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第二章【神無殻の業】
第8話〈龍脈の胎動〉
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茉乃が貴一を見て、膝を付き、青ざめて小さな肩を震わせる姿を見て、夕都は瞳を伏せた。
貴一は既に手遅れだ……落胆していたら、朝火が目を向けて来たので問いかける。
「どうした?」
「彼の魂は、聖木に取り込まれたようだ」
「その形代は、そんな役割を?」
頷く朝火から、形代を受け取り、繁々と眺める。
鈍い光を放つが、刃こぼれをしている。
これでよく貴一の肩を貫いたものだ。
怒りの心に感心が混じり、苦笑した。
形代を両手で持ち、意識を集中させてみる。
全身が熱くなって、形代から気を感じ取ると、その持ち主に歓喜する。
「貴一だ!」
夕都は形代の柄を片手で持ち直して、茉乃にある事実を告げた。
「茉乃ちゃん朗報だ! 貴一くんを助けられるぞ!」
「え!? ほ、ほんとうですか!?」
夕都は茉乃に、丁寧に説明する。
貴一の魂は、形代を通して聖木に取り込まれたため、龍脈から魂を助け出せるかもしれないと。
茉乃はふらつきながら起き上がり、恭しく頭を下げた。
夕都は目を見開いて手を振る。
「なんの真似だよ、茉乃ちゃんが頭を下げることはないんだって」
茉乃は顔を振り、視線をこちらに向けた。目は充血して、いまにも雫が溢れ出しそうである。夕都は頭に手をやり、朝火を見やる。
朝火はいつもと変わらずに泰然自若とした様子で、成り行きを見守るだけらしい。
夕都は腕を組み、視線を空へと泳がせる。茉乃をどうするべきかと思案しつつ、柔らかな日差しが雲間から降り注ぐ様を眺めた。
――美作一族の令嬢ならば、巫女の資格はあるはずだ。
ならば、冨田は茉乃を聖木に取り込ませて、龍脈を操ろうと画策した可能性は高いだろう。
悠月が貴一をこの場に呼び出したのは、冨田を脅すためだけでなく、貴一を始末しようと目論んだのだろう。
妹の茉乃まで連れて来たのは、貴一の隙を伺うためだろうが、何にせよ、妹を守りたいのならば、軽率な行為だ。
茉乃はこの場を離れたほうが得策だ。
貴一の身体を腐らせないよう、処置をしなければならない。
大内明珠に呼びかける。
「大内殿、お願いがございます」
「なんじゃ、スサノオの童」
“童”という呼ばれ方に違和感を覚えたが、気を取り直して話しを続けた。
「こちらの二人を預かって欲しい」
明珠は素直に頷いてくれたので、ひとまず安心だと息を吐いたが、油断は禁物。彼女は、生前の性格とは違うのだ。
へりくだるだけでは気が変わる可能性がある。
ふと、明珠の後方にたつ鷲が、手を振るのに気づく。興奮した様子で、眼鏡の奥の目を光らせて、しきりに明珠を見やる。
夕都も明珠を見つめた。
彼女は、鷲と夕都の視線、態度を見て、眉を吊り上げてまたたいた。
着物の裾に手を突っ込み、何やらごそごそし始めると、ある物体を取り出す。
それを夕都に突き出したので、物体を間近に見て、思わず叫んでしまう。
「そ、それはっ」
ツインテールの巫女服姿の少女と、学生服姿の少年が連なって、躍動するかのような“フィギュア”である。
二人とも手には呪符を持ち、敵を見据えるように厳しい顔つきをしている。
夕都は両手を掲げるが、どうしても震ええてしまう。
「こ、これはあっっ」
「ふふっやはり宝物のようじゃな。そなた、これが欲しいのならば、妾の言うことを聞くのじゃ」
明珠はフィギュアをサッと退けると、口元を吊り上げた。
夕都は手を下ろして唸る。
対価を払うのは当然ではあるが、金銭を必要とするわけはないし、朝火に視線をやるが、瞳を細めて軽く息をつくだけだ。
夕都は明珠に笑いかけて、遠慮がちに話しかける。
「何か望みがあるなら、ききますよ」
