を口に出そうとして、生唾と一緒に喉に押しやる。

 篝火の薪が爆ぜる音が響く。

「早く納めたまえ。この男は重要ではない」

 渋々神官らが鎌を納めた。それを見届けた大男が中へと無言で促す。警戒されながら案内されて通された部屋は、屋根が残っていた。数日前に降った雨の残りが天井画に描かれた羽根のついたニンゲンを濡らしている。この人物は子供で、足に関しては半鳥人ではなく、どちらかというとニンゲンに近しい。これはキューピッドと呼称されるものであると以前聞かされたが、このような中途半端な生き物を誰が想像して描いたのかとタイズは不思議で仕方がない。

 その真下に申し訳程度に置かれた桶に水がぽたぽたと滴って溜まっていく。その隣の寝台に白い鳥が両足をそろえて慎ましく座っている。白い光沢を放つ朱子織の長着どれす。そのつま先には白い靴。それはヒールと呼ばれる。収まる足は、白く透き通る肌に包まれている。靴を履くのはニンゲンだけだ。みな、足を見て震え上がる。

 そのニンゲンは、白い羽根で作ったベールを鼻まで被っている。地毛の黒髪はほとんど隠されて見えない。

「みな、恐れるな。失礼だ。ハヤブサの君(きみ)の御前である。ファルス様、どうかご無礼をお許し下さい」

 厳かに告げるタイズ。尊敬の念などないが、義務的であると悟られるわけにもいかない。

 麗しき乙女は、目尻に黄色と赤の化粧をしている。瞳は緑に透き通り、いたずらっぽく笑っている。

 年は二十歳そこらに見えるが、本人いわく童顔らしく年はタイズより五歳若い三十歳だと聞いている。

 タイズはニンゲンを見慣れている。ゴホンの密林で襲ってきた野蛮な盗賊団の一人には驚いてしまったが。あれのマントといい、こいつの長着といい、羽根を纏うのは悪趣味で、僕ら半鳥人を愚弄していると罵りたいほどだ。

 こいつの羽長着はねどれすの嫌悪感は密林の盗賊団をマントを凌ぐが。

 長着に使用されているのは、白と茶色の斑模様のハヤブサの羽根だ。この羽根は生きている半鳥人からむしり取ったものだと、タイズは本人の口から聞いている。

 タイズの青い翼が小刻みに震える。背中まで震えそうになったタイズは、隠すために勢いよく頭を垂れる。他の神官もタイズに倣う。

「久しぶりね。タイズ」

 優雅で清艶せいえn。声域の高い男だ。第一声の印象からは、嫌な気にはならない不思議な声をしている。ただし、これが不快の原因になりえることをタイズは知悉ちしつしている。この男は女らしく振舞うことで、物事が上手く運ぶと思っている節もある。男には僅かながらに胸の膨らみもある。自分で揉んでいたら大きくなったのだとか。

「ここのところ、姿を見せないから裏切られたのかと思ったわ」

 タイズは凍りつく。この男は三十年前には生まれたての赤子だった。あの頃の記憶があるのか。この男は自身の父親と同じ文言を口にした。「裏切りは許さない」というのがニンゲンの王の口癖だった。

「滅相もございません。僕は、ここに足しげく通っているではありませんか」

 こんなことを同じ神官たちの前で言うはめになり、タイズは自分を許せなくなる。ファルスはわざと、自分に謙るように仕向けたのだ。この密会を避けているのは、ファルスの方だ。タイズは、この男をエラ国に突き出してやろうと何度も思い悩んできた。そうしなかったのは、こちらにつく方が効率的に「足」を集められると思ったからだ。

「あら、そんなことを部下たちに教えていいのかしら? あなたも彼らに密告されたら終わりよ?」

 タイズは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「まあ、座って」

 ここで初めて、傍にある朽ちかけた椅子に座るように促された。ニンゲンにもてなされることなどあってはいけないという背徳感でタイズは身震いする。これも、辛抱しなければならない。本物の「足」を引き当てるまでは。

