5 / 79
一章【鬼神に取り憑かれし者】
五話
しおりを挟む
屋敷に戻った泰正は、少年を奥に敷いた布団に寝かせてやると、小窓から飛び込んで来た鷹に向き直る。
鷹の足には紐でくくりつけられた生薬があり、手を伸ばして丁寧に取った。
小さな竹筒に入った丸く黒い丸薬を少年の口に運び、水と共に飲ませた。
この屋敷は、花祭りの間に招かれた陰陽師が寝泊まりする、領内に特別に用意された屋敷である。
弟子の千景が部屋に入って来て、水入の木桶に清潔な白い布を浸して絞り、少年の額に乗せる。
熱は然程ないようだ。鷹がちょんちょんと近寄り、少年の顔をじっくり観察すると高い声音で告げた。
『疲労で倒れたようだな。先程の薬は気付け薬だから問題ない』
「すまないな、清太呂」
木原清太呂、彼は医術を専門にしている一族の主であり、陰陽師の面倒を診ている医師の一人だ。
遠くにいる場合は、こうして式神を通して患者を診ている。
鷹の目を借りた清太呂は、首を左右に振ると呆れた声音で答えた。
『全く、この件もどうせ内密にだろう?』
「ああ。ついでにこの子を助けるのを手伝ってはくれぬか」
『どうする気だ?』
「考えがある。千景よ、協力を頼む」
「はい! 泰正様」
「うむ」
手筈を整えた泰正は、今夜の宴に備えてそちらの支度に取りかかり、時間まで余裕がなくなり焦って宴の場に向かった。
この屋敷は、英心が宴の為にわざわざ用意した宴の場だ。
紫倉宮(しくらみや)、視素羅木(みすらぎ)、天照(てんしょう)、佐々斬(ささき)の四つの非官人陰陽師一族が、一度に集うのは珍しい。中でも、視素羅木一族である泰正が姿を見せるのは、良い話の種となるのだ。
たくさんの使用人達が出迎えて奥の座敷へと案内する。
既に他の一族は集まっていて、後は泰正を待つばかりであったようだ。
深々と頭を垂れて謝る。
「申し訳ございません。お待たせいたしました」
「視素羅木殿、お気になさらず、座られよ」
「はい」
英心に促され、彼から見て左側の端の席に腰を下ろす。
隣に座るのは天照一族である。
今回も長の姿はない。
代理の式神である紅紗(べにしゃ)が、その豊な肉体を前屈みにさせると、前髪に隠れている目の内、見えている左目を細めて微笑む。
「おひさしゅうございます、視素羅木様
」
「紅紗殿、お元気そうで何よりだ。緋那(ひな)様もご健勝かな?」
「はい。相変わらず」
「それでは、花祭りと、今宵の宴を祝して」
英心にならい、皆盃を掲げて、酒を飲み干す。
宴が始まるとすぐに、ふいに佐々斬がおもむろに口を開いて、何かを英心に差し出した。
何やら紙を広げている。文だろうか。
目を丸くした英心は、何故か筆と紙を取り出してそれを佐々斬を介して手渡された。
「名前を書いて頂けないか」
と言われて、ハッとする。
あの文はもしや……と思い当たる節があったのだ。
まさかとは思うものの、万が一予想通りであればやっかいな事になる。
英心は筆跡を鑑定できるのだから。
泰正は筆と紙を卓上に置くと、冷静に訊ねる。
「一体どういう事ですかな? 理由も分からず、名前を書けと言われましても、納得できませんなあ……その文が関係しているのでは? お見せ頂けないか」
瞳を細めてそう問えば、英心は頷いて文を広げて見せた。
――それは、恋文である。
「どうされた?」
「あ、い、いや!」
一瞬頭が真っ白になった泰正は、呼びかけられるまで我に返れず、焦って瓶子に残っていた酒をガブガブ飲み干してしまった。
あっというまに酔いつぶれて、目を覚ましたのは明け方であった。
鷹の足には紐でくくりつけられた生薬があり、手を伸ばして丁寧に取った。
小さな竹筒に入った丸く黒い丸薬を少年の口に運び、水と共に飲ませた。
この屋敷は、花祭りの間に招かれた陰陽師が寝泊まりする、領内に特別に用意された屋敷である。
弟子の千景が部屋に入って来て、水入の木桶に清潔な白い布を浸して絞り、少年の額に乗せる。
熱は然程ないようだ。鷹がちょんちょんと近寄り、少年の顔をじっくり観察すると高い声音で告げた。
『疲労で倒れたようだな。先程の薬は気付け薬だから問題ない』
「すまないな、清太呂」
木原清太呂、彼は医術を専門にしている一族の主であり、陰陽師の面倒を診ている医師の一人だ。
遠くにいる場合は、こうして式神を通して患者を診ている。
鷹の目を借りた清太呂は、首を左右に振ると呆れた声音で答えた。
『全く、この件もどうせ内密にだろう?』
「ああ。ついでにこの子を助けるのを手伝ってはくれぬか」
『どうする気だ?』
「考えがある。千景よ、協力を頼む」
「はい! 泰正様」
「うむ」
手筈を整えた泰正は、今夜の宴に備えてそちらの支度に取りかかり、時間まで余裕がなくなり焦って宴の場に向かった。
この屋敷は、英心が宴の為にわざわざ用意した宴の場だ。
紫倉宮(しくらみや)、視素羅木(みすらぎ)、天照(てんしょう)、佐々斬(ささき)の四つの非官人陰陽師一族が、一度に集うのは珍しい。中でも、視素羅木一族である泰正が姿を見せるのは、良い話の種となるのだ。
たくさんの使用人達が出迎えて奥の座敷へと案内する。
既に他の一族は集まっていて、後は泰正を待つばかりであったようだ。
深々と頭を垂れて謝る。
「申し訳ございません。お待たせいたしました」
「視素羅木殿、お気になさらず、座られよ」
「はい」
英心に促され、彼から見て左側の端の席に腰を下ろす。
隣に座るのは天照一族である。
今回も長の姿はない。
代理の式神である紅紗(べにしゃ)が、その豊な肉体を前屈みにさせると、前髪に隠れている目の内、見えている左目を細めて微笑む。
「おひさしゅうございます、視素羅木様
」
「紅紗殿、お元気そうで何よりだ。緋那(ひな)様もご健勝かな?」
「はい。相変わらず」
「それでは、花祭りと、今宵の宴を祝して」
英心にならい、皆盃を掲げて、酒を飲み干す。
宴が始まるとすぐに、ふいに佐々斬がおもむろに口を開いて、何かを英心に差し出した。
何やら紙を広げている。文だろうか。
目を丸くした英心は、何故か筆と紙を取り出してそれを佐々斬を介して手渡された。
「名前を書いて頂けないか」
と言われて、ハッとする。
あの文はもしや……と思い当たる節があったのだ。
まさかとは思うものの、万が一予想通りであればやっかいな事になる。
英心は筆跡を鑑定できるのだから。
泰正は筆と紙を卓上に置くと、冷静に訊ねる。
「一体どういう事ですかな? 理由も分からず、名前を書けと言われましても、納得できませんなあ……その文が関係しているのでは? お見せ頂けないか」
瞳を細めてそう問えば、英心は頷いて文を広げて見せた。
――それは、恋文である。
「どうされた?」
「あ、い、いや!」
一瞬頭が真っ白になった泰正は、呼びかけられるまで我に返れず、焦って瓶子に残っていた酒をガブガブ飲み干してしまった。
あっというまに酔いつぶれて、目を覚ましたのは明け方であった。
0
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる