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第三章 シャノン大海戦編

EP87 海戦前夜

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 コンサート成功を祝した宴会で、サムは花を含む仲間たち全員に心からの謝罪をした。

 どうやら、連れて行かれた先で様々な経験をして大きく成長したようだ。
 以前は嫌がっていた雑用も進んで行ない、魔力暴走も起こさなくなっていた。

 最初は彼の反省を疑っていた漁師たちだが、帰還後に彼が見せた謙虚な姿勢を認め、仲間の一人として受け入れた。

 シンはサーペントの部隊が到着するまでの間に、資産家たちと手紙をやり取りした。
 そして破海竜討伐を条件として、シャノン海岸を別荘地にする契約を取り付けた。

 コンサートで得た金貨を使って大規模な陸路整備を着工し、魚介類の輸出経路も確保した。
 その過程で余った金額は町人へと分配され、希望の槍には当てられなかった。
 しかし町人が出来る限りの募金を行なった事で、開戦の前日に”希望の槍募金”は終了した。

 花は、シンが何も言わずに契約を取り付け、何故かサムを連れて帰ってきた事に疑問を抱かずにいられなかった。
 ただし、コンサートが成功したという事実に歓喜して、翌日には疑念を忘れていた。

 その後、太平の世界における初代アイドルであり、町を救った救世主という事で、彼女の銅像を作る計画も持ち上がった。
 しかし花本人が断ったので、代わりとしてコンサートホールの廊下に、花の”カラー写真”が展示される事になった。

 人々はホールに設置された未知の最新機器の数々に、多大な興味をひかれた。
 しかしホールのオーナー自身が失踪してしまった為に、マイクやステレオと言ったオーバーテクノロジーが齎されるのは、遥か未来の話である。

 それまでの間、オーパーツとして残された巨大コンサートホールは、シャノン指折りの観光地として親しまれる事になる――。

~~~~~~~~~

 作戦開始前日の夜、酒場には大勢の仲間たちが集まっていた。
 それは最後の作戦会議のためでもあったが、その多くはを見る為に集まっていた。

「間違いない・・・!これで千枚目だ!」

 シンは宝箱形の募金箱に満たされた金貨をかき集めると、”三又の鋭利な槍”へと変形させた。
 その光景を見て、彼を取り囲む男達の間で歓声が上がり、盛大な拍手が巻き起こった。

「凄いわね!これなら海竜とも戦えるわ!」

 花は満面の笑みを浮かべて称賛しているが、シンは「分かってないなぁ」と言わんばかりに首をすくめた。

「これじゃあただの槍だろ?こっからが本番だ・・・。」

 シンは楽しそうに笑うと、大きく息を吸い込んで叫んだ。

<ワンダーランス・タイプ!>

 シンがそう叫ぶと、三又の槍は”先端が尖った鞭”のような形になり、シンが手を動かさなくともその意を汲み取るかのように自在に伸縮し始めた。
 それを見て満足したのか、シンは再び別の言葉を叫んだ。

<キューブ・タイプ!>

 シンがそう叫ぶと、今度は尖った鞭から”黄金の立方体”へと姿を変えて、シンの手のひらに乗るようなサイズになった。その頂点からは首に掛ける為のチェーンが伸びている。

<トライデント・タイプ!>

 シンがそう叫ぶと、黄金の立方体は三又の槍へと戻った。

<i573741|36608>

 男達も花も目の前で起こった光景が常識から外れた光景であった為に、呆気にとられて数秒間は反応が出来なかった。
 そして、音の空白となった時間が終わると、再び酒場を爆発音のような歓声が包み込んだ。

 歓声は既に寝静まっていた人々を叩き起こすかのように、闇に包まれた静寂の町を突き抜けた――。

~~~~~~~~~

「よし、じゃあ最後の確認だ。
 明朝5時、この町にサーペントの実戦部隊が約200人派遣される。
 お前たちは11の班に分かれて、10班がそれぞれ担当の海流を魔法を使って入江に流し込み、そこに集まった海竜を残りの1班が始末するんだ。」

 周囲の反応を確かめながら、シンは続きを話す。

「入江の深奥に逃げ込んだ奴は、サムが”マスターライトニング”で粉砕する。手の空いてる奴は、アイツの援護を頼む。
 そして、ある程度の量をおびき寄せた時点で、俺と花は二人でアトランティスに向かう。」

