コアラ

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「ちょっと青山さん、酔っ払いすぎですよ!」
「バカちんがぁ!俺は酔っぱらってましぇぇぇーん!!」

これは俺の日課だ。平日の仕事帰り、毎日会社の先輩である青山と一緒に飲みに行き、青山を自宅まで送り届ける。青山は酔うといつもこんな感じだ。

「ほら青山さん、マンションの前に着きましたよ」
「んあ?おおう。ありがとうな笹木…..って、何だこれ?こんなのあったっけ?」

青山の言葉に、俺は自販機に目をやった。マンションの入り口の横に、見慣れない小さな自販機があった。半年以上、青山を送り届けているが、この自販機は見たことがなかった。

「30秒ストップウォッチって書いてありますね」
「おい笹木、面白そうじゃないか!買えよバカちんがー!」
「ちょっと…酔っ払いすぎですって…ほら部屋まで行きましょうよ。」
「おう!!俺にどこまでもついてこーい!」

酔っ払って何を言ってるんだ、この先輩は。面倒だなと思いつつ、いつも通り青山を部屋まで送り届け、すぐその場を後にした。

「本当に…いつも奢ってくれるし優しい先輩だけど酔うと大変だよな…」
マンションの外に出ると、また自販機が目に入る。ものすごく気になる。ちょっと値段を確認してみようと思い、値札を見ると「1000円!?高っ!!こんなの買うかよ!」

けれど、俺はつい、その1000円を投入していた。
「あっ、買っちまった…」

出てきたのは、A5サイズの紙と封筒に包まれた黒いストップウォッチ。見るからにただのストップウォッチだが、紙には奇妙な文字が書かれていた。

「これは30秒ストップウォッチです。
見事30秒ピッタリに押しその証拠写真を封筒に入れて送れば、1億円をお支払い致します。封筒は30秒ピッタリが出た時、もしくはストップウォッチの電池が切れた時のみ開けてください。
証拠写真のお送り先は株式会社⚪⚪住所は東京都⚪⚪⚪⚪」

「1億!?マジかよ…」

俺には、300万円の借金があった。ギャンブルで負け続けた結果だ。もし1億円を手に入れたら、借金を返すだけでなく、しばらく働かなくても生きていける。それに、青山にも酒を奢れる。俺はその紙とストップウォッチを握りしめ、家に帰った。

「30秒ピッタリに押せば1億なんて楽勝だろ。ではさっそく…」

俺はストップウォッチを押した。
ピッ‼
そして、30秒が過ぎたと思ってストップを押す。

「28.59…ちくしょぉ!何でだよぉぉぉ!!これ狂ってやがる!!!くそっ!もう一度だ!」

ピッ‼
ピッ‼
「29.10。何でだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

俺は明け方までストップウォッチを押し続けたが、30秒ピッタリを出すことはできなかった。

「もう朝!?圧倒的に朝になっちまった!!!」

一睡もせずに朝を迎えてしまったが、不思議と眠くはない。仕事に行くと、青山にストップウォッチの話をした。

「ストップウォッチ??そんなのあったっけ?悪い!酔っぱらって全然覚えてねえわ」
「とにかく!これで30秒ピッタリに押せば借金が返せるんです。1億もらったら青山さんにも酒奢りますよ!」
「それは楽しみだな。でも本当に貰えるのか?何かの詐欺じゃないのか?」

青山の言う通り、俺も不安になってきた。急いでネットで送り先の会社を調べてみると、確かに似たような話をしている人がいた。

「あったこれだ。青山さん見てください!やっぱり貰ってる人いますよ!!!」
「どれどれ?おー。この人、2回目で30秒出たらしいな。笹木は何回ぐらいやったの?」
「んー、500回ぐらいですかね?」
「それは30秒の才能ないんじゃないの?今ここで一回やってみろよ」

青山に言われ、再びストップウォッチを押してみる。

ピッ‼
ピッ‼
「30.07!何でだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「おいおい落ち着け笹木!!って、お前、何でストップウォッチを見ないままやるんだよ!!」
「だって、そういうもんでしょ?」
「別にルールはないだろ??紙には30秒ピッタリなら1億差し上げるってだけで…」
「あっ!本当だ!!青山さん流石ですね!!次から見ながらやってみます!」
「ったく、今は仕事中だから帰ってからやれ」

その日の帰り道。

「さーて、笹木、今日はどこに飲みに行こうか」
「すいません、今日は帰ります!それじゃあ!」
「あっ、おい」

失礼なやつだな、と青山の声が聞こえたが、俺は無視して急いでタクシーに乗り、家に帰った。1億を手に入れることだけが頭にあった。


1週間後ーーーー




「おい、青山。笹木から連絡はあったのか」
「いや、私のところにも連絡は…」
「そうか、お前ら仲良かったのになぁ。まぁ連絡来たら伝えてくれ。お前はクビだとな」

部長は怒っていた。笹木は1週間無断欠勤だから当然だろう。しかし、笹木は一体どうしたんだ?

俺は笹木の家に向かうことにした。

ピンポーン
「笹木いるか?」
返事はない。ドアノブを回すと、ドアは開いていた。

「開いてる?…入るぞ!!笹木!」

家の中には、痩せ細った笹木がいた。その手にはストップウォッチが握られていた。

「笹木!!!お前!!」
「あー、青山さーん…聞いてください…さっき30.01が出たんですよー…エヘヘ…」

笹木はまるで別人のようになっていた。目は虚ろで、痩せ細り、まるで誰だかわからないほどだ。

「おい、もう止めろ!!お前、飯も食べてないのか!?」
「一億もらったら、一緒にいっぱい食べましょ~ね~…青山さぁーん…」

笹木はニチャっと笑いながら、ストップウォッチを手放さなかった。何とかしなければ…

「あれ!?…あれ!!!?」

笹木が突然慌てだした。ストップウォッチをいじっていた。

「なんだ、どうした?30秒ピッタリ出たのか?」
「違いますよぉ…電池が切れました~…電池…電池…借金返済…」

「笹木…」

俺は思わず封筒を見た。そして、封筒の中には一枚の紙が入っていた。

「30秒ぴったり出ました?それとも電池が切れましたか?まぁ恐らく後者でしょう。電池が切れた。つまり168時間、あなたはストップウォッチと向き合っていたことになる。実は、このストップウォッチ30秒待たなくてもいいんです。ただ押すだけで、1億分の1の確率で30秒が表示されるようになっています。出せるのは幸運な人のみ…」

ギャンブルの恐ろしさを目の当たりにした瞬間だった。


「笹木…お前はクビだ…だけど俺が面倒見てやるからな」

言葉は届いているのかどうか分からない。笹木は電池の切れたストップウォッチを虚ろな目で見つめていた。
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