焔の龍刃

彩月野生

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第四章【聖と闇の舞踏】

第5話〈運命に向かって〉

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 茉乃は老人に身を寄せて、ここから出るのを手助けして欲しいと懇願した。
 小声で耳元に囁くと、老人は首をもたげて、考え込む。
 どうしてアントーニオが、この老人を傍に置くのか不思議でならなかったが、今は彼に頼るしかない。
 やがて老人は頷いて、茉乃に床を見るようにと手を下に向けた。目を凝らすと、小さな穴が見える。手をかけたら、上に開きそうだ。
 茉乃は貴一をどう助けるべきか、老人に相談した。突然、窓が勝手に開いて身をすくませる。吹き込む風に、光がまとうのを見て、茉乃は自然と貴一に呼びかけた。

 “貴一さん、私はここよ、ここから出ましょう”

 声音は響き渡るが、誰かが気付く気配はなく、代わりに風がふたたび吹き込み、光の小さな玉が周囲に漂う。

 “茉乃さん無事で良かった。僕は隠し扉を見つけたよ、外に出られそう”

 はっきりと耳に届いたのは、貴一の声だ。茉乃は胸に手をあてて息をつく。
 涙がはらはらと頬を伝い落ちる。
 茉乃は貴一がどこにいるのか問いかけた。なんとすぐ隣の家らしい。
 老人は、床下へ行くようにと手振りで促す。彼はこの場にいなければならいようだ。お礼を小声で伝えて、床の扉をひらく。やはり、階段が下へとつづいている。
 茉乃は手探りで下りた。

 貴一は、ドア越しの見張り役の男達に意識を向けると、椅子に腰掛けて瞳を閉じて、集中していた。
 茉乃が近くにいる。目を開いた瞬間、床下から音がしたので、すばやくかがみ、穴を見つけて持ち上げた。
 はたして扉が上へと持ち上げることができた。
 暗がりから現れたのは、茉乃である。
 貴一は抱きついて喜色の声を上げた。

「無事で良かった!」
「貴一さんも」

 包容を交わし、微笑みあう。
 つい状況を忘れかけたが、うなずきあって、窓へと歩みより、外を伺う。
 茉乃がいるなら、遠慮は無用。茉乃にさがるように忠告後、拳を振り上げて窓ガラスを破壊した。
 破裂音に気づいた見張り役の村人達が追ってくるが、素人になぞ鍛錬している貴一に適うはずもない。 
 貴一は力加減をしながら、次々と男達をなぎたおし、茉乃の腰をだいて颯爽と村からの脱出を果たす。
 山道を転がるようにくだるが、木々と岩の間に身を隠して、追手から逃れた。
 日が傾くと危ない。貴一は“マリア”から言われた言葉を思い出して、連れていきたい場所があると茉乃を説得する。
 茉乃は何も言わずにうなずいてくれた。

 アルギニア村では、貴一と茉乃が逃げ出したと騒ぎになっていた。
 夕都はアントーニオへと振り上げた切っ先をおろして、朝火に叫ぶ。

「二人を追おう!」
「ああ」
 
 朝火も刀を降ろして窓を蹴る。
 ガラスが飛び散るが、両手と刀身で顔を庇って、外に飛び出す朝火に続く。
 地に足裏をつけて屋敷の門を駆け抜けると、前方に数十人の黒服が見えた。
 衣装からしてアントーニオのお仲間らしい。夕都は刀の柄を振り上げて男達のみぞおちにおみまいする。
 朝火が蹴りで奴らの足を振り払う。
 体格は奴らが良いが、機敏さはこちらが上だ。怒声をさけびながらなおも山道を転がるように追ってくるが、夕都は、わずかな茉乃と貴一の“龍脈の気”を知覚して、朝火を誘導しつつ、地を滑るように走っていく。

 アールシュの姿が見えなかったが、さきほど脳内に後で追いつくと聞こえたので、先を急いだ。

 屋敷に残っていたアールシュは、アントーニオが自ら二人を追う気配もなく、こちらに手を出そうともしないため、様子を伺う。
 長い卓を挟み、アントーニオの鋭い双眸を見据えていると、彼はドアへと歩を進める。
 アールシュを警戒する様子もなく、見張り役の男達や村長もおとなしい。
 視線を泳がせてアントーニオについていく。屋敷の地下室の床下がどこかに繋がっているようだ。
 階段をしばらく降りて、ランプに照らされた地下道を歩く。やがて階段が上へと繋がり、扉が開かれたら、光で目が痛い。アントーニオの声がする。

「やはり逃しましたか。ちょうど良い、彼は太陽神の化身だ。龍主にかならず伝えるだろう」
「何?」

 アールシュは地下道から室内にあがると、ここは小さな部屋だと認識した。
 小さな卓とベッドしか見当たらない。
 ここには、囚われていた少女か少年がいたのだと、察した。
 アントーニオは、窓の前で車椅子の老人に語りかけている。
 老人は物言わず、ただ頷いて車椅子を手で押しながら、アールシュの前に進み出てきた。
 手を差し伸べると、老人はゆっくりと口を開いて言葉を紡ぐ。

「心の清い人たちはさいわいである。

 彼らは神を見るであろう。」

 アールシュは、目を見開いて老人の手を両手で握りしめる。震える手指が隠せず、思わず聞き返した。

「その言葉をおっしゃられるのは……まことか」

 脳内に響く厳粛な言葉は、どれもかの救世主の意思を示している。
 ならば、とアールシュはひざまずいて、アントーニオにとうた。

「お前の所業か」
「俺じゃないさ。まあ、いずれわかる。さあ、行こう」
「どこへ」

 ドアを片手で開いたアントーニオは、老人の座る車椅子を押して進む。
 笑い声をあげるだけで答えず、軋んだ音をたてて廊下を歩いていく後ろから追いかけた。
 アントーニオはやがて庭にて立ち止まり、佇み、空を見上げた。アールシュも空を仰ぐと、茜に染まる空は絵に描いた炎のようであると、瞳を細めた。


 アルギニア村からだいぶ離れたものの、夜の帳が迫る最中、野生動物を警戒しなければ。ちょうどよく廃屋を見つけられたため、夕都と朝火はここで一晩過ごすことに決めた。

 かつては登山者の休憩所だったらしく、簡易ベッドやら、卓や椅子があり、あけていないペットボトルがダンボールに敷き詰められている。
 期限前で開封されていないので、有り難く喉を潤す。
 簡易ベッドは朝火に使うように強くすすめたが、朝火は無言で椅子に腰掛けてしまうので、夕都はベッドに横たわる。
 先々や現状について話しあう。

「貴一と茉乃の足で、俺達よりもはやく下山するのは考えられない」

 朝火が顔だけこちらに向けると深く頷いて、懸念される事態を口にする。

「万が一、茉乃が命を捧げたりしなければいいが」
「レイラインに変化があれば、俺にはわかる」
「そうだな」

 山道を行くは手慣れたものだが、いかんせん、アントーニオの行動が予測できない。ひとまず、睡眠を優先した。

 風が家屋を叩く音に目を覚ます。

 夕都はベッドから上半身を起こして、ドアが開かれているのを見つめる。ふいに白い影が入り込んだかと思えば、ドアの前で佇む。金髪の少女が微笑み、風に身を委ねている。
 胸元の十字架に気づいて、白い衣服の少女はシスターだと理解した。
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