焔の龍刃

彩月野生

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第三章【龍主の宿命】

第6話〈華山の番人〉

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 視界が赤い靄いっぱいになったかと思いきや、急に晴れた。

「かはっ」
「夕都!」

 咳こむ夕都の背中を誰かがさする。
 顔を向けると、そこには朝火がいた。
 顔には汗をかいて私服姿となり、シャツにパンツだけだ。
 夕都は呼吸が落ちついた後、全身から溢れ出る汗に眉根を寄せる。
 薄暗い周囲を見渡して、手探りで地を触るが、岩であるようだ。
 疑問を口にした。

「華山の、どこなんだ?」
「赤い龍脈の力が、俺達をここに導いた。洞窟らしい」
「洞窟?」

 ふと、ジャオハンの行方を尋ねるが、わからないという。
 朝火が刀を持つようにと差し出したので掴んだ。
 夕都は起き上がり、傍の壁に触れてみた。
 すると、押し込むことができて声を上げる。

「なんだこれ!? 岩がボタンみたいに動くぞ!!」
「なんだと?」

 揶揄したように、その岩は、洞窟の岩肌と同化していたが、確かに人の手のひらほどに四角く浮き上がり、押し込めた。
 夕都が押し込んだ途端、低くて鈍い、何かを引きずるような音が洞窟内に反響する。同時に地が鳴り響くと、足元が揺れた。
 四角い岩の隣が開いて、奥から冷気がただよう。夕都は朝火を手招きながら、慎重に石の扉をくぐった。
 目の前に現れた光景に、声を上げずにはいられなかった。

「なんだこれ~!?」
「墓、か?」

 扉の奥は大きな空間が広がっていた。
 石階段が下方へと続いており、円状に石柱が無数に突き刺さっている。
 夕都は階段をくだり、一番手前にある石柱に手を添えたら、何かが足元にあるのに気付いて見た途端、声が出た。

「うわっ人が!」
「これは」

 屈み込んだ朝火が、倒れている人を確認する。石柱に背中を預け、力なく手足を伸ばしている。口元に手を当てて呼吸を確かめたようだ。
 朝火は目を見開いてゆっくりと立ち上がり、夕都に向き直る。 

「仮死状態に似ているな」
「仮死状態?」

 病院へ運ぶべきだと考えたが、どうも様子が変だ。
 倒れているのは、老齢の女性であり、よく見れば、古めかしい衣服を着ているのがわかる。
 洞窟内が視認できるのは、天井や壁が光っているからだと知り、観察したくて石柱の中を歩き出す。
 すぐに異常に気づいた。
 石柱と石柱の間には、大の大人四人が通れるほどの距離が開いているが、その石柱の太さは成人男性二人分の腕回りといったところか。その高さは三メートルほど。
 階段の上から眺めた時の光景からして、この場の洞窟の天井の高さは、二十メートル近くあるかもしれない。

 そんな洞窟の中、無数に点在する石柱のどれもに、人がもたれかかり、しかも仮死状態なのである。

「みんな着てる服装がバラバラだな」
「ああ」

 年齢も老若男女と様々だ。
 衣服については、男も女も民族衣装やらシャツにパンツ、スーツや軍服といった具合である。
 皆中国人であろう。

 ふと、空気の振動を感じて起き上がり、周囲を見回す。
 どこからか風が吹いてきたかと思えば、息遣いが聞こえた。
 それは、かすかな声から叫声となって響き渡る。

「侵入者よ! 立ち去るなら命は奪わないでやろう!」
「この声は……?」

 流暢な日本語だ。声は笑い声となり、近づいてきた。
 奥にそびえ立つひときわ巨大な石柱の上から、人影がこちら側の石柱に飛び移ってくるのが見えて、身構える。
 目前の石柱にその影が降りたつ。
 夕都は人影を睨みつけて顔を見ようとしたが、上は暗くてよく見えない。
 厳しい声が降ってくる。

「神聖なるこの場によそ者は要らん。いますぐ立ち去れ!!」

 声音からして男だ。
 夕都は朝火に身を寄せて、警戒する。
 男は気合いを発した声を上げて地上に降りたった。
 姿を見せたのは、夕都と同年代らしき男であり、詰め襟に、袖の短い衣装を着ている。袖丈の短い漢服のようなデザインだ。
 首後でまとめた黒髪を揺らし、夕都を睨みつけてくる。その目に何かを感じたのだが、それがなんなのかはわからない。一方、男も目を瞠り、夕都を凝視していたが、咳払いをすると視線を朝火に移す。

「何をしに来た? どうやってこの洞窟に入り込めた?」
「我々は、ある人を捜しに日本から渡って来ました。彼の父親が華山にいるという話しを耳に入れたのです」

 朝火の話しを聞いた男は、眉根を寄せて、視線を夕都へと戻した。
 名前を尋ねられたので、素直に答える。
 男は押し黙り、自分の事は番人とでも呼べと言って名乗らない。
 夕都は朝火と顔を見合わせる。
 改めて洞窟の内部を観察して歩くと、岩肌一面は、特殊な石が埋められているために光を放つようだ。

 番人が石柱の間を縫うようにして追いかけてきて、二人の前に回り込む。

「この場にいれば、いずれ彼らのようになるぞ、良いのか」

 伸ばされた手の先には、だらしなく身を投げだした道服姿の男が地に伏している。夕都は一瞬焦りを覚えたが、彼の道服は母が作ったものではないので、胸元に手を当てて、息をゆっくりと吐き出す。

 番人に向き直り、彼らの正体について問う。

「この人たちはいったいなんなんだ」
「精霊人だ」

 精霊人……その存在は不可思議であり、理解不能な部分も多い。
 番人は手を腰の後で組み、洞窟内を見回す。

「この洞窟からは彼の国が繋がっている。誰一人として通さぬ」
「……」

 夕都は、険しい顔つきの番人の横顔を見つめて、ある思いを抱くが、どうしても口にできない。
 番人と朝火が話しこむ。

「彼の国というのは」
「精霊人の国だ」
「精霊人の国?」

 にわかには信じがたい。
 夕都は、陰鬱な光景を見渡して、番人を見据える。
 番人は視線を洞窟内の中心に移して頭を振った。
 嘆くような素振りが気になる。
 赤いチャイナドレスの女について訊くと、番人は以外にも素直に返答した。

蛇花じゃかの首領だ」
「蛇花?」
「シャーホア? 聞いたことはないが……」

 朝火が中国語で言い直す。
 番人は精霊人がどういう存在なのかを、二人に問うた。
 夕都は視線を落として思案する。
 理解できていたと思っていたが、まだまだ勉強が足らぬと、この洞窟内を見て反省した。
 番人は、腰の後で手を組んだまま石柱の回りを歩くと、威厳ある声を発する。

「蛇花の首領の目的はなんだと思う?」
「目的は……」

 夕都はすでに答えが出ていたが、言葉にするのは憚られた。
 朝火が口を開こうとすると、番人は険しい顔つきで告げる。

「娘の敵討ちだろう」
「な、なんで」

 思わぬ発言に夕都は口を開けたまま固まるが、番人の瞳が一瞬、憂いの光を放つのを見て口を閉じた。

 番人は、三十代ほどなのに、老熟した雰囲気を醸し出している。

「早く行け!! さもなければ、お前達も精霊人となり、廃人となり、永遠の生地獄を味わう羽目になるぞ!!」
「どういう意味……」

 先の言葉は突然吹き荒れた赤い風により遮られた。
 “赤い龍脈の力”である。


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