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第九章 反逆の狼牙編

EP235 双生の槍使い

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 一対一と言う数的不利な状況でも、征夜は果敢に戦った。得物の射程も敵に負けており、普通なら完敗しているところ。
 そんな状況で彼の命を繋いでいるのは、間違いなく"潜ってきた修羅場の記憶"だろう。本能と経験だけが、数的不利を跳ね除けている。

(くっ!そこそこ強いな!)

 優れた武人は、得物で何度か打ち合うだけで相手の力量が分かるそうだ。
 征夜がその次元に到達したのかは別にして、敵の振るう槍の鋭さや重さは、手に取るように分かった。

(男の方は背が高いだけの雑魚!問題は女だ!)

 眼鏡をかけた、青髪の長身な男。
 彼の振るう槍は"鈍軽"で、刺突にも薙ぎ払いにも腰が入っていない。そこそこ経験を積んでいるが、征夜から見れば素人だ。

 問題は、その"姉と思わしき女"の方。
 彼女の振るう槍は"鋭重"そのもの。一撃に込める威力が、弟とは段違い。それでいて動きも、繊細かつ丁寧だ。

「やぁっ!」

 弟の槍が掛け声と共に、明後日の方向に向けて突き出される。避けるまでもない刺突を尻目に、征夜は姉の槍を捌く。

「ゼリ”ァ”ャーッ!!!」

「ぐっ!」
(力は弱いけど、得物の振り方が上手い!)

 心臓と首を的確に狙う二閃が、征夜の命を刈り取ろうと唸る。一撃目を紙一重で避けた征夜だが、二撃目は得物で受け止める。

 ところが、征夜の刀が槍に触れた途端――。

グワゥゥゥン・・・!

「はっ!?」

 呻るような低い音が、刀と槍の接点から響いた。
 その直後、先ほどまで自由に振るえていた筈の刀が、鉛のように重くなり、腕にのしかかる。

「隙ありぃッ!」

「うわぁっ!?」

 取り落としそうになる刀を必死に掴みながら、征夜は後ろに飛び退った。
 先ほどまで首筋が有った虚空に姉の槍が軌跡を描き、唸りながら引き裂いた。

(なんだ今の!?一瞬・・・刀が重く・・・!)

 握りしめる刀の重量感は、既に普段と変わらない。
 だが、姉の槍を受け止めた直後の重さは、確かに錯覚ではなかった。

(きっと”能力付き武器”の類い・・・何だ・・・?)

 敵が槍に触れた時、持ち主の意思に応じて効果が発揮される。
 そんな魔法か特殊能力が槍に備わっているのだと、征夜は瞬時に分析した。

「兄弟で、似た槍を持ってる・・・前後・・・左右・・・いや!軽重か!」

 二つで対を成す能力を、兄弟の槍がそれぞれ持っている。
 そう考えると、姉の槍に"重くする効果"があるなら、弟には"軽くする効果"が付いている筈。

(姉が重!弟が軽!・・・よし!利用させてもらう!)
<永征眼!>

「姉さん!コイツ!目が光って!?」

「気を付けなさい!イーサン!」

 凶狼の瞳を発動した征夜を見て、2人の戦士は警戒を強める。
 永征眼について知らなくても、彼に何らかの変化が起こった事は、雰囲気で理解出来るのだ。

「デリャアァァァーーーッッッ!!!!!」

 咆哮と共に駆け出した征夜は、槍を持った兄弟を取り囲むように走り、その軌跡で円を描いた。
 永征眼による肉体活性の結果、人間の限界を超えた速度で走り出した征夜。彼は調気の極意による視界の屈折も相まって、"残像を作り出すほどの神速"に到達した。

「ね、姉さん!」

「シャキッとしなさい!殺されるわよ!」

 弱音を吐こうとする弟に、姉は鋭い喝を入れた。
 気を引き締めて槍を握る姉の表情は勇ましく、その姿に触発された弟も、冷や汗を垂らしながら槍を握る。

 人間の眼では追えない速度。
 それこそ眼術で強化された動体視力でしか見切れない征夜の動きは、単調ながらも驚異的な突破力を持っている。
 たとえ二人で死角をカバーし合っても、攻撃に反応できるとは思えない。二人はそんな風に思いながら、互いに背を任せていた。

「ゼヤ"ア"ァァァーッッッ!!!!!」

 掛け声と共に、真円を描く征夜の残像は"姉弟の領域"に踏み込んで来た。
 先に反応したのは弟。慌てたような調子で槍を突き出し、"神速の刺突"を繰り出す。

 だが、征夜はそれすらも見切った――。

 打ち出された高速の槍をかわし、懐に潜り込んだ征夜。
 姿勢を瞬時に低くした彼は、男の槍を切り上げて弾き、伸び切った腕に強烈な峰打ちを直撃させる。

「ゼリャァッ!」

「ぐぁっ!?」

 ボキッと、何かが折れる嫌な音がして、男はその場に崩れ落ちた。
 カラカラと音を立てながら転がる槍を避けながら、征夜は間髪入れず女に立ち向かう。

「よくもウチの弟をぉッ!!!」

 怒りに燃える姉の槍が、征夜の首筋を掠める。
 心臓を狙う二撃目を、征夜は刀で受け止めた。それを見た女は、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「二回も掛かるなんてねぇッ!!!」

