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第四章 異質殺し
4-9 ずるいひと
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◇
「──天音」
「……なに?」
彼女は俺の目をしっかりととらえてそう返す。
互いの呼吸の音だけが響く、少し背徳にも感じられる空間。
──こんな時でも、ここにいるのが葵だったら。
そんなことを考えている俺が、格好をつける意味はないだろう。
自分を晒せ。自分を晒せ。自分を殺すだなんて、そんな格好つけはやめてしまえ。
お前、ダサいんだよ。さっさと答えを出してしまえ。そうじゃなきゃ気持ちが悪いんだろう。きっと、俺に対極がわだかまっていたら、そんな言葉を吐いてくれるだろう。
『それだけが、俺の願いだから』
俺は、俺が殺した、受容した対極に報いなければいけない。俺がここにいるのは、すべてアイツのおかげなんだから。
「もう、いいんだ」
俺は言葉を彼女に吐いた。
「葵の代わりは、しなくていい」
彼女は、俺の言葉を耳に入れる。沈黙だけがこだまする。
「天音は、本当にいいやつだよ。
俺がいつまでたってもここにいる理由を肯定してくれて、そうして俺が俺でいることを許してくれる。でも、きっとこのままじゃ駄目なんだ」
彼女は頷かない、でもしっかりと目を見つめて俺の言葉を聞いてくれる。
「俺が俺を許せないんだ。俺が俺を許せないから、俺は行動するべきなんだ」
これ以上、甘えているわけにはいかない。
「──俺、イギリスに行くよ」
「……うん」
ここに、日本にいても現状は変わらない。だから。
「でも、イギリスに行く前にやらなくちゃいけないことがあるんだ」
天音は、俺の目をとらえて離すことはなく、言葉に耳を傾け続ける。
「──俺、葵が好きなんだ」
葵にしか吐き出したことのない、……いいや、吐き出してもかき消された言葉。
それを、天音に吐き出している。
「彼女が笑っている顔が好きだ。彼女が俺を気にかけてくれる姿が好きだ。わざととぼけて、おじさんみたいに関わってくれるのが好きだ。弱い俺に対しても、すべてを肯定してくれる彼女が好きだ。強く見せてくれる彼女が好きなんだ」
言葉は止まらなかった。きっと、彼女の好きなところを挙げていればキリがないだろう。
「──そんな葵がさ、泣いていたんだよ」
「……うん」
「彼女の涙がちらついて、離れないんだよ」
「……うん」
「俺は……、そんな世界を許すことはできない」
彼女が涙を流す世界を、俺は放っておくことはできない。
「──俺は、葵と一緒にいたい」
もう叶わない恋だということは知っている。
彼女の中に俺がいないということは、どうしようもないほどに知っている。
でも、そんなこと、何一つ関係なく、俺は、僕は、彼女と、──赤原 葵と一緒にいたいのだ。
「──たとえそれが禁忌だとしても?」
天音はそう聞いた。悪魔祓いとして、彼女は確かにそう聞いた。
「──禁忌とかどうとか知るかよ」
俺は、言葉を吐いた。
「俺は、俺のしたいようにする。ここからでも紡げる関係はあると思うから」
言った。
言ってしまった。
言ってしまったからには、もう後戻りできない。
「……ふふ」
天音は、諦めたように笑った。
「なんとなくね、そうなるんじゃないかって思ってた」
「……そう?」
「うん」
天音は、諦めたように溜息を吐いた後、言葉を続ける。
「……最初から、ずっと知ってたもん。たまきが葵さんのことが好きって、ずっとずっと知ってたもん」
天音は言葉を続ける。
「わたしじゃ、だめだってことだもんね」
「……ああ」
「……そっかぁ」
天音は背もたれに体重をかけるようにして力を抜く。
「──いいよ、ヒミツにしてあげる」
天音は俺に呟いた。
「わたし、たまきが好き。……だから、ナイショにしてあげる」
その言葉を聞いて、罪悪感が心に反芻する。
俺は、彼女の好意を利用している。だから、罪悪感が心に反芻して仕方がない。
でも、それを噛みしめることが、天音に対しての礼儀だろう。
「ありがとう」
俺がそう言うと、天音は無理した作り笑いをして、呟く。
