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ヒレ・ゲーム
ヒレ・ゲーム1
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ハニー・ゲームの生存者は二ゲームを終えた時点であさピクが死亡し、サード、テオナルトテカプリコ、氷河、タイタンフレッド、焼肉公爵、キリンAの六名にほんまKAINAが加わったことにより、残り七名となった。
次の部屋に入った瞬間、潮の臭いがした。通路は建築現場の足場などで組まれる鉄板で、急に安っぽい造りになった。壁は塩害で削られたコンクリートだ。
鉄板階段が現れて七人で降下していく。
「これ、降りたら帰れないんじゃない!?」
サードの訴えに、先頭を行くタイタンフレッドが睨みつける。サードは言い返そうとしたが、いい言葉が見つからず押し黙る。後ろから続く焼肉公爵の顔に早く降りてくれと書いてあった。
このまま進めば出口から遠ざかる予感を、誰もが感じていたに違いない。出口が地下にあるわけがない。
『出口のない答え』ならサードは知っている――。
サードには八つ年上の双子の姉がいる。姉たちが次々に華々しい進学を遂げ、今や片方はテレビ局勤務。もう片方は新米アナウンサーの地位を確立している。姉を羨ましいとは思わなかった。なぜなら、サードとは似ても似つかなかったからだ。誰とも似ていないサードは、いつも答えの出ない問題に悩まされている。
母はどうして遅れて自分を生んだんだろうと何度も思った。双子の姉に手一杯だった母は、化粧っ気がなくいつも貧相な服を着て、指はいつもがさがさにささくれていた。サードはそれを見るのが嫌だった。
双子の姉は自分のやりたい仕事を見つけ、それに難なく就くことができた。サードは学もないので、好きでもないバイトを転々とした。姉たちの仕送りを母が受け取ると、それをくすねて、ヴィトンを買った。姉が以前から好んでいたブランドだ。私も姉のようになりたいという意識が水面下にあったのかもしれない。ただ、サードが姉たちの仕送りを次々くすねても、母は何も言わない。そのことが苛立った。これが、もし姉らだったら、すぐさま言い返すだろう。
母は私にだけ優しい――。サードは苛々した。姉らと私には決定的な違いがある。そのことが悔しかった。
八年も経って、もう一人子供が欲しいという心境はどこで芽生えるのだろう。双子の姉だけで満足していた母が、どうして余りものの私を産んだのか――。
サードには答えが出ない。
人の心は家族であっても分からない。双子の姉はどちらも当然ながらよく似ていた。どうすれば末っ子の自分が姉らのようになれるのか。
ある日、帰省した姉と三人で出かけることがあった。各自でヴィトンのバッグやポーチを持ちその日訪れた喫茶店で、「みなさんよく似ていますね」と言われた。サードははっとした。サードが似ているわけがなかったからだ。似ているのは、それぞれがヴィトンを身に着けていたから。
ブランドものは裏切らない。その不思議な魅力に惹かれた。姉との違いを埋め合わせるピースだったが、いつしかそれは本当の自分を覆い隠すヴェールとなっていた。
ブランド品はそれ相応の見栄えを提示してくれ、なおかつそれを所持することで一目置かれる存在となる。姉らがヴィトンに飽きて、ほかのブランドを買ってもサードはヴィトンだけが心のよりどころだった。
学校でヴィトンを持っている子なんてほとんどいない。ヴィジュアル面で一番になったサードは、もっと自分を偽ろうと思った。持っているだけで、お金持ちであることの証明にもなる。見せるだけで自己紹介、つまりこれが私という存在だとアピールできる。
これがなければ私は私でなくなる――。
大人びた身体ではない。決して美人と呼ばれる類の顔でもない。眉毛の高さが左右で違う。鏡をよく見たら分かる。眉毛は剃って、描き足せるが唇は分厚くてどうしようもない。美人の証だとお父さんは褒めてくれたけれど、小学校と中学校ではたらこ唇だと馬鹿にされた。整っているのは、筋の通った鼻筋だけだ。
顔なんて不均衡にできているものなのに、テレビで映るモデルやSNSでバズっているメイク動画の主は、素が整形でもしているかのように美人な子ばかり。
こんな中途半端な私が、日本からはるか九千八百キロ離れたフランスのトランクケースから始まった会社の衣をまとうだけで、異次元の自分になる――。
