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桜那(3)
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「でもね、AV出演を決めたのは私自身なの」
桜那はビールに口をつけて、再び語り出した。
「リュウとは結局、それ以降音信不通でね。でもあいつその後も何事もなく活動しててさ。ちょうどゴールデンタイムのドラマも決まって、何食わぬ顔で番宣とか出てて……、それ見てたら猛烈に腹が立って。あんな奴の為に、私の夢まで潰されてたまるかって思ったの。どうにかして見返してやりたくて、いっそAVの世界でトップになってやる!って思い立って。むしろマイナスからのスタートなんて上等くらいに思っててさ。そこからまた這い上がってやるって思ったの。それなら違約金もすぐ返せるしってね。もちろん簡単には行かない事は分かってたよ。でも……、タレントの秦野侑李って知ってる?」
桜那は唐突に、宏章へ尋ねた。
「ああ、知ってるよ。元AV女優の。バラエティとか情報番組によく出てるよね?」
「うん、侑李さんね、事務所の先輩なの」
秦野侑李は、90年代に一世風靡した元AV女優だ。歯に衣着せぬ物言いでバラエティや情報番組に引っ張りだこの、業界でも珍しい成功例として知られている。
「侑李さんてね、バラエティだとああいうざっくばらんでゆるーいキャラなんだけど、実際はかなり仕事に厳しい人で。絶対に現場には一番に来るし、礼儀正しいし、常日頃から情報収集とかも欠かさないかなりストイックな人なの。私が一番尊敬してる人。私も最初は厳しい事言われてたんだけど、だんだんと認めてくれて……。いつの間にか気にかけてくれる様になって」
桜那は、ふふっと笑った。
「私のAV出演の話が持ち上がった時もね、違約金は自分が何とかするからって社長に掛け合ってくれてね。私に考え直せって必死に説得してくれて……、事務所辞めて地元に帰れって。違約金は地道に働いて、少しずつ返してくれればいいからって……」
桜那は目を閉じて、侑李に説得された時の事を回想した。
誰にも相談せず決断して、契約書に押印して社長室から出た時の事。
侑李は必死の形相で桜那を問い詰めた。
「AVに出演するって事が、どういう事だか分かってるの⁉︎お願いだから、考え直して!」
「侑李さん、もう決めたんです。私絶対AVでトップ取って、侑李さんみたいにまた表舞台に返り咲いてみせます。侑李さんの事、すぐに越えて見せますから」
桜那の決意は固く、その意志の強い目に侑李は思わず怯んでしまった。
桜那は目を開いて、再び宏章へ語りかけた。
「でも私、その時侑李さんみたいにまた表舞台で成功するって自分に誓ったの。侑李さんを越えてみせるって、本人の前で啖呵を切ってね。私のあまりの気迫に侑李さんも折れて。とは言っても、やっぱり最初の撮影の時はうんと怖くて……、訳も分からないままあっという間に終わったんだけど。家に帰ったら震えは止まらないし、涙は出てくるしで。泣きすぎて吐いちゃって……、でも吐くほど泣いたらなんだか吹っ切れて。それっきりもう泣かなくなったけど」
桜那はふーっと長く息を吐いて、ビールをぐびぐびと飲み干した。
「もうそんな顔しないで。経緯はどうあれ、今はこの仕事にやりがいを感じてるの」
桜那は宏章がずっと顔を顰めて黙り込んでいるので、まるで子どもを宥めるかのように話し始めた。
「私も初めはAVなんてって思ってたんだけど……、実際現場に入ったらもうみんなプロ意識が高くて圧倒されちゃって。監督さんとか照明さんとか職人みたいで……。AVだろうと映画だろうと、どの現場もいい作品を作ろうっていう熱量は変わらないんだって感じたの。そこからは私も、どの現場でも一切手は抜かないって誓ったんだ」
桜那は仕事への想いを切々と語った。
「それに私の場合は、社長がかなり売り出し方にこだわってね。綺麗な見せ方で売ろうって言って。内容もそうだけど、一緒に組む監督さんや男優もかなり吟味してくれたから。社長は何てったって、侑李さんを今の地位まで押し上げた人だしね」
桜那の事務所の社長は、侑李がAV女優だった頃のマネージャーだった。今や侑李はバラエティや情報番組に引っ張りだこで、押しも押されもせぬ人気を誇っているが、その影には社長の確かな手腕があった。
「それにね、その件以来、侑李さんがいつも私のこと守ってくれて。あいつはヤバいから近づくなとか、ここには顔出すなとか色々教えてくれて……。私、侑李さんがいなかったら闇堕ちして、今頃風俗に沈められてたかもね」
桜那は小さくため息をついて微笑した。
宏章はずっと押し黙ったまま桜那の話に耳を傾けていた。そして桜那が一寸先は闇という、いかに過酷な世界で生きているのかを痛感した。宏章は平凡な自分にコンプレックスを感じていた事を恥じた。桜那の言う「普通の幸せ」の意味をようやく理解したのだ。