<i573742|36608>

 シンは手に持った図面を見せながら、淡々と説明していく。
 皆は耳にタコが出来るほど聞かされた説明を、真剣な表情で聞いている。

「前から思ってたんだけど、この絵ってだれが書いたの?・・・あぁ、サムね。」
 
 花は張り詰めた空気を和ませるために、新しい話題を振った。
 あまりにも、場が緊張しすぎていたからだ。

「俺に決まってんだろ!ほら、ここに”オレ”って書いてあるじゃん!」

 シンは遠回しに絵が下手だと言われて、憤慨した。
 その様子に漁師達は一斉に笑い出した。シンの絵が、あまりにも幼稚であったからだ。

「うるっせぇなあ・・・。」

 シンは意外と不服そうである。これでも、彼の中では力作だったのだ。

「だって、棒人間が!!棒人間がッ!!」

 花も腹を抱えて笑い出してしまった。
 シンもそう言われて見直すと、自分の画力の無さに改めて気づかされ驚いた。
 その結果、書いた本人であるにも関わらず、彼自身も笑いだしてしまった。

 酒場にいる者全員が楽しそうに笑っているが、その全員が心の底から笑えていた訳ではない。
 魔法によって海竜に立ち向かう事は出来ても、その実力には個人差が大きくある。

 町のための戦いだとして、勇気を振り絞ってはいる。
 しかし、眠れぬ夜を過ごした者も少なくなかった――。

~~~~~~~~~~

「ごめんくださ~い!」

 花はその日の晩、サランと共に牧場に訪れていた。
 彼女はずっと、開戦に向けてサランを預けられる場所を探していたのだ。

 そして、やはりサランの性別を判断してくれた牧場に預けるのが、最良であるという結論に至った。

「どうされましたか~?・・・あぁ、花様とサランちゃん!お久しぶりです!」

「久しぶりです!」

 馬小屋から出て来た初老の老人は、花とサランに挨拶する。
 この牧場の持ち主にして、獣医でもある紳士は、たった一人でこの牧場を管理し、暮らしていた。

「サランちゃんは勿論、花様もだいぶ顔色が良くなりましたね!」

「そうなのよ!最近は、色々あって早寝早起きを心がけてたから!」

「素晴らしいです。早起きは三文の徳ですからね。」

 二人は軽い雑談を交わした後、すぐに本題へと移った。

「今日はどういったご用件で?」

「あっ、そうそう!この子を数日間だけ預かって欲しいの。
 明日から始まる海竜掃討作戦に、私も参加するから、その間の面倒をお願いするわ。」

「私としてはお安い御用・・・というより、こんな素晴らしい動物を預かれて光栄ですが・・・あの・・・なんと言いますか・・・。」

「・・・それも含めて、世話をお願い。」

 男は声を詰まらせた。
 花が何を言っているのか、その真意を彼は理解していたのだ。

 海竜と戦う人間が、生きて帰れるとは限らない。
 特に彼女のような非力な女性は、"餌"となり食いちぎられ、海の藻屑になってもおかしくない。

 だからこそ頼んでいる。「もし自分が死んだら、サランの今後をよろしく。」と。

「・・・では、あちらで契約を。」

 彼女の覚悟を受け止めた紳士は、花を客間へと招き入れた。

~~~~~~~~~~

「これで契約は終了です。・・・花様、どうかお気を付け下さいませ・・・。」

「大丈夫!この子の為にも、絶対に帰って来るから!」

 契約書面へのサインを終えた花は、力強く宣言した。しかしこれは、空元気に過ぎないのだ。

(私は一人じゃない・・・シンと、漁師の仲間たちがいる・・・!)

 彼女は仲間に対し、多大な信頼を寄せていた。
 ただどうしても、僅かに残る不安を掻き消す事が出来ない。

(征夜がいれば安心なのに・・・・・・えっ?)

 彼女はその瞬間、自分でも驚いた。
 なぜ自分は、征夜の事をここまで信頼しているのか。

 確かに彼は自分の恋人であり、心から信頼できる相手だ。
 だがそれは、精神面での話。戦闘力だけで見れば、明らかにサーペント兵の方が強いだろう。

 しかし、なぜか、どうしても。彼女の信頼は征夜に寄ってしまう。
 いつもそうだ。困った時や危機に陥った時、思い浮かべるのは征夜の顔。

 その理由は、自分でも分からない。自分でも不気味なほど、花は理由なく彼を信頼しているのだ。

(これじゃまるで、征夜が"私専属の騎士"みたいじゃない・・・。)

 確かに、言われてみればその通りだ。
 望めば飛んで来て、自分を救ってくれる。それは完全に、姫を守る騎士のようである。

 花は思った。これは、自分の"思い上がり"だと。
 無意識のうちに、征夜を"都合の良い護衛"だと思っている自分が、不思議に思えて仕方ない。

(征夜は・・・絶対に・・・私を・・・守る・・・?何故・・・騎士・・・?)

 思考が煮詰まってきた。"騎士"という単語が彼女の脳内を旋回して、留まる事を知らない。

(ま、まぁ!これが”好き”って事よね!好きな人に助けを求めるのは、自然な事よ・・・!)

 難しく考えすぎたのかも知れない。
 ただ単純に、自分は征夜を好きなのだ。だから、困った時に助けを呼びたくなるのは、人として当然なのだと。

 彼への思いは本物。恋人として、彼の事を好き。その事実に、嘘偽りは存在しない。

「あの・・・花様、大丈夫ですか?」

「えっ?あ、あぁ!ごめんなさいね!ボーッとしちゃって!」

「具合が悪いのなら、お気をつけ下さいね。病というのは、簡単に進行しますので・・・。」

 紳士は何故か、彼女の体調を心配しているようだ。
 まるで彼女に、誰かの面影を重ねているようにも見える。

 会話の途切れを感じた花は、場を繋ぐ為に居間を見渡した。そこで、一つの美しい絵画を見つける。

「あの肖像画・・・もしかして奥様?」

「はい。私の家内です。50年ほど前に亡くしましたがね・・・。」

「あっ・・・ごめんなさい。辛い話をさせてしまったわ・・・。」

「大丈夫ですよ。一人暮らしも、慣れれば楽しい物です。特に私には、可愛い動物たちが居ますから・・・。」

 紳士は微笑んでいるが、明らかに無理をしている。
 人と人との縁は、動物との触れ合いでは満たせない。会話をして、肯定してくれる存在を、人間は自然と同族に求めるのだ。

 その時、花は何を思ったのか、紳士の手を優しく握った。人肌の温もりに驚いた彼は、目を見張っている。

「は、花様・・・!これは・・・?」

「無理をなさらないで・・・泣きたい時は、泣けば良いのですよ・・・。」

 まるで全てを包み込むかのように、花は優しく声を掛ける。その波長が紳士の全身を包み、心に溜め込んだ痛みを癒していく。

「わ、私は・・・寂しかった・・・のか・・・。」

 辺境の地にて人との交流を絶ち、ただ仕事と動物の世話に明け暮れる。それもまた良いだろう。
 だが結局は、彼も癒しを求めていた。そしてそれを、花によって気付かされた。

 流れ出た一筋の涙は、自分が未だに涙腺を残していた事を、彼に自覚させたのだった――。

~~~~~~~~~

「それじゃあサランちゃん、しばらくお別れね。必ず戻って来るから、心配しないで。」

クゥ・・・

 サランはまるで犬のように、弱々しく返事をした。
 彼女のことが心配で、これからの生活が不安で仕方ないようだ。

「私が責任を持って、面倒を見させて頂きます。ご安心下さいませ。」

「さっきよりも、心が軽そうね・・・!」

 花は紳士に対し、優しく笑いかけた。
 自らの孤独に蝕まれ続けた彼の心は、涙を許された事によって救済された。
 花の持つ"癒しの力"は、どうやら魔法だけでは無いらしい。

「お身体に気を付けて下さいね。」

「花様も、どうかお気を付けて・・・!」

 お互いに手を振り合った二人は、それぞれの帰路に立った。
 紳士は屋敷へと戻って行き、花は町へと帰って行く。その途中で思うのは、それぞれ違う事だった。

(私は、あの人を救えたのかしら・・・。)

 苦しむ人を助け、悩む人を導きたい。それが彼女の夢だった。
 だから彼女は"薬剤師"になった。病気で苦しむ人々に寄り添い、癒しを与えられる存在に。

 薬について、医学について学ぶのは大好きだ。
 だがそれ以上に、苦しみから解放された人の笑顔が好きだった。

 今回もそれが出来たなら彼女にとって、それ以上に嬉しい事は無いだろう。

 だが、現実はそうではない――。

(ダメだ・・・こんな事を思ってはダメだ・・・。)

 紳士は、確かに救われた。
 自分の"心に隠された悲しみ"を、ついに見つけ出す事が出来たのだ。

 だが、それと同時に湧き上がるのは、"救い"とは程遠い思いだけ。

(もう一度・・・彼女に会いたい・・・!)

 叶う筈のない夢を、彼は心に抱いてしまった。
 それこそが人にとって、何よりも苦しい事だと知っていながら――。
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