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第18話 二十歳になったら

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♪フンフフン~

鼻歌まで飛び出して、皿を洗う節子は上機嫌だった。
となりに並び灰谷はせっせと皿を拭く。

『誰かと一緒に台所に立つっていいわね』と節子が言ったことを覚えていた灰谷は機会があれば手伝うようにしていた。
「ボクも手伝います」と友樹も申し出たが「灰谷がいれば大丈夫だって。ゲームっ!ゲームっ!」と、真島に引っ張られていった。
ほどなく真島の父も帰ってきてダイニングテーブルで晩酌を始めた。


「プハー。ウマイっ。夏には夏の。秋には秋のウマさがある」

テレビCMのように美味しそうにのどをならし、ビールのコップを空けると真島の父・正彦は誰にともなくそうつぶやいた。
鼻の下に泡をくっつけたまま満足そうな正彦を見て、灰谷はなんだかほのぼのとした気分になる。


「灰谷くん、久子さんの事、聞いたよ。まあ、いろいろ複雑だろうけど」
「お父さん、複雑なんて言い方ないでしょ。愛し愛され、いい事じゃない。ねー?」

節子のツッコミを受けて、正彦はすまなそうな顔をする。

「あ、いや…ホントに…まあ、複雑っていえば複雑なんで」と灰谷は口の中でモゴモゴ言うと、「でもまあ、パートナーができるってのは心強いもんだ」と正彦は灰谷にふんわりと微笑んだ。

「そうよ~。はいお父さん」と節子が正彦の前に小鉢を置いた。
「うん。蓮根のきんぴらか」

好物なのだろう正彦の頬がゆるんだ。

案外わかりやすく顔に出る人なんだな。

父親という存在と暮らした事のない灰谷には夫婦のやり取りも晩酌も目新しい光景だった。


「まあ、なんかあったら(ポリポリ)遠慮せずに(ポリポリ)相談してください」

あまりにいい音をさせて食べるので少し笑いそうになるのをこらえながら、「ありがとうございます」と灰谷は軽く頭を下げた。


「そうよ灰谷くん。なんなら婿入りは早いほうがいいわ」

灰谷といっしょに皿をふきながら節子が言う。

「婿?」正彦が目を見開く。

「そうよ。マコのお婿さんに」
「マ……」
「マコは君にはやらん!」

正彦が言いかけたところで唯一の持ちギャグを節子がうばってしまった。

「それは僕の……」
「早い者勝ちよ」

しょんぼりする正彦と勝ち誇った顔で微笑む節子。


ホントに、明るいほのぼの一家だよなあ真島家は。
婿入りか。
いやまあ……うん。
それもそれで複雑だけどな。

灰谷は拭き上げた皿をそっと重ねた。


「はーい終わり。灰谷くんありがとう。ホントに助かったわ」
「メシ、うまかったです」
「そう?よかった。足りた?」
「腹いっぱいっす」灰谷はふくらんだ腹を満足げにさする。


「灰谷くん」
「はい」

正彦のあらたまった声に背筋を伸ばし身構えた。
来るかおじさんのボケ。
うまくツッコめるのかオレ。


「君と信まことが二十歳になったら、一緒に酒を飲みたいな。それが今の僕の楽しみなんだ」
正彦はボケることなく静かに言った。

「はい。ぜひ」と灰谷は正彦と笑顔を交わした。

節子も側で微笑んでいた。


オレと真島が二十歳になったら……。
そう遠くない未来なんだな、と思うと不思議な感じがした。
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