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魔女と始まりの一の剣

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 僕が病院に入るとそこには彼女が待っていた。

 相変わらずの厚底の靴を履いて、ロリータよりの全体的に白いファッションを身に纏いそこに居た。

「もう来てくれないと思ってたよ、ありがとう」

「まだ、どうするかは決めてませんよ。答えを出すために今日は来ただけです」

「それでもうれしい、ありがとう」

 彼女は少し涙ぐむように、僕へとお礼を言って。

 僕の手を取るとそのまま奥へと僕を引っ張っていった。

 その光景をカウンターに立つ、いつもの受付の女性が微笑ましく見ていたのに気づいて気恥ずかしくなった。

 彼女は少しだけ強く僕の手を握りながら、前回より気持ち速足で僕を引っ張りながら歩く。

 相変わらず彼女の手は柔らかく、その感触にドキドキする。

 手を通してこのドキドキが伝わってるのではないかと思うと余計にドキドキが増した気がした。

「みんなが待ってるよ」

 そう言った彼女の手は僕の手をさきっよりもほんの少しだけキュッっと握り、すぐに離した。

 僕はなんとなく彼女の離した手を見つめるが、扉が開く音にすぐ意識は扉に向いた。

 そこには僕が来るのが分かっていたかのように老人たちが並んでいた。

「よぉ、少年。しんどいのによく来たな」

 そう言って山室さんは僕に声を掛ける。

「私は君が来てくれただけで、満足だから。参加するかは君が決めて」

 ここに来てもなお彼女は僕の精神を慮ってくれる。

 僕だってここで何も出来ず怖気づくくらいならきやしない。

「僕も君を斬るよ」

 そう言って、精一杯の虚勢を笑顔にして顔に張り付ける。

「なら、頼むね」

 彼女はそう言って老人たちの間を通って前へと出る。

「始まるわよ」

 そう老人の一人が言ったのを合図にみんなの手に様々な武器が顕現していく。

 相変わらず僕の手には何の武器も出てこない。

 彼から受け取った剣すら出てこない。

 あの剣を本当に譲り受けたのならば、せめてここで出ないとおかしいじゃないか。

 僕が自分の手のひらを凝視し、電車での出来事を思い出している間も彼女は老人たちに切り刻まれていく。

 彼女の悲鳴と苦悶の声が箱の中にこだましても、決して誰も手を緩めるものはいない。

 前回よりは半歩かもしれない、それでも覚悟を持ってこの場に立っているはずなのに結局何もすることが出来ない自分に綺羅立ちを覚えた。

「良いんだよ、君は……」

 切り刻まれつつ彼女は僕に微笑んだ。

 老人たちも僕に一瞬だけ視線を向けるが、その瞳は安堵の色をしていた。

 彼女を殺すことが目的で、唯一殺せるかもしれない人間がここに居る。

 それなのに何も出来ない僕を落胆の目ではなく、安堵の目をしている……。

 少しだけそれに違和感を覚えた。

「おい少年今日も出せないなら、武器はあそこにあるぞ」

 そう言って山室さんは武器のある方を指さした。

 僕は彼女を斬りつけるために振り下ろされる武器の音と苦悶の声が交互に聞こえる中、背中を向けて武器が並んでいる場所まで走った。

 僕はそこから前回と同じなんの変哲もない剣を手に取る。

 相変わらずズシッとした重さに少しだけ重心を取られ、よろめく。

 しっかりと握りなおして、老人たちに混ざろうと向かうが道中で彼女と目が合ってしまう。

 全身傷だらけでボロボロになった衣服も鑑みずただただそこに立ちすくむ彼女を直視できず目を逸らす。

 老人たちに混ざって彼女の元まで行き、一斬りする。

 うがっ、という彼女のうめき声がする。

 相変わらず肉を割く感触気持ち悪く、骨の辺りではじき返されるのか手に帰ってきた衝撃で剣を落としそうになる。

 キュッ――

 何度か必死になって彼女を斬りつけているうちに足が滑って、手からも剣が落ちる。

 ガランッという鈍い音が響き、ベチャッっという音と共に膝を着いた。

 彼女の血が僕の足元まで流れてきていた。

 足を着き、滑って思うように立ち上がれなかった。

 一度足元を確認しようと下を見ると、そこには歯をカチカチさせながら震える情けない顔をした自分の顔があった。

 手を見ると小刻みに震え、地面に広がる血にまでその振動は伝わっていた。

 何度も血に浸けた膝を震える手で殴り、立ち上がろうとするが震える足はどうにもならなかった。

 気づけば老人たちの手は止まっており。

「もう、無理をしなくていいよ」

 彼女に言われるとなんだからとても情けない気持ちになった。

 それなりに覚悟して来たんじゃないのか、結局こんなところでビビッて何も出来ない人間のままなのか。

 悔しさと情けなさが入り乱れた感情に自分でも感情のコントロールが出来なくなっていた。

 悔しさに爪が食い込むまで握り込み、血に濡れた床を何度も何度も殴った。

 その姿をさすがに心配に思ったのか、傷だらけの彼女は僕の元へと歩いてきてしゃがみ込んだ。

 それから血の床を殴り続ける手を取る。

「君が辛いならもうやめてもいいんだよ」

 そう彼女は僕に笑う。

「君は分かっているのか、僕がやらないとこの永遠に意味のない行為をまだずっと続けないといけないんだぞ」

 彼女は何も言うことはせず、僕に微笑んだ。

 その笑顔を僕はなんだか、気持ち悪いと感じてしまった。

 普通に考えたらこんな異常なことをずっと繰り返しててまともなわけがないんだ。

 そう思うとその怒りの矛先は老人たちに向かった。

「知ってるんだろ!!今やってることが無意味だってことを!!」

 老人たちは何も答えない、されどもとうとう知ってしまったんだなという雰囲気は感じた。

 わかっていて、理解していて、そのうえでずっとこんなことを続けていたんだ……。

 僕の中に煮えたぎるマグマのような感情が沸々と湧いてきた。

 許せない、この老人たちも。

 それらをしょうがないと受け止めている、彼女さえも。

 そう思ったとき、僕の手の色が変わった。

 手の中にあの剣が現れた。

 先ほどまで握っていた剣ではなく、電車の中で白髪野郎に託されたと思しきあの剣が。

 その剣を握り、怒りのまま薙ぐ。

 彼女の左腕が吹っ飛んだ。

 その腕が吹っ飛んだ光景に僕も周りの老人も、彼女でさえ何が起きたのか理解できなかった。

 だけど、確かにその剣は僕の手にあり、その剣を見た彼女の目は先ほどまでとは全く違う。

 「なぜ……」絞り出すように彼女はいう。
 
 ベチャッと斬り飛ばした腕が血の上に落下すると、僕の手から剣がちょっとずつ消え始めていた。

「今日もここで終わりだね」

 そう言うと彼女は天を仰ぐように上を見た。

 それが僕にはなんだか涙をこぼさないようにしていた様に見えた。

 老人たちは口々に「やっと、収穫があった」とかなんとか口々に言いながら、この部屋から去っていく。

 そしてこの部屋にはまた二人だけが残された。
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