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6 目上の人には逆らえない
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社から娘の気配が消えたのを感じ取ると、鬼はゆっくりと立ち上がった。
縁側に立ち、そっと手を伸ばすと、舞い散る落ち葉に紛れた蝶がその指にとまる。
「調べてほしいことがあると、あいつに連絡してくれ」
具体的な内容を伝え終わると、蝶はふっと飛び立つ。
娘は救いの手を拒んだが、町の守り手としては悪事を見過ごすことはできない。娘は自分の事情について誤魔化していたが、あれは確実に何かある。
「怪しいのは叔母だな……だが他に頼れる当てもない、か」
鬼は独り言つ。諸悪の根源を絶ったとして、一人になった娘は生きていけるのか。
今回の件は完全に妖絡みで、あの娘が妖に好かれやすくなっているのは間違いない。この世との縁が今以上に薄くなると、もっと性質の悪い妖につきまとわれるだろう。
「いっそのこと――」
鬼の思考は中断された。馴染みのある気配が近づいてきたからだ。
「指示された修行は一通りこなしました!」
「次は何を致しましょう!」
目を輝かせて控える双子の頭を撫でると、鬼はにやりと笑った。
「そうだな、今日はいつもと違うことをしよう」
双子は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「それは……」
「先ほどの男に関わることですか?」
「なんだ? 嫌なのか? あいつのせいで俺に怒られたから嫌だなんてみっともないことは言ってくれるなよ」
鬼は扇をぱっと開き、双子を見下ろした。二人はびしっと姿勢を正す。どちらの体も小刻みに震えていた。
「も、もちろん鬼さまの指示には従います!」
「疑問を挟み、申し訳ございません!」
「うむ。分かったならよい」
鬼の圧が消え、双子は明らかにほっとする。鬼は懐から紐のついたがま口の財布を二つ取り出し、それぞれの首にかけた。
「小遣いをやるから、それで飯でも食ってくるといい。ついでに、赤い小鬼を捕まえて俺の元に連れてきてくれ。弱っているだろうから、お前らの力で十分捕まえられるだろう」
「弱っている?」
「おそらく。昨日そこそこ大きな力を使ったはずだからな。あぁ、その小鬼以外にも妙な動きをする妖がいたら、それも連れてこい」
娘の話と状況を考えるに、少なくとももう一匹は協力者がいるはずだ。
「「はっ」」
双子は真剣な表情で首肯し、すぐさま出発した。
「さて、面白くなりそうだ」
ひと通り指示を終えた鬼は、社の外に思いを馳せた。
今頃、愛しい子どもたちが町を駆けずり回っていることだろう。
わたしは坂を駆け下りて、商店街を突っ切ろうとしていた。
しかしもうすぐお昼ということもあり、そこそこ人が多い。通行人にぶつかってはいけないと気を遣っているから、全力で走ることはできない。
「わたる!」
どこからか怒声が聞こえる。喧嘩でもしているのだろうか。
「わたる! 無視とはいい度胸だね!」
「ぐえっ」
巻き込まれたくないな、と思っていると後ろから襟を掴まれ、首がしまった。
「やぁっと捕まえたよぉ……」
地獄の底から這いあがるようなおどろおどろしい声に、わたしは怯えつつ後ろを振り返る。
「て、店長!」
そこにいたのは、前のバイト先の店長だった。
真っ白な髪に一筋、紫のメッシュを入れた店長は、おそらく六十歳を超えたおばあちゃんだが、背筋はしゃんと伸びている。
いつも柔和な笑みを浮かべている彼女は、今は般若のような面相だ。
「あたしの電話を無視しておきながら、堂々と商店街を歩くなんざ勇気があるね? この馬鹿もんが!」
わたしは青ざめた。土曜日の朝から新山さんが目覚ましをかけていた理由に思い至ったからだ。
「あたしの目が黒いうちに仕事をさぼろうなんて、お前は本当に甘いねぇ。その性根、叩き直してくれるよ!」
細腕からは考えられないほどの力で、店長はわたしを引きずっていく。わたしは上ずった声で釈明しようとした。
「も、申し訳ございません! これには深いわけが……」
(こんなことになるなら、使い方が分からないからって携帯置いてくるんじゃなかった!)
