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第五章 氷狼神眼流編
EP129 滑落
しおりを挟む平成生まれにして令和の世を生きる清也にとって、当然ながら”体罰”という物の経験は無い。
ましてや、幼稚園から大学まで私立の学校をエスカレーター進学した清也にとって、そんなものはあり得ない。
昭和で社会問題となり、法令の改正や大規模な意識改革を経て、遂に消し去られた習慣であった。
しかしそれは、現代社会に訪れた到達点に過ぎない。
資正の授ける修業。そこに現代の常識は通じない。
「違うっ!踏み込みとは、こうやるんだぁっ!!!」
バシーンッ!
「いったあぁぁっっっ!!!!」
調気の極意を習得した清也は、その翌日から本格的に剣道の鍛錬を始めた。そして、既に開始から数週間が経っている。
資正の指導はまさにスパルタであり、少しでも間違えればその場で正解を体に叩き込まれる。文字通り、体で覚える剣道なのだ。
冷静に考えれば当然である。”江戸時代”において体罰は常識であり、そこに違和感や罪悪感は存在しない。
それならば、弟子である清也にも同じように教えを説いて当然だ。
「午前の修業はここまでだ!早く狩りへ行ってこい!」
頭頂部を殴打され意識が朦朧とした清也に対し、資正はそう言うと、自分の家へ戻って行った。
「あ、ありがとう、ございましたぁ・・・。」
ヘロヘロになった清也は、道着の上に毛皮を纏い、雪山の探索に適した格好になる。
山道へ向かう道中で、清也の頭によぎるのはただ一つの葛藤。
(おかしい・・・筋力は明らかに上がってる・・・なのに、なんで・・・なんで!僕は上達しないんだ!!!)
調気の極意を用いた鍛錬、それにより清也の肉体は急速に筋肉質へと変質していった。
しかし清也の予想と反して、剣道の腕の上達はそれに伴っていない。既に、剣道の修行を始めてから数週間が経っているのだ。それなのに大きな進歩は見られず、未だに踏み込みも完成しない。
しかし、葛藤を持っているのは清也だけでは無い。いや、むしろ彼の方が何倍も悩んでいる。
「何故だっ!太刀筋を見れば分かる!奴は・・・奴は天才のはずだ!しかし、これでは暖簾に腕押しも良いところだ!!!
伝承者にするなら、奴しかおらんと言うのに・・・何故、某の教えが響かんのだっ!!!」
鬱憤を晴らすが如く、資正は握り締めた自分の木刀を森林に向けて振るった。
すると、巻き上げられた気流のうねりが真空刃となり、前方10メートルに乱立する雑木林を、一つ残らず薙ぎ払ったーー。
~~~~~~~~~~
「うりやぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
大声を上げて、餌をつついている鳩に飛びかかる。
しかし、鳩の体は清也の木刀の隙間を見事にすり抜けた。
「弓が使えればなぁ・・・。」
清也はぼやかずにいられない。狩りも修業のうちだとして、資正は清也に木刀一本で鳥を取らせていたのだ。
そして何よりも過酷なのは、この狩りは夕食の献立に直結する事だ。
即ち、雪山で鳩を落とせば鳩を食べられる。雪山で鹿を切り倒せば、鹿を食べられるのだ。そして、何も得られない時はーー。
(今日も・・・夕飯抜きかなぁ・・・。いや、米はあるんだけど・・・。)
朝から晩まで修行して、夕食の中身が白米だけ。これほどに虚しい事は無い。畑で栽培している野菜も、狩りが失敗した場合は食べられない。
そして清也は白米だけの夕食を、この1週間食べ続けて来たーー。
(最近は警戒されてるんだろうなぁ・・・。)
小さくため息を吐く。資正の、氷室に閉じ込めると言う判断は結果論から言えば最適だったろう。
木刀を叩きつけられ傷だらけの体を、薬草と包帯を使って誤魔化しながら日々の課題をこなす。しかし、未だに成果は得られない。
そんな日々を延々と繰り返すには、苦行に屈する弱い心を捨て去る事が肝要である。そして、清也はそれを行った。だからこそ、今も脱落せずに残っているーー。
「鳥は諦めよう。大変だけど、鹿を探すしか無い。ここから先は行くなって言われてたけど・・・仕方ない!」
清也はそう言うと不用心にも、資正に忠告されたよりも更に深い山奥へと、木刀一本で分け入って行ったーー。
~~~~~~~~~~
(息を殺せ・・・気づかれれば死ぬ・・・!)
「は・・・はぁ・・・!」
木陰に隠れ、息を殺しながら慎重に背後を窺う。
ガルルルゥゥ・・・!
(熊がいるなんて聞いてないよ・・・。)
低い唸り声を上げる漆黒の巨獣、その全長は5メートルを超えており、牙だけでも20㎝はある。
剣術は身につかなかった清也だが、筋力だけは大きく向上した。それを考慮しても、あの巨体を相手に勝算は一切無い。
(アイツが居なくなるまで、ここで隠れて・・・バレたっ!?や、やばい!!!)
巨大な塊が清也を目掛けて咆哮と共に迫って来る。瞬時に立ち上がった清也は、木刀を斜めに構える。
(師匠に教わった構え・・・敵の頭部を剣先の刃に揃える・・・)
真剣に教えを想起し、震える手で構えを取る。その脳裏に浮かぶのは、かつて他の野獣と戦った時の記憶――。
(あの時と同じ・・・ただデカいだけ・・・!教えを思い出せ!踏み込め・・・相手と自分の間に刀を添えるんだ・・・!
あの時よりも、しっかりとした構えを知ってる!マッチョにもなったはずだ・・・!)
清也は自分を奮い立たせる。強引に熊と自分の差を埋めようとしているのだ。
しかしそこで、妙な感覚に襲われる。この姿勢は何かが変だ。
(・・・なんだ?この感じ・・・どこかで・・・しまった!)
「ぐぅあぁっっ!!!)
清也の意識が、何の関係もない雑念に向いている隙に、熊は急速に彼へと接近していた。
牙の直撃は避けたが、木刀を押す巨体の勢いは、清也を吹き飛ばすには十分だったーー。
「・・・え?・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
仰向けのまま、清也は断崖を落下していく。熊からは逃げ仰せたが、これでは死ぬのも時間の問題だ。
そして、その頭部が雪色の斜面に衝突する寸前、清也は無意識に目を瞑った。
しかし彼の体は地面に衝突する寸前で堰き止められ、空中で止まった。
「・・・ん?あっ!助けてくれたんですか!ありが、おぶぅっ!!!・・・へ・・・あ・・・え?」
顔を覗き込まれた清也は、顔面を強烈に殴打された。猛烈な痛みと困惑が全身に広がって行く。
「黙れ。熊程度で死なれても困るんだ。だから生かした、それだけだ。」
相手の顔は見えない。しかし、清也に対する激しすぎる憎悪は熱気となって、十分すぎるほどに伝わって来る。
強烈な熱気によって、ただでさえ薄らいでいる意識を更に遠退けられた。気を失うのに、時間は掛からなかった。
薄れ行く意識の中で、清也は救助者の独り言を聞いた。
「軟弱者が・・・まぁ良い、その腐った意識を少しでも改めるんだな。
お前みたいなクズには鞭だけでも十分だが、たまには飴を啜らせてやる。
彼女の為になるから送ってやる。ありがたく思えよ。」
男はそう言うと再び征夜の顔面を殴打し、とどめを刺した。
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