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53.過去の悪意
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あれは、結婚して一年目の頃……。
お茶会や夜会に全く誘われず、これではルートヴィヒ様に迷惑を掛けてしまう。妻として人並みにきちんと社交をしようと一念発起し、詩の朗読会に参加しようと決意したことが、私にもあった。
だけど、クローゼットの中は派手なドレスか品のないドレスばかり。年配の貴婦人の前にはとてもじゃないが着ていけず、仕方なく街へ出かけたことがあったのよね。
レーンクヴィスト家が使っていると以前お義母様に教えていただいたヴァルドリック・アトリエに向かい、入店してすぐのこと。私に近づいてきた店員が頭の先からつま先までじっとりと舐めるように眺めてきたのだ。
「あらあら。レーンクヴィスト小伯爵夫人。どうされたんですか? 道に迷われました?」
「え?」
店にいた買い物客らしき夫人たちが、店員と私のやり取りを聞きながらくすくす笑う。初心なクラリスはなんのことかわからず、真っ赤になって途方に暮れてたっけ。
「わたくしどもの店はソフィア王女にもご愛用いただいておりますの。……控えめなレーンクヴィスト小伯爵夫人にうちの商品がお似合いになるかどうか……ねぇ」
「っ、その……知り合いがいたようなので声を掛けようと思ったのですが、見間違いでした。失礼します」
なんとなく二人の噂は耳に届いていたけど、あの頃はまだ信じていなかったのよね。それなのに、突然悪意を浴びせられてつらかったなぁ。クラリスが彼女たちに何かをしたわけでもないのに。ブティックはここだけじゃないしと目尻を拭い、他の店に向かってみたものの……。
どこもソフィア王女の御用達、もしくはファン、もしくは国民的カップルを応援したい信者たちであふれ、レーンクヴィスト小伯爵夫人に売る商品はないのだと口を揃えられたのだ。
ソフィア王女は流行の最先端を行く、この国のファッションアイコン。彼女を敵には回せないのもうなずけるけど、最後に立ち寄った店は特にひどかった。やや質の落ちる低位貴族向けだとは知っていたのだから私も悪かったのだけど、あの時のクラリスはとにかくドレスを手に入れようって必死だったものね。
裏通りとは言え人が行き交う通路上、私は手ひどい門前払いを食らったのだ。
「あんたのせいでお二人は一緒になれないのよ! あんたに売る服なんてないわっ」
「……っ」
完全に恥をかかされた挙句、弁明の一つもさせてもらえないまま詰られ。
人通りが少なかったのは幸いだったけど、針のむしろというのはこういうことなのか、と視界が滲んだ記憶がある。
「――というわけで。ヴァルドリック・アトリエに行くくらいならパーティーには行きません」
わなわなと震えるルートヴィヒ様の手には曲がったフォーク。いやいやいや、厨房の人たちがかわいそうだから、やめて。
「そうか、そんなことが……。クラリス、本当に申し訳なかった」
「……」
はい、いいですよ、とは簡単には言いたくない。
曖昧に首を傾げた私に、ルートヴィヒ様は眉尻を下げた。
ぎゅっと唇を引き結んだ彼は、視線を落としてしばらく考えこんでいたけど、おもむろに顔を上げると私に尋ねてきた。
「……クラリス。店舗を構えていないデザイナーを連れてきていいだろうか? デザインが気に入らなければドレスを作らなくても構わないから」
まあ、あの時のブティックのどれかと関係していないのなら構わないけど。アテがあるのかしら。
う~ん。一着くらいきちんとしたドレスを持っていた方が何かと役に立つし、手に入れたい気持ちもある。……いいわ。お気に入りの一着を仕立ててもらって、離縁する時に記念としてもらっちゃおう。
「はい、それならいいですよ」
そう返答した私に、ほっとしたように喜んだルートヴィヒ様。
