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12 逮捕の瞬間

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 鬼さまの通報を受けた佳織は、警察署の屋上から町を見まわした。

 清々しい青空の下に広がる町の一角に、黒い靄がかかっていた。

「あそこかしら。事態が悪化する前に、さっさと行きますか」

 佳織の目は普通の人には見えないものが。それは妖であったり、悪意であったりする。不便も多いが、日常の業務に非常に役立つ力だ。

 署を出て颯爽とパトカーに乗り込むと、黒い靄の方向へ走り出す。

 安アパートの前に着くと、尋常ではない濃さの悪意が周囲を覆っていた。

「うわぁ……」

 ドン引きしつつ、車を停めて外に出る。すると男女の諍いの声が耳に入った。

「何で小夜ちゃんを引き止めなかったんだよぉっ! お金は十分払っただろ!」

「男のくせに情けなく気絶させられたのはあんただろ⁉︎ あのクソガキを捕まえたら好きなように遊んで構わないから、がたがた喚くんじゃないよ! ったく、何で車のエンジンがかからないの⁉︎」

 靄の発生源は明らかにこの男女だ。佳織はにっこりと近づく。こんこんと窓を叩くと、車が動かず逃げ場もないからかすんなりと開けてくれた。無視する方が怪しまれるという判断だろう。

「あの、何かお困りですか? 私でよければ手伝わせてください」

「! いえ、警察の方のお手を煩わせるわけには」

 警察手帳を見てあからさまに体を震わせる男とは対照的に、女は一瞬にして猫を被った。だが佳織には見えていた。嫉妬、怒りの念が凝縮されたような般若の面、誰かを傷つけたくてたまらないという負の感情が。

 そして車内にも何やら良くない念が見えた。男の鞄の中だ。

「いえいえ! 善良な市民を守るのが我々の使命ですから! と、いうわけで、ちょーっと車の中を見せてもらいますね」

「はぁ⁉︎ 何を勝手に――」

「や、やめろぉ! げふっ」

 助手席の男から鞄をひったくり、ファスナーを開ける。止めようとした男がドアを開けて飛びかかってきたので、足をちょいと引っ掛ける。

「あら、ごめんなさい。私の足が長かったみたいで」

 鞄から出てきたのは、大量の写真。脱衣所や浴室を背景に、そこに映りこむ少女――。

 佳織は笑顔を消し、大男でさえもすくみ上る無表情で追及する。

「ここに写っている子、どう見たって未成年ですよね? さっきのお金を払ったっていう発言もばっちり録音させてもらってます。詳しい話は、署でじっくり聞かせてもらいますね」

 女は必死になってアクセルを踏んでいるが、車はうんともすんとも言わない。佳織はふと、ボンネットに青い小鬼が乗っていることに気がついた。

(この妖が邪魔しているのね)

 佳織は小鬼にウインクを一つ寄越すと、見苦しく騒ぐ男女に手錠をかけ、署に連行した。



 わたしは鬼さまから、優子さんと客が何か罪を犯していたので捕まったという話を聞いた。何か、の部分はきっとわたしと関係があるのだろうが、鬼さまはぼやかして明確なことは教えてくれなかった。

「……捕まったなら、確かにすぐには会えないね」

「そうだろう? 分かったらさっさと嫌な奴のことは忘れて――」

 わたしは鬼さまの声を遮った。

「忘れてしまいたいからこそ、今すぐけりをつけたい。どうにか、鬼さまの力で会うことはできない?」

「……ふむ。先ほどの小鬼どもの力を借りれば、今のお前でも可能だろう」

 鬼さまは「最初の修行にちょうどいいかもな」と自分を納得させるように言って、わたしにその方法を教えてくれた。
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