「ならば。そなた、貴一という男子を助けたければ、龍脈と一体化するのじゃ」
「……龍脈と一体化」
明珠の言葉を噛みしめて息を呑む。
言わんとする意図が理解できたのだ。
脳裏にはある光景が広がった。
光に飲み込まれる童子達の絵。
かつて、ある僧が描いたものであるが、彼は数多のスサノオの童子がこうして、巫女の犠牲では足りぬ部分を補ってきた、忘れてはならないと弟子に説いていた。
夕都は目線を地に落とす。
こみ上げる思いは無視できない。
「童子達にだって、普通の人生を送る権利はあるはずだ」
「おほほっその童子に犠牲になるように手を下したのは、神無殻であろう? 憎悪するなら、なぜそなたはその者といるのじゃ? 本来であれば、そなたが童子達の主となり、神無殻を滅ぼすべきであろう?」
不穏な物言いに明珠に向き直る。
胸の内に苦い気持ちが広がっていく。
握りしめた手のひらから血が滲んだ。
朝火が傍に歩み寄る気配がして、顔を上げると、後ろ姿に目を瞠る。
その右手は再び、腰にさげた刀の柄にかけられていたのだ。
明珠は朝火をあざ笑うように袖を払って、口元を隠す。
「やる気かえ。侍よ」
「彼はこの国にとってかけがえのないお方。私の命に変えてもお守りする」
朝火の決意が現れた力強い言葉に、夕都の胸に熱いものが広がる。
昔から冷静沈着で、感情を表にださない奴だが、確かな絆を感じた。
明珠など、眼中にない。
夕都は、朝火の背中越しに明珠を呼ばわった。
「明珠どの! この司東朝火は、俺を守るためなら手加減なんて一切しない。どうかお退きいただきたい!」
「妾がこのような若造、怖がるとでも?」
「明珠どの! 話が違いますぞ! しかし今は、貴一殿の保護が優先!」
鷲が貴一を背負って苦言を呈する。
夕都は鷲にお礼を伝えてから、明珠に改めて願い出た。
「彼の言うように、今は人助けが優先だ。お願いいたします」
深々と頭を下げて、懇願した。
朝火も頭を垂れて、明珠に「お願いいたします」と、丁寧に伝える。
続けて茉乃も、一心不乱に頭を下げてひたすらに「お願いいたします」と懇願した。
少しの間の後、明珠がため息と共に、承諾する言葉を告げるのを聞いて顔をあげた。
明珠は顔をそむけて、またも息をつくと、袖を振りかざして鷲を呼ぶ。
「鷲よ、そやつを連れて後に続くがよい」
「ハッ!」
夕都は、茉乃に向き直り、貴一の身体を守るように諭す。茉乃は涙目で頷いた。
「わかりました。どうか、貴一さんを呼び戻して下さい」
「うん。任せておいて」
「夕都殿、落ちつかれたらまたこちらにてお会いしましょうぞ」
「うん。ありがとう」
鷲に説明するべきかと悩みつつ、鷲が歯を見せて親指を立てて笑う様を見て、笑顔で見送る。
とっくに逃げた冨田と悠月を追うべきだが、目的地は同じはず。
夕都は、聖木の幹に手を添えて意識を集中させた。
龍脈を感じるものの、器用に魂だけを入り込ませるには、今の夕都の能力では不可能であろう。
朝火が腕を掴み、幹から引き剥がして頭を振った。
苦笑してその肩を軽く叩いてやる。
「一体化なんて考えてないって」
「そうとは限らないだろう」
朝火の瞳は射抜くように光をたたえ、木陰に映えた。
ふと、夕都は地面に目をやる。
大地に微かな違和感を覚えたのだ。
朝火も同じ様子で、地面を見つめてから周囲にも目線を泳がせる。
日が陰り、空を見上げると、灰色の雲が瞬く間に広がりゆく様が見えた。
夕都の胸騒ぎは収まらず、ジャケットの胸ポケットからスマホを取り出し、なんとなく情報を探す。
リアルタイムで呟かれた内容と写真に心臓が跳ねた。
小さな唸り声と共に司東に見せる。
司東は唖然とした様子で声を上げた。
「火山だと」
各地の火山活動により、微振動が起き始めている。
中でも、都心に甚大な被害をもたらしかねない、富士山も煙を吹き出して今にも爆ぜようとしていた。
