【完結】えんはいなものあじなもの~後宮天衣恋奇譚~

魯恒凛

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25 九死一生

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 朦朧とする意識の中、雪玲しゅうりんは優しい声に励まされていた。低く落ち着いた声が心地よい。

(父上じゃない……北斗星君? 劉猛将軍?)

 温かな手で頭をなでられる。

(気持ちいい……)

『頑張れ。おまえが元気になったら雪玲も無事な気がするんだ』

(しゅうりん? 偶然ね、私も雪玲って名前なの)


『可愛いお姫様。腹が減っただろう。そろそろ起きたらどうだ?』

(お腹? 不思議とあんまり空いてないんだけど、食べたいな。でもなんだか脇腹が痛いの)


『俺もよく暗殺者を送られたから傷だらけなんだ。おまえより大怪我をしたけど生き延びたんだぞ? おまえも頑張れ』

(そうなの? 私が会った暗殺者は、自分で『頭のおかしな暗殺者』って言ってたよ。変な人だった……。あなたも大変な思いをしたのね)


『眠り姫、そろそろ起きたらどうだ? 白狐の瞳は何色だろうな』

(私の瞳は丸々とした栗と同じ色よ。見てみる?)


 瞼が重たい……でも、開けられそう

 まだぼやけているけど……あなたは天女? 違う、……男の人?


「小狐、よく頑張ったな」


 あれ? ユウ? 影狼もいるの? ここはどこ?

「影狼、狐は何を食べるんだろうか」
「木の実や果物でしょうか? 厨房で何か見繕ってきます」
「ああ。興味を示すだけでもいい。食欲は生きる力になる」

 あ……血を失って霊力が弱まったから小狐になっちゃったんだ……力が出ない

 ん……ユウがそうやって頭をなでてくれてたんだね。それ、気持ちいいから、もっとやって?

「ふっ、目を閉じて気持ちよさそうだな。温石も新しいのに取り替えよう」


 ぽかぽかして気持ちいい。……あ。あっちの方から大きな男の人の足音と上品な重たい人の足音がするよ?

「天佑さま、太監が参りました」
「執務の間へ通せ。小狐も一緒に行こう」

 執務の間? ユウはお仕事してる最中なんだ。

 あれ? ここ、私知っているよ? 古語の解読を……

 ユウ、そこに置いてある銀の仮面……

 ユウが陛下だったんだ……、気づかなかったな……。あ、太監さまが来た。影狼、その手に持っているのは桃?

「捜査の進展は?」
「これと言ってございません……潘充儀の手掛かりはなく、徳妃さまの周辺も特に変化はありません」
「そうか……」

 私を探してくれているんだ。ユウ、ありがとう。狐のまま忍び込んで天衣で帰ってもいいけど……小狐だから難しいか。それに、ユウが気に病むなら一旦人間になった方がいいのかな。とりあえず、体力と霊力を取り戻さないと。影狼、桃ちょうだい。

「天佑さま、小狐が俺のことをじっと見てきます」
「影狼、語弊がある言い方はやめろ。おまえが持っている食べ物を見ているに決まっているだろう。こっちに寄越せ」

 ぷっ。影狼、そんな不貞腐れた顔をしているとまた揶揄われてしまうわよ?

「……はい。厨房から今すぐ食べられそうな物をとりあえず持ってきました。桃、菜っ葉、胡桃、棗、糕点もあります」
「糕点なんて雪玲でもあるまい……、っ……!」

 確かに、糕点が一番いいな

「天佑さま……」
「いや、大丈夫だ。さあ、小狐、まずは桃にするか。おまえ、喉も渇いているだろう?」

 ……ユウ、心配かけてごめんね。たくさん食べて早く元気になるからね。

 桃、皮を剥いて小さくしてくれる?

「ふっ、そうそう、頑張って食べるんだぞ。……そうだ、小狐。お前に名前を授けてやろう」

 天女の如く美しいユウが私のことを見つめる。

「……りん……、凛凛。お前の名は凛凛にしよう。これはお前が俺の庇護の下にある証だ」

 どこからか取り出した、小さな菫青石きんせいせきを通した革紐が首に巻かれる。

 天佑さまの瞳の色……と誰かが呟いた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ※九死一生きゅうしいっしょう・・・かろうじて助かること。ほとんど死が避けられない状況で奇跡的に生き残ること。

 ※北斗星君ほくとせいくん・・・北斗七星を神格化した神。地獄の行き先を決める裁判官のような存在で人間の運命を司るとされる。

 ※劉猛将軍りゅうもうしょうぐん・・・道教の神。駆蝗神イナゴを退治する神として信仰されている。

 ※菫青石・・・アイオライト。濃い紺色~すみれ色の石。見る角度や光の当て方で青や紫などにも見える多色性の性質を持つ。

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