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第九章 反逆の狼牙編

EP236.5 千年戦争

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 1000年と幾つか昔、人の足跡そくせきすら無い不毛の大地に、3組の男女が舞い降りた。

 1組は日本生まれの"地球人"、平安の世を生きる、優雅な貴族の夫婦だった。

 1組はブリテン人の血を継ぎし"太平の世界アンダーヘブン人"、伝説の騎士王を崇拝し、博愛に満ちた夫婦だった。

 残った1組は"超克者の世界オーバーロード人"、彼らは他の二人と違い、高度な魔法を使う夫婦だった。

 3組の男女は大陸の端々に転生し、山を越え、川を泳ぎ、森を抜け、風の吹き抜ける草原で出会った。
 6人は手を取り合い、家を建て、小さな村を作った。そしてついに、この世界で最初の"国"が出来た。

 3組の夫婦は子を成し、それぞれ2人の子供が出来た。
 不思議な事に、生まれた子供は全て男女の兄弟。大人たちが三人目を望んでも、それ以上を産むことは出来なかった。

 12人の人間たちは互いに協力しながら、より良い生活を求めて村を発展させた。
 3組の子供たちは大人になり、互いに別家の兄弟と結婚した。
 三家の血は混ざり合い、その世界に住む者たちは、全員が”一つの家族”になったのだ。

 丁度その頃、最初に転生した6人は、ほぼ同時期に世を去った。だが、彼らは死の床に伏しても、決して笑顔を絶やさなかった。
 彼らの築いた財産は、子供たちが守ってくれる。3つの家が手を取り合い、これからも繁栄してくれる。そう信じて、安らかな眠りに就いた。



 だが、彼らの子は違った――。



 平安貴族の子は、ある時に思った。
 自分には、"天照大御神の血"が流れている。太陽神の血を引く自分は、誰よりも崇高な筈だと。

 アンダーヘブン人の子は、ある時に思った。
 自分には、"ブリテン人の血"が流れている。騎士王の魂を継ぐ自分は、誰よりも高潔な筈だと。

 オーバーロード人の子は、生まれに誉れが無かった。
 その代わりとして、"絶対の自信"が有った。何故なら彼らには、親から受け継いだ魔法の才が有ったのだ。
 この力は、世界を発展させる為に使うべき。そう思いながら、彼らは互いのパートナーに寄り添った。

 父母の代が死に、未開の世界に取り残された6人の若人わこうどたち。
 彼らは婚姻で結ばれた関係とは言え、互いに愛が深いとは言えなかった。
 それも当然だろう。彼らは政略結婚ですらなく、他に一切の選択肢が無かったのだから。

 偏った優生思想を持った4人は、互いの家に対して並々ならぬ敵意を向けた。
 他の2人は魔法の研鑽に励みながら、各々の家の仲を取り持ち、険悪な両家を必死に諌めていた。



 ところが、そんな彼らの均衡は、”一発の稲妻”によって儚くも崩れ去った――。



 天を引き裂いて墜落した、一筋の光の柱。
 それは運命の悪戯であり、神の気まぐれ。だが、人の歴史を弄ぶには十分過ぎるほど、””だった。

 家屋の天井を突き破って、地面へと貫通したいかずち
 轟音と共に炸裂した黄金の閃光は、いとも容易く1つの命を奪い去ったのだ。

 最初に死んだのは誰だったのか。今となっては、そんな事は分からない。
 だが、絶妙な塩梅で成り立っていた天秤が、音を立てて崩壊した。その事実だけで、”血の雨”が降るのは必然だった。

 その日のうちに、新たに2つの骸が築かれた。
 それは誰かの妻であり、誰かの夫だ。彼らの寝込みを襲ったのは誰なのか、そんな事は語るまでもない。

 兄弟を殺され、怒りに燃える三人の男女。
 憎悪に任せて刀を抜いた地球人と、殺意のままに剣を取り上げたアンダーヘブン人。
 一触即発な空気の中でも、オーバーロード人だけは最後まで理性を失わず、対話を求めていた。

 そして、遂に三者は激突した。

 稲妻と轟炎が唸りを上げ、地震と噴火が天地を割り裂く一進一退の攻防。
 三日三晩に渡る死闘の末に、立っていたのはオーバーロード人の女。
 それまでの日々を研鑽に費やし、その場に居る誰よりも冷静な彼女が勝つのは、ある意味で必然だった。

 だが、心優しい彼女は敗者の命までは取らなかった。
 もう一度、1からやり直せば良い。そう思い、手を差し伸べたのだ。
 満身創痍の彼らも、彼女に向けて手を伸ばした。
 不本意ではあるが、今の彼女には敵わない事を彼らは理解していたのだ。

 しかしその時、驚くべき事が起こった――。

 彼女の背後に新たに現れた無数の影、それは正に”援軍”とでも呼ぶべき存在。
 日本人の転生者100人と、アンダーヘブン人100人。彼らは互いを睨みながら、彼女を包囲していたのだ。

 いくら魔法が得意と言えども、多勢に無勢。
 暗き谷の向こうへ敗走した彼女は強力な結界を貼り、二度と表舞台へ姿を現さなかった。



 残された202人の人間たちは原住民の二人を長として、大陸の端々で村を作った。それらはやがて巨大な帝国へと発展し、幾度となく衝突した。

 だが、100年に渡って続いた戦乱の時代も、少しずつ収束へと向かい始めた。
 平和を望む人々の意志は、戦乱の世界を”黎明”へと導いたのだ。

 そして、遂に訪れた”停戦協定”の日。
 長きに渡って続いた”100年戦争”は終わり、世界の均衡は二大帝国によって保たれる。誰もが、そう信じていた。

 遂に訪れた平和の時代は、神からも祝福された。
 人知を超えた力である””を持った男が、新たに二人も転生したのだ。

 片方は鎌倉の武士であり、もう一人はカトリックの神父。
 生まれた時代は違えども、彼らは日本人とケルト系の白人。よって、何も問題なく世界に馴染む筈だと、誰もが思っていた。

 ところが、またしても予想だにしない事が起こった。
 転生者を招き入れた両国の中で、大規模な内戦が起きたのだ――。

 考えてみれば、それは当然の結果。
 貴族を中心とした日本社会に投げ込まれた”最強の武士”と、異世界で発展した宗教社会に投げ込まれた”最強の異教徒”。

 ある者は彼らに迎合し、ある者は彼らと対立した。
 混沌を極めた両国の社会は完全に崩壊。国は4つに分断され、世界は再び疑心暗鬼の渦巻く魔境へと回帰した。



 何処までも続く100年戦争を抜けると、そこは"終わらない戦国時代"だった――。



 世界が纏まろうとする度に、火種は必ず噴き出した。
 ある時は宗教、ある時は政治、ある時は民族で憎み合い、奪い合い、殺し合う。

 血で血を洗う歴史を紡ぎながら、人々は遂に悟った。
 この禍々しき現世うつしよには、"人が対立する理由"など無限に存在するのだと――。
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