「ずるいひと」
心の中で彼女の言葉に肯定する。
俺も、そうだと思うよ。
「──天音」
「……なに?」
彼女は俺の目をしっかりととらえてそう返す。
互いの呼吸の音だけが響く、少し背徳にも感じられる空間。
──こんな時でも、ここにいるのが葵だったら。
そんなことを考えている俺が、格好をつける意味はないだろう。
自分を晒せ。自分を晒せ。自分を殺すだなんて、そんな格好つけはやめてしまえ。
お前、ダサいんだよ。さっさと答えを出してしまえ。そうじゃなきゃ気持ちが悪いんだろう。きっと、俺に対極がわだかまっていたら、そんな言葉を吐いてくれるだろう。
『それだけが、俺の願いだから』
俺は、俺が殺した、受容した対極に報いなければいけない。俺がここにいるのは、すべてアイツのおかげなんだから。
「もう、いいんだ」
俺は言葉を彼女に吐いた。
「葵の代わりは、しなくていい」
彼女は、俺の言葉を耳に入れる。沈黙だけがこだまする。
「天音は、本当にいいやつだよ。
俺がいつまでたってもここにいる理由を肯定してくれて、そうして俺が俺でいることを許してくれる。でも、きっとこのままじゃ駄目なんだ」
彼女は頷かない、でもしっかりと目を見つめて俺の言葉を聞いてくれる。
「俺が俺を許せないんだ。俺が俺を許せないから、俺は行動するべきなんだ」
これ以上、甘えているわけにはいかない。
「──俺、イギリスに行くよ」
「……うん」
ここに、日本にいても現状は変わらない。だから。
「でも、イギリスに行く前にやらなくちゃいけないことがあるんだ」
天音は、俺の目をとらえて離すことはなく、言葉に耳を傾け続ける。
「──俺、葵が好きなんだ」
葵にしか吐き出したことのない、……いいや、吐き出してもかき消された言葉。
それを、天音に吐き出している。
「彼女が笑っている顔が好きだ。彼女が俺を気にかけてくれる姿が好きだ。わざととぼけて、おじさんみたいに関わってくれるのが好きだ。弱い俺に対しても、すべてを肯定してくれる彼女が好きだ。強く見せてくれる彼女が好きなんだ」
言葉は止まらなかった。きっと、彼女の好きなところを挙げていればキリがないだろう。
「──そんな葵がさ、泣いていたんだよ」
「……うん」
「彼女の涙がちらついて、離れないんだよ」
「……うん」
「俺は……、そんな世界を許すことはできない」
彼女が涙を流す世界を、俺は放っておくことはできない。
「──俺は、葵と一緒にいたい」
もう叶わない恋だということは知っている。
彼女の中に俺がいないということは、どうしようもないほどに知っている。
でも、そんなこと、何一つ関係なく、俺は、僕は、彼女と、──赤原 葵と一緒にいたいのだ。
「──たとえそれが禁忌だとしても?」
天音はそう聞いた。悪魔祓いとして、彼女は確かにそう聞いた。
「──禁忌とかどうとか知るかよ」
俺は、言葉を吐いた。
「俺は、俺のしたいようにする。ここからでも紡げる関係はあると思うから」
言った。
言ってしまった。
言ってしまったからには、もう後戻りできない。
「……ふふ」
天音は、諦めたように笑った。
「なんとなくね、そうなるんじゃないかって思ってた」
「……そう?」
「うん」
天音は、諦めたように溜息を吐いた後、言葉を続ける。
「……最初から、ずっと知ってたもん。たまきが葵さんのことが好きって、ずっとずっと知ってたもん」
天音は言葉を続ける。
「わたしじゃ、だめだってことだもんね」
「……ああ」
「……そっかぁ」
天音は背もたれに体重をかけるようにして力を抜く。
「──いいよ、ヒミツにしてあげる」
天音は俺に呟いた。
「わたし、たまきが好き。……だから、ナイショにしてあげる」
その言葉を聞いて、罪悪感が心に反芻する。
俺は、彼女の好意を利用している。だから、罪悪感が心に反芻して仕方がない。
でも、それを噛みしめることが、天音に対しての礼儀だろう。
「ありがとう」
俺がそう言うと、天音は無理した作り笑いをして、呟く。
「ずるいひと」
心の中で彼女の言葉に肯定する。
俺も、そうだと思うよ。
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