口角を上げた彼がデザイナーを連れて来たのはそれから三日後のことだった。
お茶会や夜会に全く誘われず、これではルートヴィヒ様に迷惑を掛けてしまう。妻として人並みにきちんと社交をしようと一念発起し、詩の朗読会に参加しようと決意したことが、私にもあった。
だけど、クローゼットの中は派手なドレスか品のないドレスばかり。年配の貴婦人の前にはとてもじゃないが着ていけず、仕方なく街へ出かけたことがあったのよね。
レーンクヴィスト家が使っていると以前お義母様に教えていただいたヴァルドリック・アトリエに向かい、入店してすぐのこと。私に近づいてきた店員が頭の先からつま先までじっとりと舐めるように眺めてきたのだ。
「あらあら。レーンクヴィスト小伯爵夫人。どうされたんですか? 道に迷われました?」
「え?」
店にいた買い物客らしき夫人たちが、店員と私のやり取りを聞きながらくすくす笑う。初心なクラリスはなんのことかわからず、真っ赤になって途方に暮れてたっけ。
「わたくしどもの店はソフィア王女にもご愛用いただいておりますの。……控えめなレーンクヴィスト小伯爵夫人にうちの商品がお似合いになるかどうか……ねぇ」
「っ、その……知り合いがいたようなので声を掛けようと思ったのですが、見間違いでした。失礼します」
なんとなく二人の噂は耳に届いていたけど、あの頃はまだ信じていなかったのよね。それなのに、突然悪意を浴びせられてつらかったなぁ。クラリスが彼女たちに何かをしたわけでもないのに。ブティックはここだけじゃないしと目尻を拭い、他の店に向かってみたものの……。
どこもソフィア王女の御用達、もしくはファン、もしくは国民的カップルを応援したい信者たちであふれ、レーンクヴィスト小伯爵夫人に売る商品はないのだと口を揃えられたのだ。
ソフィア王女は流行の最先端を行く、この国のファッションアイコン。彼女を敵には回せないのもうなずけるけど、最後に立ち寄った店は特にひどかった。やや質の落ちる低位貴族向けだとは知っていたのだから私も悪かったのだけど、あの時のクラリスはとにかくドレスを手に入れようって必死だったものね。
裏通りとは言え人が行き交う通路上、私は手ひどい門前払いを食らったのだ。
「あんたのせいでお二人は一緒になれないのよ! あんたに売る服なんてないわっ」
「……っ」
完全に恥をかかされた挙句、弁明の一つもさせてもらえないまま詰られ。
人通りが少なかったのは幸いだったけど、針のむしろというのはこういうことなのか、と視界が滲んだ記憶がある。
「――というわけで。ヴァルドリック・アトリエに行くくらいならパーティーには行きません」
わなわなと震えるルートヴィヒ様の手には曲がったフォーク。いやいやいや、厨房の人たちがかわいそうだから、やめて。
「そうか、そんなことが……。クラリス、本当に申し訳なかった」
「……」
はい、いいですよ、とは簡単には言いたくない。
曖昧に首を傾げた私に、ルートヴィヒ様は眉尻を下げた。
ぎゅっと唇を引き結んだ彼は、視線を落としてしばらく考えこんでいたけど、おもむろに顔を上げると私に尋ねてきた。
「……クラリス。店舗を構えていないデザイナーを連れてきていいだろうか? デザインが気に入らなければドレスを作らなくても構わないから」
まあ、あの時のブティックのどれかと関係していないのなら構わないけど。アテがあるのかしら。
う~ん。一着くらいきちんとしたドレスを持っていた方が何かと役に立つし、手に入れたい気持ちもある。……いいわ。お気に入りの一着を仕立ててもらって、離縁する時に記念としてもらっちゃおう。
「はい、それならいいですよ」
そう返答した私に、ほっとしたように喜んだルートヴィヒ様。
口角を上げた彼がデザイナーを連れて来たのはそれから三日後のことだった。
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