夕都は形代を自分が持っている刀と共に厚布に包み、リュックを拾って、朝火の手を取ると駆け出す。
朝火が声を張り上げる。
「高野山か」
「そうだ!」
龍脈を制御し、火山を鎮めるにはそれしかない。そして、唯一、貴一を助ける術だ。
貴一は既に手遅れだ……落胆していたら、朝火が目を向けて来たので問いかける。
「どうした?」
「彼の魂は、聖木に取り込まれたようだ」
「その形代は、そんな役割を?」
頷く朝火から、形代を受け取り、繁々と眺める。
鈍い光を放つが、刃こぼれをしている。
これでよく貴一の肩を貫いたものだ。
怒りの心に感心が混じり、苦笑した。
形代を両手で持ち、意識を集中させてみる。
全身が熱くなって、形代から気を感じ取ると、その持ち主に歓喜する。
「貴一だ!」
夕都は形代の柄を片手で持ち直して、茉乃にある事実を告げた。
「茉乃ちゃん朗報だ! 貴一くんを助けられるぞ!」
「え!? ほ、ほんとうですか!?」
夕都は茉乃に、丁寧に説明する。
貴一の魂は、形代を通して聖木に取り込まれたため、龍脈から魂を助け出せるかもしれないと。
茉乃はふらつきながら起き上がり、恭しく頭を下げた。
夕都は目を見開いて手を振る。
「なんの真似だよ、茉乃ちゃんが頭を下げることはないんだって」
茉乃は顔を振り、視線をこちらに向けた。目は充血して、いまにも雫が溢れ出しそうである。夕都は頭に手をやり、朝火を見やる。
朝火はいつもと変わらずに泰然自若とした様子で、成り行きを見守るだけらしい。
夕都は腕を組み、視線を空へと泳がせる。茉乃をどうするべきかと思案しつつ、柔らかな日差しが雲間から降り注ぐ様を眺めた。
――美作一族の令嬢ならば、巫女の資格はあるはずだ。
ならば、冨田は茉乃を聖木に取り込ませて、龍脈を操ろうと画策した可能性は高いだろう。
悠月が貴一をこの場に呼び出したのは、冨田を脅すためだけでなく、貴一を始末しようと目論んだのだろう。
妹の茉乃まで連れて来たのは、貴一の隙を伺うためだろうが、何にせよ、妹を守りたいのならば、軽率な行為だ。
茉乃はこの場を離れたほうが得策だ。
貴一の身体を腐らせないよう、処置をしなければならない。
大内明珠に呼びかける。
「大内殿、お願いがございます」
「なんじゃ、スサノオの童」
“童”という呼ばれ方に違和感を覚えたが、気を取り直して話しを続けた。
「こちらの二人を預かって欲しい」
明珠は素直に頷いてくれたので、ひとまず安心だと息を吐いたが、油断は禁物。彼女は、生前の性格とは違うのだ。
へりくだるだけでは気が変わる可能性がある。
ふと、明珠の後方にたつ鷲が、手を振るのに気づく。興奮した様子で、眼鏡の奥の目を光らせて、しきりに明珠を見やる。
夕都も明珠を見つめた。
彼女は、鷲と夕都の視線、態度を見て、眉を吊り上げてまたたいた。
着物の裾に手を突っ込み、何やらごそごそし始めると、ある物体を取り出す。
それを夕都に突き出したので、物体を間近に見て、思わず叫んでしまう。
「そ、それはっ」
ツインテールの巫女服姿の少女と、学生服姿の少年が連なって、躍動するかのような“フィギュア”である。
二人とも手には呪符を持ち、敵を見据えるように厳しい顔つきをしている。
夕都は両手を掲げるが、どうしても震ええてしまう。
「こ、これはあっっ」
「ふふっやはり宝物のようじゃな。そなた、これが欲しいのならば、妾の言うことを聞くのじゃ」
明珠はフィギュアをサッと退けると、口元を吊り上げた。
夕都は手を下ろして唸る。
対価を払うのは当然ではあるが、金銭を必要とするわけはないし、朝火に視線をやるが、瞳を細めて軽く息をつくだけだ。
夕都は明珠に笑いかけて、遠慮がちに話しかける。
「何か望みがあるなら、ききますよ」
「ならば。そなた、貴一という男子を助けたければ、龍脈と一体化するのじゃ」
「……龍脈と一体化」
明珠の言葉を噛みしめて息を呑む。
言わんとする意図が理解できたのだ。