「彼らは同じ神官です。密告するような真似はしませんし。僕がさせない」

「けっこうな自信じゃなくて? あたしは誰も信じていないわよ。あなたたちに滅ぼされたニンゲンですもの。夜だって怖くて眠れないわ」

 ファルスは大男を呼びつけて隣に侍らせる。とても怯えているようには見えない。一体どういう神経をしているのかタイズは理解に苦しむ。

「それは、偏見が過ぎます、ファルス様。僕らは目がいいですが、夜目になりますし。夜も戦うことができるのは猛禽類の半鳥人だけです」

 タイズは嫌でも先の戦争を思い出す。耳に地響きが聞こえた気がする。空から森へと刺しにくる黒い爆弾。着弾する大きな破裂音と焼夷弾により焼かれた木の倒れる地鳴りのような音。耳鳴りがした。

「ひとまずその話は置いておきましょ? 戦争は父の代の問題ですもの。あたしは父の暴虐はあなたたちの見た目に問題があったと思っているわ。だけど、あたしは父のように人種で差別しないニンゲンだってこと、あなたならもう分かってくれているわよね? あなたとあたしは、ただ憎悪の飛礫つぶてなぶり合う純粋な関係でいるのよ。これって、恋人みたいで素敵な関係でしょう?」

 タイズは狼狽える。今までこの男は自分のことをそういう目で見ていたのかと肝を冷やす。いや、男色の気はないと以前聞いた。この男は冗談が過ぎるきらいがある。

「タ、タイズ司祭。さすがに、長居をし過ぎでは?」

 メンフクロウ神官の言葉にファルスの隣で横になっていた大男がむっくりと上体を起こした。慌ててタイズは椅子から立ち上がる。魁傑な男が立ち上がれば、タイズなど赤子同然の体格差だ。みな、息を呑んだ。ファルスは微笑を交えて犬を諭すように告げる。

「おやめなさい」

 タイズの前に立つ大男の掌は、タイズの顔を握り潰すことができるだろう。ニンゲンとは、飛ぶことができない代わりに、別の面で何か優れる部分があるのかもしれないとタイズは一瞬思ったが、いやいやと首を振りそうになるのを必死で堪える。縮み上がりながら、あれは野蛮だから必然的にそうなるのだと大男を睨みつけた。

「早く帰りたいのなら、早く報告を済ませることね。あたしが聞きたいのは、足の収集が順調かどうかよ?」

「ハヤブサの君。その件で、本日、確認できたことがあります」

「あら、朗報かしら。胸が高鳴るわ。大男(グランホンブレ)にジャガーを腕力だけで絞め殺させたとき以来かしらね」

 グランホンブレと呼ばれた大男は、くすりとも笑わない。事実、この肩までせり上がる筋肉に包まれた男ならば、ジャガーを武器なしで仕留めることもできるのだろう。

「まだ、どの個体なのかは確認できておりませんが、十年前にシルバルテ村を壊滅させた女盗賊団『赤鴉あかがらす』をゴホンの密林で発見しました。本命に近づけたかと」

「まぁ。あの熱帯雨林にいると思ったのよ。ついに不死鳥を見つけたわ!」

 ファルスの語尾は震えた。必死に舞い上がりそうになるのを堪えるように、居住まいを正している。まだ始まったばかりだという闘志で瞳が光る。しかし、タイズにも恐れと懸念がある。

「ただ、その一団の中に……。年端も行かぬニンゲンがいたんです」

「あたしとグランホンブレ以外のニンゲン?」

 ファルスが珍しく身を乗り出す。快く思わないのか、口元は吊り上げられているのに目は据わっている。

「それは困ったわね。盗賊団の捕虜にでもなっているのかしら?」

「いや、それが、なんと形容しましょうか。ニンゲンの年齢など分かるわけもなく。恐らく二十歳前後。半鳥人ならば大人だが、どうにもあれは血気盛んで僕には子供に思えたのです。問題はそこではなく、何と申し上げたらいいのやら」