サードに自我と呼ばれるものなど必要なかった。双子の姉と似ていない自分なんていらない。母の期待に応えられない自分なんていらない。姉のような将来有望な職種に就けるような高校に入学できなかった自分なんか、大嫌いだった。
サードは化粧だけで自らを誤魔化せるほど器用ではない。ただ、ヴィトンのLとVのシンプルなモノグラムは美しく、その分かりやすさで強烈に惹かれた。高校生になったサードの脳幹は激しく揺さぶられ、直感でこれだと決めて以来シャネルでもなくグッチでもなくヴィトン一択だった。
姉たちはサードがお金をくすねていることに薄々気づき始めた。母親と金銭の話が噛み合わないことが増えたからだ。それでも仕送りをやめなかった。金銭的な余裕があったからだ。サードは姉の金を使い込んでやることに決めた。
学校は元々楽しい場所ではない。ヴィトンで彩を与えて登校する必要があった。
『帝宇アヴニール女子高等学校』は無信教のサードには興味のない宗教の授業ばかりが行われ、二年生になってからのサードは授業に顔を出すのが億劫になった。
学校なんかろくなことがない。億劫ではあったが、出席だけはしていた。
ある日他校とのマナー学習のオリエンテーションで出会った優等生ぶったイケメンが、サードの乱費癖を知っていながら近づいてきた。
週末に、彼の家で海外ドラマで見るようなホームパーティーをやろうというので、一クラス規模だったこともありサードは面白そうと参加したら、一夜でベッドインまでしてしまった。
たった一日。好きだって言い合ったけど、愛してるとは一言もいってないし、お互いそういう将来にかけて誓うような重い言葉が嫌だから遊びのつもりだった。
思わぬヤリチンだったのが誤算だった。まるで今回が初めてじゃないというような強引さでサードは相手のペースに飲まれてサクっと妊娠した。サードはその少年を無責任だとは感じなかったし、自分の身体も別にどうでもよかった。ただ、自分の腹の中が面白いという理由だけで子供を産んでみようと思った。
愛なく産んだら、双子の姉たちはどう思うだろうかという純粋な疑問もぶつけてみたかった。
母親のことは眼中にない。きっと何か理由や道理を導き出して、許してくれるのが見えていた。サードの感心はカメラマンと交際をはじめたテレビ局勤務の姉と、同期のアナウンサーと結婚を前提につき合い始めた姉が幸せなのかということ。
みんな私みたいに一夜の恋で終わればいいのにとサードは家で一人嗤ったこともある。
私だけ除け者なのは変わりがない。暗闇はずっと続くんだ――。でも、ヴィトンがあれば空だって晴れ渡る――。
次の部屋に入った瞬間、潮の臭いがした。通路は建築現場の足場などで組まれる鉄板で、急に安っぽい造りになった。壁は塩害で削られたコンクリートだ。
鉄板階段が現れて七人で降下していく。
「これ、降りたら帰れないんじゃない!?」
サードの訴えに、先頭を行くタイタンフレッドが睨みつける。サードは言い返そうとしたが、いい言葉が見つからず押し黙る。後ろから続く焼肉公爵の顔に早く降りてくれと書いてあった。
このまま進めば出口から遠ざかる予感を、誰もが感じていたに違いない。出口が地下にあるわけがない。
『出口のない答え』ならサードは知っている――。
サードには八つ年上の双子の姉がいる。姉たちが次々に華々しい進学を遂げ、今や片方はテレビ局勤務。もう片方は新米アナウンサーの地位を確立している。姉を羨ましいとは思わなかった。なぜなら、サードとは似ても似つかなかったからだ。誰とも似ていないサードは、いつも答えの出ない問題に悩まされている。
母はどうして遅れて自分を生んだんだろうと何度も思った。双子の姉に手一杯だった母は、化粧っ気がなくいつも貧相な服を着て、指はいつもがさがさにささくれていた。サードはそれを見るのが嫌だった。
双子の姉は自分のやりたい仕事を見つけ、それに難なく就くことができた。サードは学もないので、好きでもないバイトを転々とした。姉たちの仕送りを母が受け取ると、それをくすねて、ヴィトンを買った。姉が以前から好んでいたブランドだ。私も姉のようになりたいという意識が水面下にあったのかもしれない。ただ、サードが姉たちの仕送りを次々くすねても、母は何も言わない。そのことが苛立った。これが、もし姉らだったら、すぐさま言い返すだろう。
母は私にだけ優しい――。サードは苛々した。姉らと私には決定的な違いがある。そのことが悔しかった。
八年も経って、もう一人子供が欲しいという心境はどこで芽生えるのだろう。双子の姉だけで満足していた母が、どうして余りものの私を産んだのか――。
