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きつねの嫁入り
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「この娘は もっとええトコへ嫁くもんやと思っとったけど、何んでこないなことになってしもたんやろうな」
先程から祖母はそんなふうに憎まれ口ばかりを叩く。母は慣れたもので、嫁入り道具の着物を器用に畳紙に包みながらただにこにこと笑っていた。
「こないなゲンのええ日に、あんまりいちゃもんばっかり言うてると口が曲がるよ」
「曲がるかいな、アホらしい」
大島を着た祖母は、平均的な寿命を過ぎたと言われる今もなお矍鑠としており、母(私はよく似ていると思うのだけれども、血縁にはないらしい)との掛け合いはまるで姉妹のようだ。私がそう言うと、母は「そないにつんけんしてるやろか」笑うし、祖母は祖母で「あないな気の利けへんのと一緒にされたら困るわ」とぷりぷりする。
「お雛さんは持って行けへんのか」
「うん」
置く場所がなくて、とはなんとなく言えなかった。私が生まれて最初の節句に、祖母が誂えてくれた物だ。上品な顔立ちに引かれた紅が何んだか愛らしく、物心ついた頃から「私のお雛さん」と呼んでは節句以外にも飾れ遊ばせろとうるさかった、と未だに母は笑う。
「あん時、あんたが我儘言わんときっちり仕舞うとったらなあ、もう少し早く片付くやろ思うてたのに」
「おかあさん、もうええやないの。こんな世間知らずの箱入り、貰うてくれただけでも」
とんだ失言の応酬だ。そう思って、衣服を畳む手を止めて顔を上げると、失礼やな、と言いながら意外にも祖母はけらけらと笑っていた。
「おばあちゃん」
「ああ、すまんな」
この二人は矢張り似ている、と思う笑顔で祖母はこちらを見て素直に謝る。
「この子が、貰うやなんてあんまり古臭い言葉使いよるから」
「へえ」
貰う、嫁かせるなんて言葉は祖母こそが使う物だと思っていたから、それこそ意外だった。
「もうそんな時代やあれへんやろ。雛もなあ、もうちょっと考えて買うたら良かったなあ、ごめんなあ」
謝られるなんて思いもしなかったから、私は慌ててしまう。少し俯いた祖母が若しかしたら泣いてしまうのではないかと、不安で仕方がなかった。
「謝らんといてよ、そんな」
祖母の言う「ええトコ」へ嫁す事とは、そういう事ではないか。生まれた事を祝い、健やかに育つ事を願った、私の化身のような雛人形を、共に連れて行く事の出来るような。
そう考えたら、涙が零れそうになった。そんな私を見て祖母と母が笑う。
「何んや、泣く事あるかいな」
「泣いてへんよ」
「そういうのはお式まで取っとき、二人とも」
「泣くかいな人前で。お涙頂戴はあんたらでやったらええねん」
やっぱりこの二人、よく似ている。
べそをかくのも阿呆らしくて、再び片付けの手を動かし始めたところで、突然ベランダにばらばらと大きな音が響いた。
「雨やなあ」
「見てみ、狐の嫁入りやで」
祖母と母が口を揃える。
「あんたが泣くからこんな天気になってしもたわ」
「おかあさん、口が曲がるよ」
「曲がるかいな」
二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。私は仲間外れにされたようで少し寂しい。
「ようけ降るなあ。空はあんな晴れてるのに」
「きっとええトコの娘さんが嫁に行きはるんやろ」
「おかあさんに文句言われてるんやろか」
「口の減らん嫁やで」
ばらばらと降り続く雨は、一体誰の涙雨だろうか。
それが嬉し涙ならいい、と少女のように笑い合う二人を微笑ましく眺めて私は小さなため息を吐き、荷造りの手を再開した。
先程から祖母はそんなふうに憎まれ口ばかりを叩く。母は慣れたもので、嫁入り道具の着物を器用に畳紙に包みながらただにこにこと笑っていた。
「こないなゲンのええ日に、あんまりいちゃもんばっかり言うてると口が曲がるよ」
「曲がるかいな、アホらしい」
大島を着た祖母は、平均的な寿命を過ぎたと言われる今もなお矍鑠としており、母(私はよく似ていると思うのだけれども、血縁にはないらしい)との掛け合いはまるで姉妹のようだ。私がそう言うと、母は「そないにつんけんしてるやろか」笑うし、祖母は祖母で「あないな気の利けへんのと一緒にされたら困るわ」とぷりぷりする。
「お雛さんは持って行けへんのか」
「うん」
置く場所がなくて、とはなんとなく言えなかった。私が生まれて最初の節句に、祖母が誂えてくれた物だ。上品な顔立ちに引かれた紅が何んだか愛らしく、物心ついた頃から「私のお雛さん」と呼んでは節句以外にも飾れ遊ばせろとうるさかった、と未だに母は笑う。
「あん時、あんたが我儘言わんときっちり仕舞うとったらなあ、もう少し早く片付くやろ思うてたのに」
「おかあさん、もうええやないの。こんな世間知らずの箱入り、貰うてくれただけでも」
とんだ失言の応酬だ。そう思って、衣服を畳む手を止めて顔を上げると、失礼やな、と言いながら意外にも祖母はけらけらと笑っていた。
「おばあちゃん」
「ああ、すまんな」
この二人は矢張り似ている、と思う笑顔で祖母はこちらを見て素直に謝る。
「この子が、貰うやなんてあんまり古臭い言葉使いよるから」
「へえ」
貰う、嫁かせるなんて言葉は祖母こそが使う物だと思っていたから、それこそ意外だった。
「もうそんな時代やあれへんやろ。雛もなあ、もうちょっと考えて買うたら良かったなあ、ごめんなあ」
謝られるなんて思いもしなかったから、私は慌ててしまう。少し俯いた祖母が若しかしたら泣いてしまうのではないかと、不安で仕方がなかった。
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祖母の言う「ええトコ」へ嫁す事とは、そういう事ではないか。生まれた事を祝い、健やかに育つ事を願った、私の化身のような雛人形を、共に連れて行く事の出来るような。
そう考えたら、涙が零れそうになった。そんな私を見て祖母と母が笑う。
「何んや、泣く事あるかいな」
「泣いてへんよ」
「そういうのはお式まで取っとき、二人とも」
「泣くかいな人前で。お涙頂戴はあんたらでやったらええねん」
やっぱりこの二人、よく似ている。
べそをかくのも阿呆らしくて、再び片付けの手を動かし始めたところで、突然ベランダにばらばらと大きな音が響いた。
「雨やなあ」
「見てみ、狐の嫁入りやで」
祖母と母が口を揃える。
「あんたが泣くからこんな天気になってしもたわ」
「おかあさん、口が曲がるよ」
「曲がるかいな」
二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。私は仲間外れにされたようで少し寂しい。
「ようけ降るなあ。空はあんな晴れてるのに」
「きっとええトコの娘さんが嫁に行きはるんやろ」
「おかあさんに文句言われてるんやろか」
「口の減らん嫁やで」
ばらばらと降り続く雨は、一体誰の涙雨だろうか。
それが嬉し涙ならいい、と少女のように笑い合う二人を微笑ましく眺めて私は小さなため息を吐き、荷造りの手を再開した。
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