 タイズは改めて考えてみて、密林に住まうニンゲンの存在を説明のしようのないことがらに思えた。いきなり頭上から襲ってきた少年は、まるで盗賊団の斥候のようではなかったか? 半鳥人ではないとはいえ、あの身のこなしは盗賊のそれだった。それに、カラスの女が現れたときには、その女を守ってみせた。女も二十歳前後。近隣の集落では見ない顔だったし、居住まいが村民のそれと違う。衣類が粗野で衣食住に無頓着な……間違いなく『赤鴉』の一味だった。それにしては言葉遣いが美しい娘ではあったが。

「その、ニンゲンの少年は赤鴉に属していました。それだけでなく、アカゲラのごとく振舞っています」

 神官たちは黙りこくった。ファルスを前にして告げたタイズも背筋が冷えた。動機がどのようなものなのかは知らないが、鳥のふりをするニンゲンなど、ファルス一人で十分だった。

「アカゲラ? キツツキね。物好きなこと」

「というと?」

「どうせ鳥として生きるのなら、あたしみたいに美しい鳥になれば良かったのに。猛禽類なら、高位の役職に就けるんじゃなくって? なれたとしても村長止まりかしら? あなたたちの単純明快な文明じゃその程度よね」

 ファルスの子馬鹿にした物言いに、タイズはへつらうことなく睨みつける。ニンゲンが鳥の装いをするのは、半鳥人の社会に紛れ込み身を守るためだと思っていたが、ファルスの場合は明らかに意味が異なっていた。

「白ハヤブサの羽根を集めるのにどれだけ苦労したと思って? 元々希少な鳥ですもの。こんな毎日汗を掻かないとといけないような暑い国にはいないのよ。あなたたちは見たことないでしょうけど、雪の降る旧レイフィ国ではよく見かけたのよ」

「それは僕たち半鳥人ではなく、野生の鳥を狩ったということですよね、ファルス様?」

「ええ、これでもあたしはニンゲン。被害者だけど、それで終わらないのよ。半鳥人の羽根でドレスをもう一着仕立てたいわ。あなたのターコイズ色の羽根とか素敵じゃない?」

 タイズは怒りで手が震え始める。見かねたメンフクロウ神官が大声で怒鳴る。

「我らを侮辱するつもりなのか」

「あら、鳥は着るものじゃなくて?」

「タイズ司祭、私はもう我慢ならない」

「おいよせ!」

 制止も聞かず、メンフクロウの神官が折り畳み鎌を展開する。が、その前に大男がファルスとメンフクロウ神官の間に入り、像のような太い腕からは想像がつかないような速さで拳を突き上げる。メンフクロウ神官の顎が叩きつけられて、脳天が揺れた鈍い音がタイズにも聞こえた。メンフクロウ神官が石畳の床にどうっと背中から沈む。頭が跳ね、足が投げ出される。頭部から血は出ていないが、意識を失っている。大男は次の者が現れないかと一瞥して、またファルスの隣に座る。忠犬。無表情なまま力を行使する。タイズは羽根が逆立ちはしまいかと、身震いする。

「あたしとしたことが失言しちゃった。悪かったわね。ニンゲンだもの、過ちぐらい犯すの。あなたたちも、変な主義主張があるんじゃなくて? 鳥肉は食べないとか」

 それとこれとは別だろうと、タイズはファルスを罵倒する。ファルスは却って面白半分に頬を綻ばせる。

「それで、そのニンゲンはアカゲラの羽根をどう纏っていたの?」

 翼のない生き物の考えることは恐ろしいと、タイズはため息をつく。

「少年は羽根をマントにしていました。あれではニンゲンだとすぐには気づけませんでした」

「あら、羽織っているの? いいわね。あたしもコートを仕立てようかしら。ニンゲンはほかに何を身に着けていたの?」

「革の長靴ちょうかと呼ばれるものを。だいぶ年期も入っていたので、何年も履き潰しているはず」

 タイズは先の戦争の記憶をたぐり寄せる。ニンゲンはみな靴を履いていた。足を守らなければ歩くこともできない、か弱い生物だ。だが、侮れない。先の戦争で、奴らは空を飛んだのだ。

「なら、安心ね。靴なんてあたしたちの旧レイフィ国領土で手に入れる以外は、自作するか拾うか盗むしかないのだから。そのニンゲン、おそらくほかにニンゲン同士の関わり合いはなさそうね。問題はどうして女盗賊たちがニンゲンを飼っているのかよ」

