偽りの半鳥人アレガ

影津

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 二人の影法師が壁に映し出される。松明を手に、神殿内に響くのもはばからない話し声が近づいてくる。顔を出した二人は髭を蓄えている太っちょと、髪がぼさぼさで気難しく唇を歪める男だった。アレガが初めて飛行船と共に遭遇した最初のニンゲンだ。遅れて裸の無頼漢が現れる。前二人の談笑は愉快なものらしい。髭の太っちょは「俺、不死鳥になったら酒場を開きたい」と言う。それから、漁師もやりたいだの散髪屋もやりたいだの言い出した。一貫性のなさにぼさぼさ髪は唇を歪めたまま笑う。この男は元来上手く笑えないのかもしれない。

「普段の仕事もろくにしないでぶくぶく太ってやがるのに、どういう発想でそんな仕事に就きたいんだ」

「死ぬまでの時間がなくなるんだ。一つの職業に就くだけじゃ飽きるだろ。もう一度自分に合う職業を探すんだ。現に今、俺たちはお払い箱だ。あのファルス様に一生仕えていたいか?」

「あの人は俺たちを不死鳥にする気はないのかもな。たった一人の少女の脳みそで、大人何人前になるんだろうな。ま、脳を食うなんて、俺は牛の脳だったとしてもごめんだがな」

「いいや、脳みそだって思わなければいけるだろ。ファルス様が俺らの分まで脳みそを置いておいてくれたらの話だけどよ」

 ぼさぼさ髪は下卑た声で笑う。

「じゃあ、期待すっか。不死になれたら半鳥人だろうが、女という女のケツの穴にあそこを突っ込むのもいいかもな。結婚なんて一度や二度じゃすまなくなるぞ。なんてったって、死なないんだからな。相手を毎夜取っ替え引っ替えしてもいい。なかなか面白くなりそうだ」

 無言を決め込んで後ろを歩く裸の無頼漢は、目をぎょろつかせている。松明の火が目に映り込み、闘志の炎に見える。

「真剣に見張れ。俺たちは『ハヤブサの君』に厄介払いされたも同然だ。ここでしくじれば不死鳥になる機会は失われる」

 髭の太っちょは心外だと顔を赤らめる。

「お前だって、役立たずだからこんな入口まで舞い戻る羽目になったんだ。今頃、玉座発見の酒盛りでもファルス様はやってるんだろうよ」

「俺はカラスの一団にもしっかり躾けをやってやった。邪魔が入ったんだよ。エラ国に俺たち以外のニンゲンのガキがいたり、思ったよりカラスが抵抗したりするもんだから、全員処刑するとまではいかなかった。お前らはただ、偵察しに最初に密林に入っただけだろうが」

「ニンゲンのガキは俺らも見たよな?」

 ぼさぼさ髪は同意する。

「ああ、あれは駄目だな。動きは密林の猛獣と変わらん。生肉を食っていると聞いても驚かないぜ」

 裸の無頼漢は奥歯を見せて笑った。

「猛獣なら殺して構わんな。だが、所詮は鳥の仲間だろう。肉なんか食いはしない。鳥は虫と、木の実や果実を食うもんだ。そんなやわな生活をしているガキに俺たちはこけにされていいわけがない」

 アレガは自分のことだと、少し誇らしげに聞いている。埴輪の後ろに全兵隠れるには急すぎたので、何十名かは低い天井の入り口通路まで後退した。

 裸の無頼漢だけは警戒心が強く、今にも半鳥人がラスクを奪還しに来ると信じて疑わない様子だ。

「『ハヤブサの君』は俺を無能扱いした。もっと時間があればあのデブ女の爪を剥がし、足首を折ってから、切断してぶよぶよの腹が内出血でさらに弛むまで殴りつけてやったのに」

 確か、裸の無頼漢は嗜虐医カーシーに暴行を働いていた。嗜虐医カーシーも大概暴力的だったが、ニンゲンにもそういう奴がいるようだ。

 ワトリーニ隊長は裸の無頼漢が厄介だと判断して言った。

「先頭の二人を始末するぞ。私は三人目に対処する」

 兵五人が一気に横に広がり、斧や長剣を振るう。突然のことに、ぼさぼさ髪は髪も首も斬られてその場に膝から崩れる。とっさに踵を返した髭の太っちょは背中を斬り伏せられ、また斧でも後頭部を割られて裸の無頼漢に倒れ掛かる。裸の無頼漢は、倒れる味方から身を引くようにして躱しただけでなく、反撃に銃を撃った。筒から放たれた轟音は、倒れた味方にも若干当たっているようで、血が霧のように飛散すえる。

 複数の呻き声が上がる。至近距離での発射は威力が上がるのか。散弾銃と呼ばれるそれが何か知らない兵たちは痛みに顔を顰めて、陣形を崩すほかない。

 ワトリーニ隊長が臆せず裸の無頼漢に挑んだ。裸の無頼漢は手際よく顔の前に銃を構え、ワトリーニ隊長を狙う。アレガは二股槍でその銃を挟み込んだ。銃口を天井に向ける。

 発射された。至近距離の為、内耳に轟音の響きを奏でた。脳まで達するような金属音に顔を顰める。耳が聾している間に、ワトリーニ隊長は槍に固定されたその銃の中腹辺りを斧で切断した。

 裸の無頼漢は短くなったその武器を手元に手繰り寄せると、再び弾を込めようとする。まだ使用できることにアレガは驚き、槍で男の足を突いた。骨に突き刺さる固い打撃音。裸の無頼漢は、広間内で悲鳴を反響させる。喉が嗄れそうな泣き声とも怒声ともつかぬ悲鳴に、罵りも加える。

「ニワトリの醜い化け物め! お前ら食い物なんだよ! 人間が一番賢くて美しい種族なんだよ! 貴様らは人間の家畜だろうが!」

「黙れニンゲンのクズめ」

 ワトリーニ隊長は双斧で乱雑に裸の無頼漢の首を刎ねた。男が最期に言いかけた「このかち……く」という言葉は舌端が飛び出て途切れた。胴から離れた首の断面は、斬り落とされる回転に従って血を撒き散らした。
 すぐに次の命令が下される。

「犠牲者の手当てを。思ったよりも多いな」

 ワトリーニ隊長はウロに対しては良き夫ではなかったのかもしれないが、戦地では英雄足り得るのかもしれない。ウロが見ていたら怒りそうだ。

 ワトリーニ隊長の険しい顔つきを見ていると、目が合った。アレガに意味深な笑みを投げる。

「ふっ、化け物とはよく言ったものだ。よかったな、貴様はもう化け物ではないらしい」

「ニンゲンも半鳥人も、見慣れないものにはあいさつ代わりに化け物って言いたくなるんだろうな」

 ワトリーニ隊長は愉快な様子で腹から声を出して笑う。

「なら、敵の大将は臆病者だな」

「え、ファルスが?」

「異性装の貴公子はハヤブサの衣を纏っているのだろう?」

「鳥は着るためのものだって」

「ジャガーの皮でも着れば尊敬してやったがな。その男は鳥のふりをしなければ生きられなかったのだろう」

 アレガは押し黙る。飛行船を駆り、少数で王都を焼き払うような力を持ちながら、自分の姿を偽らなければ生きていけなかった。ファルスも自分の存在が認められなかったのかと、アレガは同情を誘われた。だが首を振り、三人の男の歩んで来たその先の通路に連綿と列になって侵入する。
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