 さっきは取り逃したが、今度は逃がさない。
 槍の効果で、重量を増された刀。そんな物を握りしめた男が、踏み込んで斬撃を繰り出す直前の姿勢から、三撃目を避けられる筈が無いのだ。

 だが、彼女には誤算があった――。

「そこまで馬鹿じゃない。」

「なっ!?」

 刀を振るう征夜の足捌きは、微塵も鈍っていない。
 槍の先端に触れていた刀身は、直角に軌道を変え、更に加速しながら女を狙う――。

<<<秘剣・燕返し>>>

~~~~~~~~~~

「はぁ・・・はぁ・・・やっぱり・・・"軽くする効果"か・・・。」

 征夜は息を切らせながら、倒れ込む二人の男女を見下ろしていた。
 二人とも峰打ちなので、命に別状は無い。ただし、弟は両腕の骨が、姉は肋骨が折れている。

「ど、どうして分かった!俺の槍の能力が!」

「相手を軽くする状況なんて、限定的過ぎる。
 だから、きっと"自分の槍"も軽く出来る。そして、そのON OFFは別々に切り替えられない。」

 一般的な学力においては、小学算数すら危うい征夜。
 しかし戦闘のセンスにおいては、右に出る者が居ない。
 抜群の視力と観察眼を用いた分析で、征夜は男の持つ槍の能力の全容を瞬時に見抜いていた。

「きっと君の姉さんの槍も、効果を使った後は同じように重かった。
 だから重くなった刀を引き摺りながらでも、直後の突きを避けられたんだ。」

「くっ!そんな事までバレてたのね・・・げほっ!」

 悔しげに征夜を睨み付ける女は、折れた肋骨を庇いながら立ち上がろうとする。
 しかし、折れた骨で呼吸器が圧迫されているのか、思わず咳き込んでしまう。

「私の槍に触れても・・・重くなかったのは・・・!」

「俺の槍に・・・事前に触れていたから・・・。」

 弟と姉の槍が、対の効果を持つ。
 それ即ち、二つの効果を合わせれば打ち消せると言う事だと、征夜は考えた。
 あとは、”いかにして弟に槍の効果を使わせるか”。そこだけが問題だったが、征夜は強引に解決した。

「君たちの周囲を高速で回れば、反応速度を上げるために、軽量化の効果を使うと思った。」

「くっ!」

 目で追えない速度の敵に反応するには、重たい槍など邪魔でしかない。そうなれば、自然と槍を軽くする。
 自分の思考が完璧に誘導されていた事を知った男は、歯軋りと共に征夜を睨んだ。

(うわぁ・・・めっちゃ睨まれてる・・・。)

 征夜としては、彼らと戦う気は一切無いのだ。
 だが何らかの誤解が生じて、意味も無く戦う事になっている。まずは状況整理から始めようと、懸命に語りかける。

「君たちの負けだ。ここは一つ、落ち着いて僕の話を」

「舐めないで!まだ負けてないから!」

「やるんだな!?姉さん!今!ここで!」

「え?ちょ、ちょっと待っ!」

 姉弟の仰々しい様子に、嫌な予感を覚えた征夜。
 二人を制止しようと伸ばした手の先で、姉弟の手は互いを握り合い、同時に呪文を詠唱した。

<<<飛来せよ!双生の流星群!!!>>>

~~~~~~~~~~

ヒュ~ウゥゥゥゥゥゥゥ・・・!!!

「な、なんだ!?」

 絶望的な風切り音が、天空の彼方より迫って来る。
 征夜自身、"流星群"という言葉の意味ぐらいは分かる。そして、それが「飛来する」という言葉の意味も、理解しているつもりだ。

「や、ややや!ヤバい!」

 やがて、征夜の眼前に広がる夜空の闇を引き裂いて、巨大な2つの流星群が顔を覗かせた。
 風切り音は次第に大きくなり、燃える火球と化した星は更なる爆炎と共に地上に迫って来る。

「あ、アレを止めるんだ!このままだと!みんな一緒に!」

「死ねば諸共よ!」
「そ、そうだぞ!」

 覚悟がガンギマリな姉と違い、弟の方は少し気後れしている。だが、最も狼狽えているのは征夜だ。

「いやいやいやいや!待ってくれぇいッ!!!」

 会話で解決する為に敵を無力化したのに、まさかの自爆特攻を仕掛けられている。その事実に、征夜は動揺を隠せなかった。
 流星の落下スピードと衝撃の範囲を見る限り、今から逃げても間に合わない。征夜はアレの衝突を防ごうと躍起になるが、考えても何も良い案が出ない。

ヒュウゥゥゥゥゥンッ!!!!!

