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婚約破棄を望まれたので笑顔でバイバイした

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「リアラナ・ブラッド公爵令嬢、お前の暴挙の数々これ以上我慢ならん!お前との婚約は破棄する!」

お決まりの貴族での学園生活。

お決まりの卒業パーティ。

お決まりの婚約破棄。

なんて楽しく心躍る瞬間でしょう。

なんてつまらなく吐き気をもよおす瞬間でしょう。

「わたくしがそれを素直に受けるとでも?」

扇で口元を隠し、私は王太子殿下にチラリと視線を投げた。

金髪碧眼、見目麗しき王太子。

同じく金髪碧眼のわたくし。

同じ18歳とは思えぬ幼い顔の……童顔の王太子はその顔を歪める。

わたくしはといえば、およそ18歳とは思えぬと評価される顔に、クスリと笑みを浮かべる。

パチンと扇を閉じて、その笑みを見せた。

──妖艶な、怪しげな笑みを。

その笑みに一瞬心奪われたのは王太子。一瞬にしてその頬は朱に染まる。

分かっているのですよ、わたくしは。本当はあなた、わたくしの顔こそが何より誰より好みなのでしょう?

いつも会話をするたびに、その目線は熱を帯びて注がれること、わたくしは知ってるのですよ?

私の目を唇を、胸元を体を。

いつもねめつけるように、愛撫するように見つめてくることを、わたくしは気付いております。

あなたが恋焦がれる相手がわたくしであること。

(知らないと思って?)

だというのに、あなたはそそのかされた。

ほら、その横に立つ女。

地味な茶髪に茶眼、目を引く美しさなど持ち合わせぬ、平凡で凡庸な少女。

「そこのあなた。お名前は?」

知っていたはずだけれど、そんなものはとうに忘れた。

女の名前など、わたくしは興味ない。

だから問うた。

ニコリと微笑めば、その女もまた頬を赤く染める。

わたくしの容姿は、男女問わず魅了する。

それは生まれ持った能力、私の才覚なのだ。

「わ、私はアルディス男爵家が娘、ミラドールです!」

声高らかに女が名乗る。けれどその声は震えてるわね。

「恐いの?」

「恐くないわ!」

問えば答えはすぐに返る。けれどやはりその声は震えたまま。

それは怖れか感動か。

私の存在に怖れを抱き、声をかけられたことに感動しているのか。

だがそれ以上は見せぬ、これ以上は魅せない。

(わたくしの顔は、そんな安っぽいものでなくてよ?)

「そう、男爵家……男爵家の女が、よろしいのですか?」

問いかけた相手は王太子だった。

わたくしの視線にビクリと体を震わせる、まるで子供のような幼い顔で怯える王太子。

もうわたくしの口元に笑みはない。

射抜くような視線が、ただ王太子に向けられるだけ。

「あ、あなたはミラを虐げていただろう?」

震える声で精一杯の虚勢をあなたは張る。

「虐げていた?わたくしがですか?その小娘に?」

チラリと視線を横に投げれば、男爵令嬢の顔がまた別の赤に染まる。それは怒りの赤。

小娘と言われたことが気にくわないのかしら。

けれど私は公爵令嬢。男爵令嬢などどるにたらぬ小娘なのよ?

「い、色々されました!教科書を破られたり、花瓶の水をかけられたり、王太子からいただいたドレスにワインがかけられたり……それに!」

「それに?」

「……っ!」

再び妖艶な笑みを浮かべれば、たちまちまた別の朱に頬が染まる。可愛らしいこと。

「そ、それに数日前、階段上から私を突き飛ばして……私、危うく大怪我するところだったんです!幸い捻挫ですみましたが……」

必死で言い募る少女の目には涙がたまっている。それほどに発言するのに勇気がいったのか。

「聞いたであろう!?お前はとんだ悪女だ!本来ならば追放したいのだが確固たる証拠がまだ集められぬ今、まずは婚約破棄から……!」

「あはははは!」

王太子が言い終わらぬうちに、わたくしの口から笑い声が飛び出した。

公爵令嬢たるもの、大声を上げて笑うなどあってはならないマナー違反。醜い様。

でもわたくしには分かるのです。そんな様ですら、わたくしならば美しくなると。

ほら、皆が見とれてるわ。わたくしの破顔に、頬を染めて魅入っている。

(でももうおしまい)

わたくしはまた扇で口元をかくす。それをさも残念そうな顔をするのは、王太子に男爵令嬢。

これ以上はあなた達に見せてあげないと、わたくしは扇の向こうでクスクス笑う。

そして側にあったテーブルに乗ったそれを手にとった。

それは真っ赤な、美しき赤きワイン。

美しいわたくしの指が、グラスをそっと手に取る。そして優雅に歩き出す。

そして──

「きゃあ!?」

バシャリと音を立てて、それはこぼれ落ちた。

男爵令嬢の頭上へと。

皆がわたくしの所作に見惚れ、何も出来ぬままに彼女の髪は顔は、朱に染まる。

「な、何を──」

「綺麗ね」

「え?」

ツツ……と、わたくしは男爵令嬢の頬に指をはわせた。

見開かれる目。

「あなたの汚い茶髪が、綺麗な赤に染まる。これほど美しいことはないわ」

「なにを……」

「殺せなかったのは残念だけど、まあ仕方ない」

「え?」

それは認めた言葉。

そう、わたくしは認めたのだ。

男爵令嬢を虐げたのも私。階段から突き落としたのも私。

「あなたを殺そうと思ったのは私」

「な……」

言葉を失ったのはその場にいる全員だった。

「ねえ魔王様、もういいわ。もういらない」

言葉を失い、何もしない輩に用はない。いっそ怒り狂って私に襲い掛かれば良いものを。

けれどしなかった。王太子も男爵令嬢も誰も彼も。

だから私は空を仰ぎ見た。さすれば即座に空中にヒビが入る。

ピシリと割れて、その人が顔を出す。

黒髪黒瞳、闇より深い黒をまといしその人。

誰もが息をのむ、美しさをたたえたその人が。

「魔王様」

姿を現す。

「もういいのか?」

魔王様の美しき声がこの場を支配する。

誰も動かない、誰も何も話さない。私以外は。

「ええ、もう充分遊びましたから」

「そうか。消して良いのだな?」

「はい。ああこんなに楽しかったのは何百年ぶりでしょう?人のフリをするのもたまには楽しいものですね」

「我はつまらんがな。お前が他の男と婚約など、我慢ならなかった」

「あら嫉妬ですか、それは嬉しい」

「ふん」

そっぽを向く魔王様はどことなしか頬が赤い。

その頬に優しく口づければ、機嫌は直ったのか彼の目がわたくしを射抜く。

ああその目、ゾクゾクする。

「ああゾクゾクする。ねえ魔王様、早く二人きりになりたいわ」

「そうだな。では邪魔者は消してしまうか」

「ええ。そうですわね」

もうわたくしの目には魔王様しか入らない。美しき愛しい人の顔だけ。

「おい、リアラナ!?お前は一体──」

焦る王太子の声が聞こえるけれど、そんなものは雑音でしかなかった。

だから私は振り返り、ニコリと笑みを向けて

「バイバイ」

と手を振った。

それでおしまい、全ておしまい。

たわむれで作った人の世界、退屈だからとダダをこねたわたくしに魔王様が作ってくれた世界。

それを終わらせる合図を告げて。

魔王様が手を振り。

世界は真っ赤に染まって消えた。

血の色を残して、私と魔王様だけを残して。

すべて

消えた


[おわり]
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