自分にとっての当たり前は、他人には決してそうではないということも。
桜那はビールに口をつけて、再び語り出した。
「リュウとは結局、それ以降音信不通でね。でもあいつその後も何事もなく活動しててさ。ちょうどゴールデンタイムのドラマも決まって、何食わぬ顔で番宣とか出てて……、それ見てたら猛烈に腹が立って。あんな奴の為に、私の夢まで潰されてたまるかって思ったの。どうにかして見返してやりたくて、いっそAVの世界でトップになってやる!って思い立って。むしろマイナスからのスタートなんて上等くらいに思っててさ。そこからまた這い上がってやるって思ったの。それなら違約金もすぐ返せるしってね。もちろん簡単には行かない事は分かってたよ。でも……、タレントの秦野侑李って知ってる?」
桜那は唐突に、宏章へ尋ねた。
「ああ、知ってるよ。元AV女優の。バラエティとか情報番組によく出てるよね?」
「うん、侑李さんね、事務所の先輩なの」
秦野侑李は、90年代に一世風靡した元AV女優だ。歯に衣着せぬ物言いでバラエティや情報番組に引っ張りだこの、業界でも珍しい成功例として知られている。
「侑李さんてね、バラエティだとああいうざっくばらんでゆるーいキャラなんだけど、実際はかなり仕事に厳しい人で。絶対に現場には一番に来るし、礼儀正しいし、常日頃から情報収集とかも欠かさないかなりストイックな人なの。私が一番尊敬してる人。私も最初は厳しい事言われてたんだけど、だんだんと認めてくれて……。いつの間にか気にかけてくれる様になって」
桜那は、ふふっと笑った。
「私のAV出演の話が持ち上がった時もね、違約金は自分が何とかするからって社長に掛け合ってくれてね。私に考え直せって必死に説得してくれて……、事務所辞めて地元に帰れって。違約金は地道に働いて、少しずつ返してくれればいいからって……」
桜那は目を閉じて、侑李に説得された時の事を回想した。
誰にも相談せず決断して、契約書に押印して社長室から出た時の事。
侑李は必死の形相で桜那を問い詰めた。
「AVに出演するって事が、どういう事だか分かってるの⁉︎お願いだから、考え直して!」
「侑李さん、もう決めたんです。私絶対AVでトップ取って、侑李さんみたいにまた表舞台に返り咲いてみせます。侑李さんの事、すぐに越えて見せますから」
桜那の決意は固く、その意志の強い目に侑李は思わず怯んでしまった。
桜那は目を開いて、再び宏章へ語りかけた。
「でも私、その時侑李さんみたいにまた表舞台で成功するって自分に誓ったの。侑李さんを越えてみせるって、本人の前で啖呵を切ってね。私のあまりの気迫に侑李さんも折れて。とは言っても、やっぱり最初の撮影の時はうんと怖くて……、訳も分からないままあっという間に終わったんだけど。家に帰ったら震えは止まらないし、涙は出てくるしで。泣きすぎて吐いちゃって……、でも吐くほど泣いたらなんだか吹っ切れて。それっきりもう泣かなくなったけど」
桜那はふーっと長く息を吐いて、ビールをぐびぐびと飲み干した。
「もうそんな顔しないで。経緯はどうあれ、今はこの仕事にやりがいを感じてるの」
桜那は宏章がずっと顔を顰めて黙り込んでいるので、まるで子どもを宥めるかのように話し始めた。
「私も初めはAVなんてって思ってたんだけど……、実際現場に入ったらもうみんなプロ意識が高くて圧倒されちゃって。監督さんとか照明さんとか職人みたいで……。AVだろうと映画だろうと、どの現場もいい作品を作ろうっていう熱量は変わらないんだって感じたの。そこからは私も、どの現場でも一切手は抜かないって誓ったんだ」
桜那は仕事への想いを切々と語った。
「それに私の場合は、社長がかなり売り出し方にこだわってね。綺麗な見せ方で売ろうって言って。内容もそうだけど、一緒に組む監督さんや男優もかなり吟味してくれたから。社長は何てったって、侑李さんを今の地位まで押し上げた人だしね」
桜那の事務所の社長は、侑李がAV女優だった頃のマネージャーだった。今や侑李はバラエティや情報番組に引っ張りだこで、押しも押されもせぬ人気を誇っているが、その影には社長の確かな手腕があった。
「それにね、その件以来、侑李さんがいつも私のこと守ってくれて。あいつはヤバいから近づくなとか、ここには顔出すなとか色々教えてくれて……。私、侑李さんがいなかったら闇堕ちして、今頃風俗に沈められてたかもね」
桜那は小さくため息をついて微笑した。
宏章はずっと押し黙ったまま桜那の話に耳を傾けていた。そして桜那が一寸先は闇という、いかに過酷な世界で生きているのかを痛感した。宏章は平凡な自分にコンプレックスを感じていた事を恥じた。桜那の言う「普通の幸せ」の意味をようやく理解したのだ。
自分にとっての当たり前は、他人には決してそうではないということも。
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