上 下
10 / 10

願わくば

しおりを挟む
 聖女死亡

 そんな噂が田舎にまで回って来る頃には季節は一周巡っていた。

 とある田舎の辺鄙な森の奥で私は先ほど寄った村での噂話を思い出していた。
 思い出しながら森を歩き、小さな泉に出たところでほとりに腰かけた。そこに居た先客の横に。

「終わったのか?」

 ドルノがぶっきらぼうに聞いて来る。私はコクリと頷いた。

「そうか、もう慣れたものだな」
「さすがにこれだけの死に目に遭えばね。最初は不安だったけど」
「それで?」

 確認のような問いに私は肩をすくめた。

「今回の魂も無事に成仏したよ。・・・なかなか死神になる人には会えないね」
「そう簡単になられてもな。俺だって長年死神をやってるが、カシファを入れても両手で事足りる」
「長年って・・・そう言えば聞いた事なかったけど、ドルノは死神になってどれくらいなの?」
「・・・百年までは数えていたが・・・面倒になって数えるのはやめた」
「そうなんだ」

 それだけの長い時間を一人で過ごしていたのだろうか?人の死に目に人と話す以外、ずっと彼は一人で?
 両手で事足りると言うが、それでもそれだけの人数の死神と出会ったのだ。そして彼を死神にした死神もまた居たのだろう。その中の誰かと一緒に旅した事は無いのだろうか?思い入れのある人はいないのだろうか?

「何か変なこと考えてないか?」
「一人で寂しくなかった?」

 ストレートに聞きにくいので遠回しに聞いてみると肩をすくめるドルノ。

「寂しいという感情すら感じてなかったからな。生前の事を考えると、自由気ままで楽だった」

 生前がどうだったのかも聞いた事はない。いつか聞きたいとは思うけれど、まだそれを聞くほどの関係なのか、距離感が測れないでいるのだ。――とはいえ時間はたっぷりあるのだ、焦るつもりもない。

「そう言えば、行った村で噂を聞いたの」
「噂?」
「聖女が死亡したって噂。今頃回って来るなんてね、さすが田舎」
「こんな土地では聖女の存在などそれこそ神のように遠いものだろうからな」

 ここから聖女がいた王都まで、馬を飛ばしてもひと月はかかる。そのような場所に聖女など縁もない。だからこその一年後の噂なのだろう。

 私は森の木々の合間から漏れる木漏れ日に目を細めならが、かすかに見える空を見上げた。見上げてポツリと呟く。

「死んでないんだけどね・・・」
「死んだも同然だろう」

 ドルノの言葉に苦笑を返す。
 そうセシカは死んでない。彼女は今も生きてるのだ。一応、と付けておくべきかもしれないが。

 父は死んだ。ドルノが殺して闇の世界に堕とした。いつまで彷徨わせるかは・・・私次第なんだそうだ。私が許せば成仏できると言うが、私はまだ父を許せてない。その日は遠そうだ。

 母は生きてはいるが廃人のようになっている。私が見せた幻覚で正気を失い、そういう施設に入ったらしい。

 そして姉。セシカ。元聖女。
 彼女は聖女の力を失った。つまり聖女としては死んだのだ。

 死神の鎌とは非常に便利なもので、実際に攻撃として使えるのは勿論のこと、切り捨てたいと思った物を切れたりするのだ。

 私はセシカの聖女としての能力を切った。切り捨てた。壊した。

 そうなるとどうなるのか。
 前述のとおり、セシカは聖女としての力を失ったのだ。今の彼女は『ただの人』。だからなのか、彼女は死んだことになった。いくら力を失ったとはいえ、元聖女を教会や王家貴族が見捨てたとんばれば体裁が悪い。かと言って『ただの人』であるセシカを囲む意味がない。だからこその死亡説。

 遺体はとか聖女ならば国葬は?とか色々気になる点は多かったけれど、教会と王家の権力をもってすればその程度どうとでもなる。実際なった。

 その後のセシカがどうなったか知らない。時間はたっぷりある死神の身だから、また王都に戻って様子を見てもいいけれど、彼女がまだ王都にいる可能性は低いだろう。

 路頭に迷って野垂れ死んだかもしれないし、娼館に入ったという噂も半信半疑だ。

 正直どうでもいいのだけれど・・・もう私に彼女への情は無いのだから。いいえ、最初から無かったか。

 ただ、願わくば。
 私には願いが一つある。

「願わくば・・・」
「うん?」
「セシカにはまだ生きてて欲しい」
「・・・どうして?」

 驚いた様子も不思議そうに眼を見開くでもなく、淡々とドルノは問うてきた。きっと次に続く私の言葉が予想出来てるのだろう。

 だから私はニコリと微笑んで立ち上がった。

「彼女が死ぬとき、私が側にいたいから」

 そうなるか分からない。死神は自然と誰かの死に目に向かう。全ての死者の元へ行くわけではなく、その法則性は分からない。

 だけどきっと、と私は確信する。

「彼女が死ぬとき・・・命ついえる彼女の側で、私は微笑んで側にいたいわ」

 その時セシカはどう思うだろう。
 黒髪黒瞳になったとはいえ、老いる事無く、自身が手放した若さと美しさを持ち続ける私の姿を見て、彼女は何を思うだろう。

 それを考えたら・・・ゾクゾクするのだ。笑いが漏れそうになるのだ。

「楽しみだわ」

 セシカの死に目に呼ばれるか分からない。分からないけれど私は確信している。

「楽しみだわ」

 もう一度呟くと、手に持った鎌が音を立てた気がした――




  終わり
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...