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 この赤い本は間違いなく、お母さまの私物よ。日記が記されているもの。お父さまはきっと、これがお母さまの私物であると知って大事に取っていたんでしょうけど、中の重要性には気づいていなかったのね。

 にしても、日記の直前にもルビーの首飾りが詳しく描かれているわ。上から見下ろした図、横の図。素材は純金。彫刻を施したのは『宝石細工師ハロルド』。宝石の産地はさすがに記載がないけれど、宝石加工もハロルドが行っている。ハロルドについては後で調べとくことにする。何かの役に立つかもしれないし。それより早くお母さまの手記を読むのが楽しみだから、早く読み進めよう。


 
 一月二十日。
 この世界は暗いのが当たり前だと思っていた。私は闇で生まれ闇で育ったから。この薄暗い森が私を包み、獣や魔物の声がお互いを罵り合うのが世界の常だと思っていた。だから、私も小さい頃から父と呼べる黒く太い木がその太い幹で私を苛立たしくぶつのも、ただ苛々していたからと、納得していた。

 事実、私の身体に穴が空くほどの殴打が当たったというのに、血肉は元通りに修復された。私は白い髪の魔女に産み落とされ、黒い巨木の父が雷雲に祈りを捧げ魂を与えられた。
 


「ちょっと、お、お母さまって、やっぱり人じゃなかったのね」

 半ば信じがたい。だけど、その童話的な生い立ちに不穏さを感じつつも、恐れは感じない。お母さまの語り口は非常に淡々としていて、黒いインクの文字は柔らかかった。話は、まだ続く。



 私が生まれた日と同じ今日、私は人里を訪れて運命の出会いをした。同じ魔の者とて、弱肉強食の世界。私はゴブリンやダークエルフを倒すすべを身に着けていたけれど、それでも運悪く彼らは私の血肉を欲した。

  魔界の瘴気が溢れる辺境では、植物はほとんど育たない。魔物同士で戦い、相手を肉を食らうことで食事にありついていた。狙われた私は、全力で逃げた。黒い木のお父さまはダークエルフに私が追われても見向きもしなかった。

 お父さまは私にこれを試練だと思えと突き放した。這う這うの体で森を抜けると、人間が作った街道にたどり着いた。ここには、人間という生き物がいる。彼らは問答無用で私たち魔族を傷つける。だから、ここへ来たということは死を選んだということ。 

 私はダークエルフの矢で射られかけ、木立に隠れた。夜の街道を馬車が通っている。その馬車の御者は首がなかった。私はてっきり魔族の仲間と思って駆け寄った。だけど、その馬車に乗り込んで分かったの。

「や、やめてくれえええ! 殺さないでくれええ!」と、叫ぶのは若い青年。彼は人間だった。

 彼の御者は魔族の首なし族ではなかったわ。魔物に襲われ首をなくしたただの死体だったの。馬車は恐怖した馬が行く宛てもなく彷徨っていたに過ぎなかった。そして、馬車の中で私に訴えかける人間の若い男は、私を恐怖の対象として見ていることに気づいた。

「こ、殺さないわ。あなたこそ、私を殺さないで。お願い、かくまって」

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