上 下
29 / 109
第一章 灰色の現実

1-EX3 うん、わかりますから

しおりを挟む
 そうしてたどり着いたのは、魔法教室のある中学校の近く、大通りを抜けてひっそりと運営されている小さい図書館だった。

 「……そういえば、こんな場所ありましたね」

 小学生の時の街を探検するイベントで、一度足を運んだことがある。逆に言えばそれっきり図書館に通うことはない。そもそも本に興味がないから通う理由もないのだけれど。  

 「割と便利な場所だよ。アマゾ〇で買いたい本があるとき、なんとなく負に気だけでも知りたいときには赴いてみればいい。……アマ〇ンって知ってる……?」

 流石に馬鹿にしすぎだろう。携帯とかは持っていないけれど、それくらいはテレビ番組あたりで見たことがあるから、まあ、なんとなくは知っている。

 「というか、本当に天原はここにいるんですか?」

 「間違いないね。別にこの発信器だけが証拠じゃない。彼はよくこの図書館に通っていることがあるから、きっと彼はここにいるよ」

 「なるほど」

 そういえば、別に僕がここで尾行をしなくとも、先生は日ごろからいろんな生徒をストーキングしているんだった。

 「……もしかして、僕とかもストーキングしたことあるんですか?」

 「……あ、あそこに面白そうな本があるよ環くん」

 「露骨に話をそらさないでください」

 やっているんだろうなぁ、この反応は。

 ……まあ、ストーキングされたところで、面白い何かがあるわけで絵もないと思うから別にいい。家の中身を見られても、特になにかあるわけでもないし。

 「それで、どうするんですか?入るんですか?」

 「はっはっは。こんな人通りの少ない図書館に入ったら、すぐに彼にばれてしまうじゃないか。こういう時には、適当に入口付近の物陰に隠れて、彼の行動を整理するのがね、楽しいんだよ」

 「……さいですか」

 慣れているからだろうか、妙な説得力を感じずにはいられない。といっても、こんな炎天下、日陰の中に隠れたとしても、この日射に耐えられる気がしない。

 「……というか、先生は暑くないんですか。僕はさっさと中に入って涼みたいんですけど」

 「暑くないさ。外に出る前に溶けない氷を発動して、体を覆うようにしているからね。環くんもやればいいのに」 

 「できたら苦労はしないんですよ……」

 それが最近の悩みだというのに、それでもずけずけと侵入するように言ってくる。やっぱり、なんだかんだ言ってもこの先生のことは苦手な人なのかもしれない。あまりそう思いたくはないけれど。

 「……まあ、いつかきちんと魔法が使えるようになるさ」

 そんな一言をかけてくるから、心の底からは嫌いになれないのだ。





 流石に湿気がうだる空気間に耐えられる気がしなかったので、先生と一緒に僕は図書館の中に入館する。

 図書館の自動ドアをくぐると、途端に体を冷やすような気持ちのいい風が身を包む。

 「あー」

 長時間、熱にさらされるような場所にいたせいか、いつもなら寒いと思える空間であっても心地がいい。自然と声が出てしまうくらいには。

 「……」

 立花先生の方を見てみると、見るからに寒そうに震えている。

 「ああだから僕は入りたくなかったんだよ僕はああ」 

 「声大きいですよ先生……」

 ざまあみやがれ、という感情が湧いたのは内緒にしておこう。それはさておきこんな人通りの少ない場所で大声を出されるのは普通に目立つからよくないのではないだろうか。

 「──あ」

 立花先生がそんなことを言う。

 「……あ?」

 訳も分からずにオウム返しでそれに答えてみる。すると、先生は一点に指をさして、僕もそこに視線を向ける。

 「あ」

 向けた視線の先にある眼鏡をした二つの瞳。見覚えのある後輩の姿が、当たり前のようにそこにある。あからさまに僕たちをにらみつけるようにして。





 「何しに来たんですか……」

 図書館で話していては迷惑がかかるということで、僕たちは図書館から出て、適当なファミレスの中に入り込んだ。

 「いやあね、僕はと燃えたんだけれども、環くんが天原くんを知りたいって五月蠅くてさ……」

 「事実を捏造しないでください!」

 「いや僕は嘘をついていないよ。確かに僕は最初提案はしたけれど、一度諦めたじゃないか。それなのに『やります!』と声を高らかに宣言したのは君だぞ?僕は悪くない。絶対に悪くない」

 いや、あれは売り言葉に買い言葉というか、挑発を受けたというか。そもそもノリが悪いって言われたのだから、ノリを良くしたらこうなったというか。

 「ここ、普通にいろんな人がいるので静かにしてくれませんか、先輩も先生も」

 「はい……」

 いろんな言葉は思い浮かんだけれど、それでも結局そんな言葉に意志は還元されてしまう。 

 僕は悪くない。僕は悪くないんだ。でも、それを信じてもらえる材料を僕は持ち合わせてはいない。

 「……そんなに思い詰めなくても、なんとなくわかるから大丈夫ですよ、環先輩」

 「──天原」

 なんか、そんな一言だけで泣きそうになってきた。誰にも伝わらない憤りが、彼にも届いたような、そんな気がして。

 「──友達がいないから先生と遊んでいたんですよね。うん、わかりますから」

 憐れむような視線を僕を見つめる天原の姿。僕はそれを視界に入れた瞬間、途端に涙が引っ込んでしまった。



 「というか、宿泊については来週にしませんでしたっけ。僕、部屋を片付けていないんですけど」

 「うん、来週だけれども、なんか先生が面白がってさ……」

 天原はドリンクバーからコーヒーを抽出して飲んで、そして僕はただのコーラを飲み、先生に関しては、ドリンクバーからではんく、特別に注文をしたメロンフロートをたしなんでいた。

 「いやあ、そんなの面白いに決まっているじゃないか。だって、仲の悪かった生徒がいきなりお泊り会に僕も泊まれるなんて、そんなの面白くて楽しみで仕方がないに決まっているじゃないか」

 「……今なんて?」

 天原が、震えた声で呟いた。

 その声を聞いて、僕もいまいち捉えそこなった言葉を改めて咀嚼をする。

 「だから、不仲の君たちと僕でお泊り会なんて、そんな楽しいイベント放っておくことなんてできやしないよ!」

 「……なんで」

 僕が意味を咀嚼し終える前に、天原は言葉を紡ぐ。

 「──なんで先生も泊まることになっているんですか!!」

 天原が珍しく、というか初めて声を荒げて、ファミレスに大きく反響した。
しおりを挟む

処理中です...