 タイズも疑問に思う。ファルスと大男の二人に出会うまで、実に二十年近くに渡りニンゲンと遭遇したことがなかった。生き残られるはずがない。なぜなら――。

「あなたたちのエラ国がニンゲンを処刑して回っているはずよね?」

 タイズの思い浮かべたエラ国の所業を咎められた。ニンゲンの処刑はエラ国が定めた法律にあるが、ニンゲンの死滅の責任がエラ国にあるわけではないと抗議しなければならない。

「滅びはニンゲンが招いたことではないのですか。僕たち半鳥人は、あの恐ろしい姿を見た。ファルス様はご存じでないかもしれませんがね」

 少なからず嫌味を言ったつもりだが、ファルスは顔色一つ変えないで微笑んでみせた。

「あら、化け物はどっちなのかしら。お互い、容姿に関しては酷いと思わなくて? 鳥はニンゲンンを憎み、ニンゲンは鳥を憎む。だけど、同じものを欲した。それだけじゃない。あなたたち鳥は伝承を参考にし、あたしたちニンゲンは科学を参照にして同じものを求めた」

 あの戦争でニンゲンは滅び始めた。タイズには明確に戦争の原因を定義することはできない。半鳥人は文字を持たない。戦乱の記憶は口承で後世へと引き継がれるべきだが、ニンゲンの持つ書物は悪しき物として焼き払われ、ニンゲンは歴史から消されつつある。ただ、戦争の爪痕は残る。この大地(クミル・シャミ)の各地に残る旧レイフィ国の植民地で、ファルスを見つけたように、残骸を見つけることぐらいはできるかもしれない。

 忘れるという行為は想像以上に効果を発揮するもので、記憶に存在しないものを見つけることはほぼ不可能だ。遺物の発見は誰かの偶然によるものだ。

 ニンゲンに興味を持たせる教育も当然ながらエラ国では行っていない。すべてはニンゲンを忘れるため。では、半鳥人の犠牲者はどうやって偲ぶのか。それは、祖先らを供養するために各村や町に伝わる「聖物(ワカ)」(御神木であったり、天然の巨石や、水底に人の顔が浮かんで見える湖など)にマリーゴールドの花を献花することによってだ。

 神官はその「聖物(ワカ)」に祈り、ときに舞踊を捧げ、エラ国の繁栄を永遠のものにするべく生贄を集める。ああ、とタイズはため息を吐く。生贄のヤギ程度では妹は救えない。金と権力さえあれば、妹の供養は滞りなく行われるとタイズは思ってい た。

 妹は幼少期に病に倒れ、南の空の星になった。原因は分かっていた。先の戦争によりニンゲンから受けた傷が膿み、亡くなった。神官として祈り続ければいずれ先の戦争を忘れた人々と同じように自分も妹のことを忘れられるだろうとタイズは信じていた。

 この神職を勤めて十年以上が経つが、得られたのは同族の足だけだ。その中に未だ正解は見つからない。同族の足の中のどれか一つを当りだとするなら、タイズは当りが出るまでくじを引き続けるつもりだった。妹のためにはならないだろうとは重々承知している。ならば、戦争を忘れた民と同じように、自分のためだけにタイズは生き抜いてみたいと思った。同族が犠牲になることなど知ったことではない。

「あまり想像したくないのですが、もし僕らの求めるものが見つからなかったらどうします? 可能性としては探しても無意味であることの方が高い」

「先に同族の足を集めると言い出したのはあなたじゃなかったかしら? そのときは、手を組むのをやめるということもあり得るわね。あたしにだって考えはあるのよ」

「お、恐れながら……ハヤブサの君のお考えとは?」

 夜風が廃屋の扉を軋ませる。

「嫌ね。タイズ司祭とあたしは恋人みたいなものよと言ったじゃない。何が何でも見つけるまで続けるって約束でしょ? 自信を持って? 女盗賊団の足のどれかに違いないのよ。『桶』に入れて南の空に翳(かざ)しましょう?」
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