脳裏にはある光景が広がった。
光に飲み込まれる童子達の絵。
かつて、ある僧が描いたものであるが、彼は数多のスサノオの童子がこうして、巫女の犠牲では足りぬ部分を補ってきた、忘れてはならないと弟子に説いていた。
夕都は目線を地に落とす。
こみ上げる思いは無視できない。
「童子達にだって、普通の人生を送る権利はあるはずだ」
「おほほっその童子に犠牲になるように手を下したのは、神無殻であろう? 憎悪するなら、なぜそなたはその者といるのじゃ? 本来であれば、そなたが童子達の主となり、神無殻を滅ぼすべきであろう?」
不穏な物言いに明珠に向き直る。
胸の内に苦い気持ちが広がっていく。
握りしめた手のひらから血が滲んだ。
朝火が傍に歩み寄る気配がして、顔を上げると、後ろ姿に目を瞠る。
その右手は再び、腰にさげた刀の柄にかけられていたのだ。
明珠は朝火をあざ笑うように袖を払って、口元を隠す。
「やる気かえ。侍よ」
「彼はこの国にとってかけがえのないお方。私の命に変えてもお守りする」
朝火の決意が現れた力強い言葉に、夕都の胸に熱いものが広がる。
昔から冷静沈着で、感情を表にださない奴だが、確かな絆を感じた。
明珠など、眼中にない。
夕都は、朝火の背中越しに明珠を呼ばわった。
「明珠どの! この司東朝火は、俺を守るためなら手加減なんて一切しない。どうかお退きいただきたい!」
「妾がこのような若造、怖がるとでも?」
「明珠どの! 話が違いますぞ! しかし今は、貴一殿の保護が優先!」
鷲が貴一を背負って苦言を呈する。
夕都は鷲にお礼を伝えてから、明珠に改めて願い出た。
「彼の言うように、今は人助けが優先だ。お願いいたします」
深々と頭を下げて、懇願した。
朝火も頭を垂れて、明珠に「お願いいたします」と、丁寧に伝える。
続けて茉乃も、一心不乱に頭を下げてひたすらに「お願いいたします」と懇願した。
少しの間の後、明珠がため息と共に、承諾する言葉を告げるのを聞いて顔をあげた。
明珠は顔をそむけて、またも息をつくと、袖を振りかざして鷲を呼ぶ。
「鷲よ、そやつを連れて後に続くがよい」
「ハッ!」
夕都は、茉乃に向き直り、貴一の身体を守るように諭す。茉乃は涙目で頷いた。
「わかりました。どうか、貴一さんを呼び戻して下さい」
「うん。任せておいて」
「夕都殿、落ちつかれたらまたこちらにてお会いしましょうぞ」
「うん。ありがとう」
鷲に説明するべきかと悩みつつ、鷲が歯を見せて親指を立てて笑う様を見て、笑顔で見送る。
とっくに逃げた冨田と悠月を追うべきだが、目的地は同じはず。
夕都は、聖木の幹に手を添えて意識を集中させた。
龍脈を感じるものの、器用に魂だけを入り込ませるには、今の夕都の能力では不可能であろう。
朝火が腕を掴み、幹から引き剥がして頭を振った。
苦笑してその肩を軽く叩いてやる。
「一体化なんて考えてないって」
「そうとは限らないだろう」
朝火の瞳は射抜くように光をたたえ、木陰に映えた。
ふと、夕都は地面に目をやる。
大地に微かな違和感を覚えたのだ。
朝火も同じ様子で、地面を見つめてから周囲にも目線を泳がせる。
日が陰り、空を見上げると、灰色の雲が瞬く間に広がりゆく様が見えた。
夕都の胸騒ぎは収まらず、ジャケットの胸ポケットからスマホを取り出し、なんとなく情報を探す。
リアルタイムで呟かれた内容と写真に心臓が跳ねた。
小さな唸り声と共に司東に見せる。
司東は唖然とした様子で声を上げた。
「火山だと」
各地の火山活動により、微振動が起き始めている。
中でも、都心に甚大な被害をもたらしかねない、富士山も煙を吹き出して今にも爆ぜようとしていた。
夕都は形代を自分が持っている刀と共に厚布に包み、リュックを拾って、朝火の手を取ると駆け出す。
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