携帯を持ってきていれば、新山さんの体で無断欠勤なんて最悪の事態は防げただろう。
涙目のわたしに、店長はぴたりと止まった。
「?」
「あんた……あぁ、そういうこと」
店長は何かを察したように呟くと、ずいっと顔を近づけた。
「あんた、ずいぶん酒臭いね。おまけに髭も伸びているじゃないか。こんな小汚い奴をお客様の前に出すわけにはいかないよ」
店長はわたしから手を放し、すたすたと店の方角へ歩いていく。
「明日から、また馬車馬のように働いてもらうからね。せいぜい覚悟しときな」
手を振りながら去るその小さな後ろ姿は、貫禄に溢れてとても格好良かった。
「ゆ、許された……?」
よく分からないが、今日のことは不問にしてもらえたようだ。
ふらふらしながら立ち上がり、わたしは体探しをなんとか再開した。
縁側に立ち、そっと手を伸ばすと、舞い散る落ち葉に紛れた蝶がその指にとまる。
「調べてほしいことがあると、あいつに連絡してくれ」
具体的な内容を伝え終わると、蝶はふっと飛び立つ。
娘は救いの手を拒んだが、町の守り手としては悪事を見過ごすことはできない。娘は自分の事情について誤魔化していたが、あれは確実に何かある。
「怪しいのは叔母だな……だが他に頼れる当てもない、か」
鬼は独り言つ。諸悪の根源を絶ったとして、一人になった娘は生きていけるのか。
今回の件は完全に妖絡みで、あの娘が妖に好かれやすくなっているのは間違いない。この世との縁が今以上に薄くなると、もっと性質の悪い妖につきまとわれるだろう。
「いっそのこと――」
鬼の思考は中断された。馴染みのある気配が近づいてきたからだ。
「指示された修行は一通りこなしました!」
「次は何を致しましょう!」
目を輝かせて控える双子の頭を撫でると、鬼はにやりと笑った。
「そうだな、今日はいつもと違うことをしよう」
双子は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「それは……」
「先ほどの男に関わることですか?」
「なんだ? 嫌なのか? あいつのせいで俺に怒られたから嫌だなんてみっともないことは言ってくれるなよ」
鬼は扇をぱっと開き、双子を見下ろした。二人はびしっと姿勢を正す。どちらの体も小刻みに震えていた。
「も、もちろん鬼さまの指示には従います!」
「疑問を挟み、申し訳ございません!」
「うむ。分かったならよい」
鬼の圧が消え、双子は明らかにほっとする。鬼は懐から紐のついたがま口の財布を二つ取り出し、それぞれの首にかけた。
「小遣いをやるから、それで飯でも食ってくるといい。ついでに、赤い小鬼を捕まえて俺の元に連れてきてくれ。弱っているだろうから、お前らの力で十分捕まえられるだろう」
「弱っている?」
「おそらく。昨日そこそこ大きな力を使ったはずだからな。あぁ、その小鬼以外にも妙な動きをする妖がいたら、それも連れてこい」
娘の話と状況を考えるに、少なくとももう一匹は協力者がいるはずだ。
「「はっ」」
双子は真剣な表情で首肯し、すぐさま出発した。
「さて、面白くなりそうだ」
ひと通り指示を終えた鬼は、社の外に思いを馳せた。
今頃、愛しい子どもたちが町を駆けずり回っていることだろう。
わたしは坂を駆け下りて、商店街を突っ切ろうとしていた。
しかしもうすぐお昼ということもあり、そこそこ人が多い。通行人にぶつかってはいけないと気を遣っているから、全力で走ることはできない。
「わたる!」
どこからか怒声が聞こえる。喧嘩でもしているのだろうか。
「わたる! 無視とはいい度胸だね!」
「ぐえっ」
巻き込まれたくないな、と思っていると後ろから襟を掴まれ、首がしまった。
「やぁっと捕まえたよぉ……」
地獄の底から這いあがるようなおどろおどろしい声に、わたしは怯えつつ後ろを振り返る。
「て、店長!」
そこにいたのは、前のバイト先の店長だった。
真っ白な髪に一筋、紫のメッシュを入れた店長は、おそらく六十歳を超えたおばあちゃんだが、背筋はしゃんと伸びている。
いつも柔和な笑みを浮かべている彼女は、今は般若のような面相だ。
「あたしの電話を無視しておきながら、堂々と商店街を歩くなんざ勇気があるね? この馬鹿もんが!」
わたしは青ざめた。土曜日の朝から新山さんが目覚ましをかけていた理由に思い至ったからだ。
「あたしの目が黒いうちに仕事をさぼろうなんて、お前は本当に甘いねぇ。その性根、叩き直してくれるよ!」
細腕からは考えられないほどの力で、店長はわたしを引きずっていく。わたしは上ずった声で釈明しようとした。
「も、申し訳ございません! これには深いわけが……」
(こんなことになるなら、使い方が分からないからって携帯置いてくるんじゃなかった!)
携帯を持ってきていれば、新山さんの体で無断欠勤なんて最悪の事態は防げただろう。
涙目のわたしに、店長はぴたりと止まった。
「?」
「あんた……あぁ、そういうこと」
店長は何かを察したように呟くと、ずいっと顔を近づけた。
「あんた、ずいぶん酒臭いね。おまけに髭も伸びているじゃないか。こんな小汚い奴をお客様の前に出すわけにはいかないよ」
店長はわたしから手を放し、すたすたと店の方角へ歩いていく。
「明日から、また馬車馬のように働いてもらうからね。せいぜい覚悟しときな」
手を振りながら去るその小さな後ろ姿は、貫禄に溢れてとても格好良かった。
「ゆ、許された……?」
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