焔の龍刃

彩月野生

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第四章【聖と闇の舞踏】

第13話〈降りたつ歪〉

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 両側に土産屋や、レストラン、ホテルが並ぶ、「グランド・リュ」という修道院に続く道。
 夕都は、朝火と共にある有名店にて休憩をしていた。

「これがモンサンミッシェル名物ふわふわオムレツかあ」

 観光客で賑わう店内の喧騒に飲まれながらも、運ばれてきたふわふわオムレツに夕都は目を見開いて、早速ナイフをいれてみた。
 まるでとろけるように中がひろがり、良い香りが鼻腔をくすぐる。
 対面に座っている朝火も、同じようにオムレツをナイフとフォークで広げて、瞳を細めた。

 夕都はフォークでふわふわな卵を口中に放り込む。淡白な味だが、添えられたポテトと食べるとちょうど良い塩気だ。咀嚼して飲み込んでから朝火に話かける。

「マッテオがモンサンミッシェルにいるのは間違いないのに、あいつから放たれるレイラインの力を辿れない」
「意図的に遮断しているようだ」
「だろうな」

 朝火はオムレツを丁寧な所作で口の中に運び、ゆっくりと咀嚼した。
 瞳をまたたかせて、もう一口食べるとやはりゆっくりと飲み込む。
 午後2時を迎えたモンサンミッシェルは、窓からの日差しに早くも翳りが見えている。

 ともかく、すでに警察も入り込み、調査を行っているようだし、こちらが先に見つけなければ。
 逆に警察の情報網を利用しようと考え、動きを確認すべく、一旦、休憩にしたのだが、なかなか事態を掴めない。

 ふと店の入口の先に、数人の修道女が見えた。彼女らは、モンサンミッシェルに住む、文化の守人である。
 一番老齢の修道女が、こちらに視線をよこすと、顔を背けて他の修道女達とはべつの路地に向かう。
 夕都は朝火を見やり、うなずきあうと席を立った。

 彼女は路地の突き当りで二人を待ち構えていた。
 人のいない石畳の路地は、日差しもはいらないせいか、うら寂しい雰囲気をただよわせる。
 修道女は頭を下げて震える声音で言った。

「どうかお引取りください、あの方をとめることなどできません」

 その言葉に確信する。マッテオを手引しているのは彼女だと。
 朝火が進み出て頭を垂れた。
 修道女は眉根をひそめて朝火を見つめる。

「人々の危機が迫っています。どうか、御慈悲を」

 朝火の淡々とした口調には、誠意が込められているのはわかるが、修道女は、訝しむばかりで微動だにしない。
 時間が惜しい……夕都は手をかかげて咄嗟に龍脈の力を修道女の頭上に放つ。
 修道女は目を見開いて淡い光を見上げて硬直した。
 その唇をゆっくりと蠢かす。

「こ、これは、東洋の……」

 どうやら、龍脈について見識がある様子だ。
 ならば話は早い。
 夕都は修道女に歩み寄り、手のひらをさしだすと、切実に話を切り出す。

「マッテオは、人間の在り方を変えようとしているんです、貴女は、どうしてそんな奴を庇うんですか?」
「……私には、拒否権なんて」

 瞳を伏せる顔は悲痛に満ちている。
 言葉には言い表せぬような複雑な事情を抱えているようだ。
 マッテオの居場所は、彼女にしかわからない。悠長にしている時間はないのだ。
 夕都は、修道女の魂を龍脈の力で感じ取り、その業を探る。

 “ミカエルの下僕”

「下僕?」

 ミカエルの従者――一族。

 血筋に縛られている。 

 ふと、視界が光を帯びた。
 見上げれば、空がやけに煌やいている。
 まるで火の塊がただようかのようだ。
 夕都は瞳を閉じて、意識を集中させる。

 修道院の天辺、誰かがたたずんでいるのが見えた。

「マッテオ……!」

 ようやく、レイラインを辿れた。
 背中に光の翼を生やしたマッテオが、空へと両手を広げて何かをささやいている。

「夕都!」

 朝火の呼び声に夕都は目を開く。
 空は、灰色に染まり、そこかしこから人々の声がひびきわたる。
 重苦しい地響のような音がせまりくる。
 鼓膜を震わせる最中、夕都は咄嗟に力を解放した。
 あたり一面が淡い光につつまれていく。
 龍脈の力をレイラインとあわせて、結界をはったのだ。
 一筋の光が、天からおりたつ。
 修道院の方角からかがやきが放たれ、まるで流星が放出されるように明滅する。

「あ、ああ……ついに」 

 老齢の修道女の声音は震えて、薄目を開けてみれば、涙を流していた。

 ――時間がない!

 夕都は朝火の腕を掴み、力を使い、近くの屋根に飛び移る。すでに入り込んだ警察官が右往左往するのを尻目に、追われながらも、屋根の上をとびうつり、修道院へとひたはしる。
 無論、龍主としての力を使っての速度ではあるが、なかなか素早く動けるものだ。
 町並みが風のように過ぎ去る。
 轟音が近づく。修道院の天辺は灰色の雲に覆われて、どこからともなく、爆発音がひびく。
 夕都は朝火とともに、屋根や壁をけりあげながらも、音の正体を気でさぐる。

 “衛星から射出された石壁の一部が飛行機をかすめた”

 夕都は唇をかみしめた。
 朝火に脳内で刀を使うよう念を押して、とうとう修道院の回廊におりたつ。
 まわりの人々は既に退避していたが、状況がいまいち把握できず、指示役の男は観光客をなだめるので精一杯のようすだ。
 二人に気づくと慌ててこえをかける。

「何をしてるんです! はやく逃げてください!」
「上には何がある?」

 朝火の問いかけに、男はおびえたそぶりで答えた。

「い、石の塊が降ってきた! それに、誰かが上に!」
「よし! いくぞ朝火!」
「ああ」

 夕都は朝火と再び手をつなぐと、壁をかけあがっていく。
 下から叫び声がしたが二人を心配したり、驚愕した声だったので、無視をした。


 尖塔には黄金のミカエル像が設置してあるはずだが、暗雲で見えない。
 マッテオはすでに暗雲のなかの“石の塊”に入り込んだようだ。
 朝火が壁にはりついたまま、片手で刀をさやぬき、ふりあげて、暗雲を斬りさく。甲高い音と共に暗雲は裂かれ、現れた石の塊の正体に夕都は思わず叫ぶ。

「これが、歪の教会か!」

 こじんまりとした石造りの教会が、暗雲の中に浮いていた。
 屋根には、十字架と大天使ミカエルの像を載せて。

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