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第四章 異質殺し

4-16 ──殺すさ

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 「お前が生半可な気持ちでそういうことをやるとは思っていない。何かしらの確証があるんだろう?」

 朱音はそう呟く。

 ……まあ、その通りなんだけれど。

 「この半年で、お前は悪魔祓いとしての資質を開花させ、適切に成長している。おそらくイギリスにいるエセ悪魔祓いとは違う異例な力だろうね。

 もともと魔法教室で魔法使いと対峙する機会が多かったほどだ。対魔法使いに対しての戦闘力については、私もなかなかだと思う。

 でもな。もし環と葵の関係性がバレてしまったとき、その場面でお前が対峙することになるのは『教会』だ。その時はどうするんだよ?」

 「……そうならないために」

 そうならないために俺はイギリスに行く。教会の本部が置かれているイギリスに行き、悪魔祓いとしての実績を積み上げる。

 実績を積み上げ、教会内での地位を確保することができれば、葵との関係についてもバレることはなく、いつかは魔法使いと共存ができる世界づくりだって──。

 「私が言いたいのはそういうことじゃない」

 俺が気持ちの上で反芻していると、それを読み取ったように朱音が言葉を挟む。

 「”私たち“と相対するってことだぞ? その意味が分からないわけじゃないよな」

 ……つまりは。

 葵との関係性が教会にばれたとき、俺が敵対しなければいけないのは朱音をはじめとした悪魔祓いの集団だ。

 「私は敵対することになったら、其の時は容赦はしない。悪魔どもと同じような扱いで確実に環と、葵ちゃんを殺すだろうね。

 それが私の覚悟ってもんだ。

 私は、ずっとお前に覚悟についてを聞いているんだよ。どうだ? お前の覚悟はどうなんだよ」

 朱音は俺を睨みつけながら、そう言った。

 腹の底から敵意を混じらせる言葉。でも、その言葉の意は捉えずとも、最初から自分で分かっていたことだ。

 だからこそ、答えは一つだ。

 「──殺すさ。その時は、朱音も、天音も」

 教会のやつらが敵対をしようと、朱音や天音が俺たちを殺しにかかろうと、もし世界という単位で敵がやってきたとしても、その時は確実に、平等に、的確に殺す。

 きっと、今の俺にはそれができるから。

 「……言うようになったじゃないか」

 朱音は、俺の言葉を聞くとにっこりと笑いながらそう呟いた。

 「ま、恋人を守るって言うんならそれくらいの覚悟を男がしてねえと話にはならんわな!!」

 「……恋人じゃないんですけどね。今も昔も」

 俺が皮肉めいた言葉を吐くと、俺の肩をポンポンと叩く。

 「──いいよ。気に入った。その心意気やよしってやつだな!」

 朱音はそう言いながら立ち上がる。

 「それじゃあ、思い立ったら吉日ってことで、今からイギリスに行きますかね!!」

 「……」

 ……えっ!? 今からですか?!

 そう朱音に言葉を吐こうとしたが、そんな言葉を吐く暇もなく、俺は彼女に首根っこをつかまれて喫茶店から連れ出された。





 「……飛行機に乗るのでは?」

 そうして連れ出されたのは、教会の奥の方にある、教会側の『空間』。

 「いやあ、そうしたいのはやまやまなんだけれどさ。環、パスポート持ってないじゃん」

 「……一日二日とか、それくらいで撮れたりしないもんなの?」

 俺がそういうと、彼女は呆れながらうなだれた。

 ついでに一緒に行くことになった天音も、どこか呆れた顔をしている。

 「お前、パスポートってめちゃくちゃに面倒くさいんだぞ? 最低二週間くらいもかかりやがる。そんなにイギリスは待ってくれねえだろうさ」

 「……二週間」

 他国に行く経験が皆無だから俺にはよくわからないけれど、パスポートってそんなに時間を食うものなのだろうか。

 「……それならどうしてここに?」

 見覚えのある空間。白い景色がどこまでも続く虚無のような空間。ここに来たところでイギリスにたどり着けるわけでもないのに。

 「空間の説明って魔法教室で受けてねえの?」

 「……無限の空間? とか、無限の体現とかなんとか」

 立花先生はそんなことを説明していたような気がするけれども、実際には覚えていないし、なんなら立花先生も説明しようと思って説明しているわけではないから、正直よくわかっていない。

 「まあ、この空間を使えばワープできるんだよ。詳細な位置にな」

 「マジで?!」

 聞き慣れない非現実的な単語に少しのワクワク感を抱く……、けれど、よくよく考えれば、魔法教室のやつらは全員転送魔法を使っていたはずだから、実はそんなに珍しいものではないということに気づいた。

 「……というか、悪魔祓いならワープとかできないんじゃ?」

 「本当はそうなんだけどな……」

 朱音は言葉を付け足す。

 「環、お前が最初に葵ちゃんに命を助けてもらったときのことは覚えているか?」

 「……覚えてるよ。なんか魔法で治した……、ああ……」

 そうして思い出すのは、葵の魔法を反発することなく、俺が五体満足に蘇生された時の記憶。

 あの時は、俺が悪魔祓いの体質を封印していたから蘇生することが叶ったわけで、その後に魔法使いの血液を輸血することによって、俺は悪魔祓いの本質を取り戻したのだった。

 「そう。つまりは、今から悪魔祓いの体質を封印する!」

 「……」

 俺が不安そうに朱音を見つめると、彼女は俺の不安がわからなそうな雰囲気でとぼける。

 「何か言いたいことがあるなら言えよ」

 「……いや、また記憶とか飛んだりしないかなぁ、という不安が」

 「大丈夫だ。そもそも環にやった記憶の封印と悪魔祓いの体質を封印した過程は、それぞれ別で行っているから」

 「……まあ、それならそれでいいけども」

 「納得したなら何より! それじゃあ、今から歩いていくぞー! 歩きながら空間の説明をしていくから、暇つぶしによーく聞いておくように!」

 そう言いながら朱音は歩き出す。無限の空間を。それに連れ添うように天音が後方、俺は困惑しながら、さらにその後をつけるように歩き出した。
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