「や、ヤヤ!ヤバい!ぶつかるぞ花ぁッ!伏せろぉッ!」

 征夜は花だけは救おうと、衝突の直前になって思い立った。
 急いで彼女の方へ振り返り、背後に迫る流星の影を感じながら、走り出そうとする。



 だが、そんな彼の目に飛び込んで来たのは――。



「おっ、なんか落ちてきたな。」

「わ~い!キャッチー!」

「・・・は?」

 高速落下を続けた二つの流星は、何者かに受け止められた。
 "隕石衝突による全滅"と言う最悪の結末が、いとも容易く回避され、征夜は拍子抜けする。

「な、何だそれ・・・?」

「見りゃ分かんだろ?"金剛力士像"だよ。
 これから千手観音と弥勒菩薩作るから、ドンパチはよそで頼む。邪魔すんな。」

「仏像が壊れたらどうするの!危ないでしょ!?」

「は、はぁ・・・?」

 二つの隕石を受け止めたのは、"巨大な仏像"だった。
 直径5メートルはあると思われる隕石を両手で握り、物凄い目力で征夜の方を睨んでいる。

「え?え?こ、こんごーりきし?」

「コイツ、土を練って粘土作れる能力あんだよ。
 ソレを上から黄金でコーティングすると、ゴージャスな仏像が出来る。・・・これは金になるぞ!」

「な、なんて罰当たりな・・・。」

 何処からツッコむべきなのか分からず、征夜は混乱した。
 取り敢えず、崇高な存在である仏像を勝手に売ろうとしている愚か者に対して、諌める事にする。

「それもそうだな。おい蜜音、石膏練ってくれ。」

「へい!お待ちぃ!」

「・・・裸婦像でも作るか?」

「良いねぇ!セクシーなお姉さんを作ろう!それとも、ちっちゃい女の子にしちゃう!?」

 蜜音と呼ばれた女は、言い終わる前から石膏の形を整え始めた。

 不思議な事に彼女が軽く指を動かすだけで、石膏は簡単に形を変える。
 スレンダーな美女にも、幼女体型の美少女にも、瞬時に変身するのだ。

「ちょちょちょちょ!ダメよ!征夜がビックリしちゃうでしょ!?」

 疲れたような視線を二人に送っていた花だが、慌てて石膏像を覆い隠した。裸婦像を征夜の視線から外し、見えないように必死になっている。

「なんだ?お前の裸くらい見たことあるだろ?」

「無い!だからダメ!初めては私なの!」

 花は謎のこだわりによって、裸婦像を隠している。
 シンはそんな彼女を見上げながら、蜜音に小さく耳打ちする。

「なら、お前がモデルだ。おい蜜音、いけるか。」

「ふむふむ、胸は大きめでユッタリした感じ。お尻は骨盤が広くて・・・」

「や、やめて!」

 裸婦像を自分の姿に変化させ始めた蜜音を、花は慌てて制止する。

「えぇ~!Hで可愛いお姉さん作りたいぃ~!」

「じゃあセレアだな。アイツの乳は、たしかKカップで・・・」

「セレアもダメ!」

 正直、本人がその場に居れば普通に了承するだろう。
 だが、花は親友という立場として、セレアの裸婦像を作らせる訳にはいかなかった。

「蜜音!気を付けろ!ソイツらは"神宮殿"の手下だぞ!」

「あがががががぁッ!何言ってるか分かんなーい!」

 イーサンから忠告を受けた蜜音は、その言葉を掻き消すように、奇声を上げながら耳を塞いだ。

「何か・・・誤解があったみたいね。」

「うん・・・さっきから、何度も言おうとしてたよ・・・。」

 イーサンの姉は、相変わらず鋭い眼光を征夜に向けながら、少し気まずそうにしている。
 先ほどまで殺し合っていた自分達をよそに、他の仲間は和気藹々と遊んでいた。その事実が、バカらしく思えたのだ。

「えぇと・・・取り敢えず、俺たちの拠点に行こうか。姉さんも俺も、色々と折れてるし・・・。」

「あ、うん・・・そうしよう・・・。」

 イーサンと征夜も、少し気まずそうな調子で目を見合わせ、ノッソリと歩み出した。
 近くに停められていた馬車に、征夜たちを含めた6人で乗り込み、その場を後にする。

 視界の端に過ぎ去って行く巨大な仏像を見ながら、征夜は一つの疑問を抱いた。

(あんなデカい物を作れるなら、僕との戦いなんて楽勝だったんじゃ・・・。)

 数分で仏像を作り出す能力者と、流星を降らせる能力者。そのどちらも、規格外の戦闘力を持っている。

(今回の戦いは・・・一筋縄じゃ行かないな・・・。)

 かつて彼の師が言っていた、「隣り合う世界には、まだ見ぬ猛者がひしめいている。」という趣旨の言葉。

(どんな強敵が居るのか。この世界でも、僕は生き残れるのか。それは・・・正直分からない。
 でも、これだけは言える。この世界で、僕はもっと強くなれる。・・・間違いない!)

 征夜は"新たな世界"の実態を思い知らされ、まだ見ぬ強敵の力に恐れた。
 しかし同時に、自らの力を存分に振るえる環境に対して、少しだけ興奮していた。
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