サードには答えが出ない。
人の心は家族であっても分からない。双子の姉はどちらも当然ながらよく似ていた。どうすれば末っ子の自分が姉らのようになれるのか。
ある日、帰省した姉と三人で出かけることがあった。各自でヴィトンのバッグやポーチを持ちその日訪れた喫茶店で、「みなさんよく似ていますね」と言われた。サードははっとした。サードが似ているわけがなかったからだ。似ているのは、それぞれがヴィトンを身に着けていたから。
ブランドものは裏切らない。その不思議な魅力に惹かれた。姉との違いを埋め合わせるピースだったが、いつしかそれは本当の自分を覆い隠すヴェールとなっていた。
ブランド品はそれ相応の見栄えを提示してくれ、なおかつそれを所持することで一目置かれる存在となる。姉らがヴィトンに飽きて、ほかのブランドを買ってもサードはヴィトンだけが心のよりどころだった。
学校でヴィトンを持っている子なんてほとんどいない。ヴィジュアル面で一番になったサードは、もっと自分を偽ろうと思った。持っているだけで、お金持ちであることの証明にもなる。見せるだけで自己紹介、つまりこれが私という存在だとアピールできる。
これがなければ私は私でなくなる――。
大人びた身体ではない。決して美人と呼ばれる類の顔でもない。眉毛の高さが左右で違う。鏡をよく見たら分かる。眉毛は剃って、描き足せるが唇は分厚くてどうしようもない。美人の証だとお父さんは褒めてくれたけれど、小学校と中学校ではたらこ唇だと馬鹿にされた。整っているのは、筋の通った鼻筋だけだ。
顔なんて不均衡にできているものなのに、テレビで映るモデルやSNSでバズっているメイク動画の主は、素が整形でもしているかのように美人な子ばかり。
こんな中途半端な私が、日本からはるか九千八百キロ離れたフランスのトランクケースから始まった会社の衣をまとうだけで、異次元の自分になる――。
サードに自我と呼ばれるものなど必要なかった。双子の姉と似ていない自分なんていらない。母の期待に応えられない自分なんていらない。姉のような将来有望な職種に就けるような高校に入学できなかった自分なんか、大嫌いだった。
サードは化粧だけで自らを誤魔化せるほど器用ではない。ただ、ヴィトンのLとVのシンプルなモノグラムは美しく、その分かりやすさで強烈に惹かれた。高校生になったサードの脳幹は激しく揺さぶられ、直感でこれだと決めて以来シャネルでもなくグッチでもなくヴィトン一択だった。
姉たちはサードがお金をくすねていることに薄々気づき始めた。母親と金銭の話が噛み合わないことが増えたからだ。それでも仕送りをやめなかった。金銭的な余裕があったからだ。サードは姉の金を使い込んでやることに決めた。
学校は元々楽しい場所ではない。ヴィトンで彩を与えて登校する必要があった。
『帝宇アヴニール女子高等学校』は無信教のサードには興味のない宗教の授業ばかりが行われ、二年生になってからのサードは授業に顔を出すのが億劫になった。
学校なんかろくなことがない。億劫ではあったが、出席だけはしていた。
ある日他校とのマナー学習のオリエンテーションで出会った優等生ぶったイケメンが、サードの乱費癖を知っていながら近づいてきた。
週末に、彼の家で海外ドラマで見るようなホームパーティーをやろうというので、一クラス規模だったこともありサードは面白そうと参加したら、一夜でベッドインまでしてしまった。
たった一日。好きだって言い合ったけど、愛してるとは一言もいってないし、お互いそういう将来にかけて誓うような重い言葉が嫌だから遊びのつもりだった。
思わぬヤリチンだったのが誤算だった。まるで今回が初めてじゃないというような強引さでサードは相手のペースに飲まれてサクっと妊娠した。サードはその少年を無責任だとは感じなかったし、自分の身体も別にどうでもよかった。ただ、自分の腹の中が面白いという理由だけで子供を産んでみようと思った。
愛なく産んだら、双子の姉たちはどう思うだろうかという純粋な疑問もぶつけてみたかった。
母親のことは眼中にない。きっと何か理由や道理を導き出して、許してくれるのが見えていた。サードの感心はカメラマンと交際をはじめたテレビ局勤務の姉と、同期のアナウンサーと結婚を前提につき合い始めた姉が幸せなのかということ。
みんな私みたいに一夜の恋で終わればいいのにとサードは家で一人嗤ったこともある。
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