吸血鬼専門のガイド始めました

椿

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8 初仕事での吸血鬼

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「本当にありがとう! これでハニーにも喜んでもらえるわ!」

戻って来た事務所内。
中身の詰まった大きめのレジ袋を抱えながら、政宗が満足そうに笑う。

「いやあ、まさかあのなぞなぞの答えがだなんて思いもしませんでした。 でも見つかって良かったです! それ、俺も好きですよ。 絶妙にジャンキーな味してるんですよね」

そう。政宗さんからの依頼であった「丸く、四角く、白く、そして紐な食品」の答え。
それは通称カップ麺、中でもカップラーメンのことであった。
丸くて四角くて白いのは容器を示していて、可食部の紐というのが麺だったのだ。
情報の大部分が容器の特徴だったなんて、そりゃあ見つからないわけだ…。特に高級品でもなかったし。美味しいのは分かるけどね。企業努力の賜物というやつだ。

「たくさん種類があったから他のも買ってみたけど、これ、全部同じものなの?」
「麺の種類が違うのもありますよ。 こっちは蕎麦で、これはうどんですね。 これは焼きそば。 焼きそばだけは湯切りをしなくちゃいけませんから、ちゃんと作り方を確認してくださいね。 他のと違ってソースは後からです」
「へえー…色々あるのねえ。 ……ふふ、喜んでくれるかしら」

俺の簡単な説明をうんうんと頷きながら真剣に聞いた後、恋人のことを想ってだろう、政宗さんはふんわり優し気に顔を綻ばせる。
その姿に、俺も自然と頬を緩ませた。

「喜んでくれますよ。 政宗さんがこんなに一生懸命探したんですから」

「……ええ! あ、そうだ、これあげるわ。 アンタ達からしたら珍しいものじゃないかもしれないけど」
「え、良いんですか? お土産じゃ…」
「同じもの沢山あるから。 せめてもの感謝の気持ちよ!」

政宗さんがおもむろに差し出してきたのは、恋人へのプレゼント用に購入した大量の即席麺の一部だ。

「ありがとう。 アンタ達が発破をかけてくれなかったら、これを持ち帰ることも出来なかったと思うわ」
「そんな、大層なことは、」
「いいの! アタシが嬉しかったんだから! 二人で召し上がって」
「…、じゃあ、ありがたくいただきます」

受け取ったのは、スタンダードな味とシーフード味、二種類のカップラーメン。
それは、俺達にとってはいつでも好きな時に手に入れられるような、珍しくも、高価でもないものだったけど、政宗さんからの感謝の気持ちが込められているそれだけで、何にも代えられない特別な品に早変わりする。じんわりと温かくなる胸と上向く口角をそのままに、俺は受け取ったその二つのカップ麺の存在を確かめるよう、容器に小さく力を込めた。

政宗さんは、そんな俺の様子を見つめていたかと思うと、少しだけ何かを躊躇うように視線を動かす。
しばらくそうしていたが漸く決心がついたのか、彼は動かし辛そうに唇を震わせた。

「……吸血鬼って、人間界では酷く疎まれているものだと思っていたの。 だってほら、こっちでは、吸血鬼って悪役ばかりじゃない? ……だから、不等な扱いを受けないように、弱く見られないように、って…、色々と、キツイ物言いをしていた自覚はあるわ…。
今更だけど、本当にごめんなさい」

それは突然の謝罪だった。
急なそれに、謝られている理由が咄嗟に理解できず、俺は鳩のようにポカンとして目を瞬かせる。
自然体過ぎて何も違和感を持たなかったと言ったら、怒られるだろうか?

俺の思考などつゆ知らず、「でもね、」と政宗さんは続けた。


「空に『二人でまた来たら』なんて当たり前みたいに言われた時、そうやって気を張っていたのが一気に馬鹿らしく思えてきちゃったの。
人間に『また』を望まれるなんて、思ってもみなかったから。

だから、それも含めて本当に色々ありがとう」


政宗さんのその言葉だけで、彼の感情の機微全てを察せたとは思えなかったがこれだけは分かった。
政宗さんは、怖がっていたのだ。俺と同じように。
吸血鬼で、力も強くて、人間相手に恐れることなんて何も無さそうなのに。
そんな彼でも、接したことの無かった人間という得体の知れない種族に対して不安を覚えていたのだ。それを一人で耐えようとしていた。

申し訳なさそうな表情から一転、少し照れたようにはにかんだ政宗さんを、俺は言葉も無く見つめる。


あらゆる面で、強い方だと思った。許容も、謝罪も、その一部だと。
そして、そんな政宗さんを幻滅させずにいられたことが、今笑顔に出来ていることが、

──俺は心底嬉しかった。


最初に思っていたよりこれはいい仕事かもしれない。心の奥で、今一度考えを改める。
目の前の誰かを、笑顔にできる仕事だ。
ありきたりだが、それは俺にとって、酷く魅力的で特別な、素晴らしい事に思えた。





