陰陽師盲愛奇譚

彩月野生

文字の大きさ
37 / 79
二章【愛憎の果てに】

十五話

しおりを挟む
 宴の準備が整った頃、英心は、どこかの部屋で休んでいる筈の康正を探し回り、屋敷中を歩いていた。
 ふと、空に浮かぶ月を見上げて息をつく。

 帝にしたためた文の内容を思い浮かべていた。

 ――私の思いを、帝は汲んでくださった。

 文に書いたのは、康正の持ちを偶然知り、己のせいで苦しめていた事実と、康正とその弟子に寛大な処置を懇願した。
 文を書いている間、康正への気持ちがはっきりしてきたのを自覚していた。 

 ――夫婦になれと言われて、悪い気はしなかった。

 ならば、私は、康正を……。

「英心よ」
「……!」

 背後からの呼び声に振り向けば、帝が手招いている。
 ふくよかな体躯に小さな目は、影に半分かくされて不気味さを感じた。
 英心は静かに歩み寄り、頭をたれる。

「はい、何か」
「分かっておるな? 己の役目を」
「……は?」

 不穏さを感じて、身構えて帝を見た。 
 帝は厳しい目つきで英心を睨んでいる。

 その様に、心臓が脈打つ。

「お前をあやつと夫婦にさせたのは、監視役じゃ。少しでも不穏な動きを見せれば、息の根をとめよ……お前は罪悪感をいだいているだけで、よもややつを愛してなどおらぬだろうな?」
「……っ」 

 息を呑み、英心は思いを巡らせる。

 ――帝ははじめから、私に康正の監視役をさせようとお考えだったのか……!?

 帝は己の手を汚さずに、康正を葬りたいのだ。
 ……思えば、祭りの時も、康正の監視を命じられた。
 あの時は、はっきりと意図は申されなかったが……。

 ――しかし、何故、このような手のかかる真似を……? 刺客を使う手もあろうに。

「……私は、どのように振る舞えば良いのですか」
「はっきりと申せ。お前と夫婦になったのは、帝の命だからであり、お前を愛してなどおらぬと……まあ、お前はあやつを愛してなどおらぬとはおもうがな」
「……っ」
「いつでもお前達を見張っているのを、忘れるでないぞ」
「……は」

 返事をするのが精一杯だった。

 一人になり、庭に降りたった英心は、しばし夜風にあたり頭を冷やす。

 帝のあの態度、妙であると思案する。

 ――まさか、帝は、何か企んでいるのか。

 鬼憑きの者を回りくどいやり方で、殺める理由がわからぬ。
 だいたい、道満や久遠のような輩を野放しにしているのも解せぬ。

 ――鬼憑きを利用しようとしているのか。

 数年前の都が荒れた件も、晴明がいうには、鬼神が絡んでいたと話していた。
 鬼神は人の怨念に深い繋がりがある。
 関わった者を殺めよと命を下さず、ただ陰陽師達に、人々を守れと告げただけなのには、ひっかかっていた。

 ――帝、私は康正を見捨てる事はできませぬ!

 冷淡に接すれば、康正は不安定になるかもしれない。
 だが、見張られている以上、命に従わねば危険だ。

 ――帝の目論見を暴き阻止するまでは、想いは告げられぬ!

「皮肉なものだ……やっと、己の気持ちを知れたのに、伝えられぬとはな」

 落胆し、月を見据えて呟いた。



 宴に呼ばれた泰正は、明るい歌声で盛り上がる場に、己は似つかわしくないと感じて縮こまっていた。
 隣に座る英心は、まっすぐに前を見据えて酒を呑んでいる。

「そなたたちの祝の場じゃ、遠慮する必要はないぞ」
「は、はあ、ありがとうございます」
「有難きお言葉です」

 泰正はまだ納得していなかったが、英心の有無を言わせぬ迫力に負けて、大人しくすると決めた。

 夫婦などと、まさか英心とそんな仲になれるとは、夢を見ているのではないかと、信じられない。

 ――英心をまともに見れん!

 馬鹿みたいに歌う和泉を睨みつけると、そっぽをむく。

 ――やはり久遠のことを、帝に告げ口をしていたのだな。

 先程から帝は上機嫌で酒を呑み、手拍子までしている。
 こうして帝が目の前で和やかに食事をしている様は、めずらしく感じてため息をついた。

「そうじゃ、あの男子二人、道満については、今後は朕が預かるでの」
「……さようですか」

 英心があっさりと認めるので、康正は口を挟んだ。

「どのような処遇を……?」
「案ずるな。悪いようにはせん。道満と、あやつとつるんでいた男子は、何かしらの罰を与えねばならぬがな……」

 蓮とは今後、自由にあえないだろう。
 魔鏡師の主は、帝と直に言葉を交える間柄。
 主を信じるしかあるまい。

「晴明はこれからも異空間の監視をつづけてもらう。そなたたちも、引き続きこの都を陰陽師として守るよう精進するのじゃ」
「「はい」」

 同時に返事をすると、妙な気分になった。
 英心と目があって顔が熱くなる。
 康正はすぐに瞳を伏せた。 

 ――英心は、帝の命だから私と夫婦になる事を受け入れたのだ! 期待などするな!

 康正の態度をみた帝が、扇子を振って高笑いする。

「なんとも初いのう! 康正よ! ハハハッ」
「康正殿は女子と手も繋いだことがないだとか……なんともかわいらしいですな!」

 和泉まで帝の機嫌をとるために、わざとらしく大笑いした。

 ――か、からかいおって! 

 ふと英心を見やると、宙を見つめてぼんやりとしていた。

 ――英心?

 何を考えているのだ……?

「もっともっと歌え! 酒じゃ酒じゃ!」

 帝の興奮した声と、和泉が歌う馬鹿みたいに明るい歌声が響く中で、康正と英心の周りだけが、重苦しい空気に包まれていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...