事務所玄関を通ってすぐにある、事務室兼応接室。
最初の話し合いをしたその部屋から、衣装部屋とはまた別のドアを1つくぐった先、
6畳ほどのこじんまりとした一室に、二つの世界の行き来を可能にする『扉』はあった。
やや古めかしく感じる、板チョコのような色と形をしたどこにでもありそうな木製のドア。くすんだ金色のドアノブと、必要性があるのか定かではないシンプルな黒いドアノッカーが付いている。外国の扉によくあるやつだ。
変じゃない。
そう。扉自体は、少しこの事務所には似合わないかなと思うくらいで、単品で見るとそれほどおかしくはない。むしろアンティーク感があって上質に見える。

しかし、
異様だった。
わざわざ改めて考えなくても、異様な光景だった。

文字通り部屋の中心に、『扉』とその枠だけがポツンと佇んでいるのだ。

室内には、この扉以外に物は置かれていない。それがまたこの部屋の異様さに拍車をかけているのだが、逆に何かの展示物のようにも見えてきた。
普通に考えて、扉によって遮られるものなど存在しないそこが入口や出口であるはずもない。その扉は、到底扉としての意味を成しているとは思えなかった。

興味津々に眺めている俺の前で、故白さんがゆっくりとその取っ手を引く。
ガチャリ
開け放たれたその先には、通常、部屋の向こう側、何でもない景色の続きが見えるところだが──。
そこに広がるのは、真っ暗な闇だった。
まるでシャボン玉の表面の様に忙しなく渦を巻く、そんな黒い闇の膜が、ドア枠の四隅すらもしっかりと埋め尽くして一面に張り巡らされている。物理法則が仕事をしてないような得体の知れないその現象に、俺は緊張感か高揚かよくわからない感情からごくりと唾を飲んだ。

人間界に来た当初の服装に着替えた政宗さんはもう慣れているのか、一切怯む様な反応を見せない。彼は、両手の大量の荷物の重さを感じさせない軽やかな足取りでその扉の前まで移動すると、枠を通り抜ける直前で俺達の方を振り返って笑った。

「次こっちに来た時は、ハニーと指輪を自慢させて頂戴ね!」
「は、はい、楽しみにしてますね!」
「あと、ちゃんとシャワーは浴びなさい。 そっちのガイドも! 怠惰なところはいただけないわよ!」
「…あ、はは」
「…へーへー」

ハッキリしない返事を俺達がしたのにもかかわらず、答えはどうでも良かったのか、政宗さんはもう一度機嫌良く笑って、ヒラリと手を振ると、

枠を通った瞬間、スッとその体が闇に吸い込まれる様に消えてしまう。

咄嗟に扉の裏側を確認するが、当然政宗さんの姿はなかった。
正真正銘、彼はこの扉で世界を超え、吸血鬼の世界あちら側へと帰っていったのだ。

思いっきりフィクションでしか見られないような不思議な現象に呆気にとられながらも、
改めて帰る間際の政宗さんの晴れやかな表情を思い返して、
プロポーズ、成功するといいな。と、俺は密かに彼の未来の健闘を祈ったのだった。





扉の施錠をした故白さんが、早々と部屋から出て行く。
俺は慌ててその背中を追いながら、手の内にあるカップ麺を掲げて問いかけた。

「故白さんどっちがいいですか? スタンダードなやつとシーフード」
「……、シーフード」

故白さんは歩みを止めないまま、チラリと一瞬だけ俺を視界に入れて呟く。

「今食べるなら俺も一緒に食べて良いですか? 夕飯と被るんで、流石に家族の前では食べにくいっていうか」
「今日食べなくてもいいだろ」
「いや、もうカップ麺の口なんですよ」
「……。 …ケトル、そこ」
「! 了解です!」

結構踏み入った要求かもしれないと思い至り、「帰れ」と一蹴される未来を予想したが、意外にも受け入れてくれたらしい。
故白さんは、俺に給湯室の場所を指し示してから事務室内のソファーに深く腰掛けた。完全なくつろぎ体制である。俺はそんな彼の背後を通り抜けて、目的の場所へ向かった。

部屋の隅の方に、壁をくりぬいたようにして存在する小さな給湯室。入るのは二回目だ。
一回目は政宗さんへのお茶出し時。
いやーあの時はいきなりお茶の準備しろとか言われて驚いた。茶葉と急須はあったけど、俺、急須での美味しいお茶の入れ方とか知らないし。調べる間もなかったし。
適当に茶葉入れてお湯注ぐだけなら出来るけど、濃すぎたり薄すぎたり、とにかく不味かったら申し訳ないなとそんなことを思いまして。最終的に冷蔵庫にあった未開封のペットボトルのお茶、レンジで温めて出しただけだったけど何も言われなくてよかったー。急須で入れたように美味しいよね!市販のお茶は!!

お茶出し時には使わなかったケトルに水を入れ、沸騰を待つ間、故白さんに何も知らない風を装って、「冷蔵庫のお茶、故白さん飲みたいですよねー? 俺は飲みたいかもしれませんー!」と誘いをかけたが、俺が無断でペットボトルを開けていたことについては既にバレていたようで。「もう開けてんだろ。 普通に持って来い」と呆れ混じりに言われた。謝罪した。
次までに急須でのお茶の淹れ方調べてきます。


「──怖かったんじゃねえのかよ。 吸血鬼の事」
「!」

ローテーブルの上で、俺がカップの中へと熱湯を注ぎ終わったところで、その様子を黙って見下ろしていた故白が言った。
急な指摘に、スマホのタイマーのスタートボタンを必要以上に強くタップしてしまう。3分のリミットを刻みだした画面が引き金となったように、自分の顔がじわじわと熱くなっていくのが分かった。

え?待って?気付かれてたの??恥ずかし。そして情けなさすぎる、俺。
いや、情けなさ云々は初対面時にそれはもうしっかり知られているところだろうけども!

しおしおと萎れたように顔を俯せながら、しぼりかすのような声を出す。

「最初は…、そうでしたけど…。
政宗さんと実際に言葉を交わしてみると、人間俺達と、全然変わらない、ので…」

そう、人間と同じだった。
いや、どっちと同じだとかそんな言い方もおかしい気がする。政宗さんは、ただ一個人の政宗さんだった。
大切な相手が居て、喜ばせようと世界を越えてまで買い物に来て、些細な事で、または本人にとってはとても大切なことで忙しなく一喜一憂して。
──そして、よくわからないものには、不安を感じたりもする。

多分、「現地捜索だ」と言われて外に出るころにはもう、俺は吸血鬼に対して感じていた恐怖心など忘れてしまっていたのだと思う。

「それでも、吸血鬼だけどな」
「わ、分かってますよ」

端的に訂正を返した故白さんは、3分のタイマーが音を鳴らすより早くカップ麺の蓋を剥ぎ取りだした。
そんな彼を眺めながら、についても思いを巡らせる。

恐怖心が薄まったのは、故白さんが居ることによる安心感のおかげもあったのだと思う。
最初こそ、俺にすべてを任せてどこかに行こうとしていたが、始終面倒くさそうな態度をしていながらも結局最後まで行動を共にしてくれたし。吸血鬼に襲われかけた俺を助けてくれたあの時みたいに、もしも危険なことになっても何とかしてくれるんじゃないかって、そういう面の信頼はあった、…気がする。

それに──、
『自分がやりたいと思って、恋人を喜ばせたいと思って、お前は、ここに来たんじゃねえのか』

第一印象は最悪。不愛想だし、態度悪いし、その上面倒くさがりで色々いい加減だし。正直この人とやっていけるか不安な部分もあったんだけど…。
少し、見直した。
あの言葉は、政宗さんの事をちゃんと見ていなければ出てこない言葉だったと思うから。

本当は、言わないだけで、故白さんも政宗さんのことを気にかけていたんだ。そう思うと、ヤンキーが子犬を拾う場面を見てしまったような、何だか生暖かく、ムズ痒く、しかし不快ではない絶妙な気分になる。ムフフと今にも笑いだしてしまいそうだ。

「政宗さんが落ち込んだ時はどうなることかと思いましたけど、解決して良かったですよね。 故白さんの言葉で俺もハッとさせられました!」
「……この仕事、依頼者の目的が達成されない=報酬無しの厄介な仕組みだからな。
あそこまで動いといてタダ働きとか俺が絶対に無理。 良い感じに流されてくれて助かったわ。 チョロイ客で良かった良かった」
「え」
「にしても即席麺なんて冗談だろ。 これアイツの勘違いだったら最高に面白いのにな。 はは。 振られろ」
「……、」

急激に温度を無くした俺の視線と沈黙をカバーするように、ピロピロと3分の経過を知らせる軽快な音楽が室内に鳴り響く。

前言撤回。見直し判定をするのは早計過ぎたようだ。

俺は据わった目のまま手を合わせ、良い感じに柔らかくなった麺をズズッ、と音をたてて啜った。

「うまっ」

政宗さんからの感謝のおかげか、それとも初仕事をやり遂げた達成感からか、はたまた企業努力による製品元々のポテンシャル故か。またはそれらすべてか。今日のカップラーメンは、やはりいつもよりどこか特別で、一段と美味しい気がした。

故白さんは、俺が食べ始めたと同時に完食したらしい。
……誰かと一緒に食べたから美味しいとかいう理由ではないな絶対に。

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