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序章 異能力者転生編

第6話 吸血鬼は語る

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二階堂を家に招いたエットは、背負った弓矢を壁にかけ、彼を奥の空き部屋まで先導した。

「さ、ノアちゃんも君も今日はここに泊まっていいから、遠慮せずくつろいでね」

「い、いいのか?こんなに良くしてもらっちゃって…」

「いいんだよ、この村に来客なんて滅多にないからね。おもてなしさせてよ」

エットは扉を開け、部屋の中へと二階堂を招き入れる。
窓辺に置かれた椅子に彼は腰を下ろすと、エットは笑みを浮かべこう言った。

「じゃあ僕、何か食べれるもの持ってくるよ!待っててね」

「えぇ!?そ、そこまでしなくていいって!泊まれるとこ用意してくれただけで俺は…」

二階堂の声は届かず、エットはもてなしの準備をするため、部屋から飛び出していった。
彼のお節介焼きな部分を垣間見た二階堂は、申し訳なさを感じながら、ふぅっと一息吐く。

(とりあえずノアが帰ってくるまで、現状置かれている状況を整理しよう。
俺はこの異世界に飛ばされてきて、いくつか分かったことがある。

まずこの世界には「魔法」が存在する、俺の持つ異能とは違った特殊な力だ。
馬車の周辺で戦ったローブの男の言動からするに、「魔法は魔力を消費して使用する」らしい。
杖を触媒として魔力消費を抑えると言っていたし、間違いないだろう。

“発動条件を満たし、精神力を削って効果を発揮する異能”とは根本的にモノが違うな。
しかもその威力は驚異的だ。現に魔法を食らって出来た傷が、まだ完全には塞がっていない。
そんな代物を相手取らなきゃならないなんて、先が思いやられるな…)

二階堂は腹部の傷をさすりながら、脳内で物事を整理する。

(そしてもう一つ、「この世界では馬車がまだ普通に使われている」
つまり文化レベルが現代よりも進んでいないということだ。王都がどれだけ栄えているのか分からないが、
周辺に森が生い茂っているところを見ても、まだ全ての土地が開拓されているわけではないらしい。
恐らく中世時代と似たような発展具合なんじゃないだろうか?
この世界特有の文化や思想も根付いているだろうし、参ったな…俺上手く暮らしていけるのか?)

二階堂が頭に手を当て、深くため息を吐くと、部屋の扉が開き、中へノアが入ってくる。

「おう来たかノア、村長との話は済んだようだな」

「えぇ、優しい方だったわ。何日でもここに滞在して構わないって」

「そうか、俺からも後でお礼を言わなくちゃな。ひとまず話してきてくれてありがとよ、ノア」

「うん、私もエットにお礼しなくちゃ。
 まさか案内してくれただけじゃなくて、家にも泊めてもらえるなんて…」

「ああ、この村の人達には頭が上がらないぜ」

二階堂が静かに笑うと、ノアはベットに座り込み、暗い表情を浮かべる。
その顔が気になった二階堂は、心配そうに声をかけた。

「どうしたノア、大丈夫か?」

「え、ええ、ちょっと今日は色んなことがあって…」

「…友人のことか」

二階堂がそう言うと、ノアは視線を下に向け、キュッと指先に力を入れた。

「お前の事情を詮索しないとは言った、だがもし辛くて苦しいなら、いつでも話は聞くぞ」

二階堂は静かに口を開き、ノアへ語りかける。

「…優しいのね、アンタ」

「ただ失礼で不器用なだけだ、別に心が死んでるわけじゃない」

二階堂は背もたれに背中を預け、窓から月夜を眺める。
ノアはそんな彼にどこか安心感を覚え、今まで溜め込んでいた感情や思いが、口から溢れ出した。

「…私はセバスと”あるご主人様“に仕えてた。未熟な吸血鬼の私と違って、
 セバスは優秀な執事として仕事をこなしてた。それでも私とは隔てなく仲良くしてくれたし、
 何度も丁寧に仕事を教えてくれた。生まれた時からセバスとは一緒で、いつもお世話になりっぱなしで、
 いつか恩を返そうって…ずっと、ずっと思ってた。それなのに…」

すると彼女の目からポロポロと涙が溢れそうになる。

「私が…私が逃げるための馬車なんて用意させなければ!!
 私がご主人様の屋敷から逃げさえしなければ…!私の…私のせいで…!」

ノアの話を聞いて、二階堂はハンカチを手渡しながら、彼女にこう尋ねる。

「一体俺と出会う前に、何があったんだ?その仕えてた主人の屋敷で何が?」

溢れる涙を拭きながら、ノアは真剣な表情で口を開く。

「今から話すことは、この王国の危機に関わるものよ。出来れば秘密にしておきたかったけど、
 アンタになら…話してもいいかもね」

「お、王国の危機だと?ちょっと待て、スケールがデカすぎないか?」

「それほど重要気密だってことよ、聞く覚悟があるなら話すけど、どうなの?」

まっすぐな眼差しを向けられ、ゴクリと息を呑む二階堂。
だが一息入れ真剣な顔に切り替えた彼は、ノアへ力強く言葉を返した。

「覚悟なら出来てる、聞かせてくれ」

「アンタならそう言ってくれると思ったわ。
 …私が何故あの森に逃げていたのか、何故野盗達に追われているか、何故ご主人様の屋敷から逃げたのか。
 アンタと出会う前に、一体何が起こったのか。二階堂、アンタを信用して話してあげる」

ノアは二階堂の顔をじっと見つめ、静かに語り始める。

「ある日、私が仕えてたご主人様の屋敷は、何人もの野盗達に襲撃されたの。
 ご主人様が大切に保管していた魔導書、“死霊術網羅書“を奪うためにね。
 野盗の長はご主人様を殺して、その魔導書を強奪した。
 私はなす術なく屋敷から逃げ出して、野盗達はそれを見て追いかけてきたのよ。
 あの時ほど、自分の無力さに苛立ったことはないわ…」

 ノアが拳を握り締めると、二階堂は彼女に言葉を返す。

「そうか、そんなことがあったのか…すまない、辛いことを思い出させてしまって。
 しかし何故それが王国の危機へ繋がるんだ?
 確かに野盗達は驚異だが、それでも国を巻き込んでっていうのは大袈裟だろう」

「いいえ大袈裟じゃないわ、問題は魔導書の方にあるのよ。
 奪われた“死霊術網羅書”は、世界でも指の数に入るくらい危険な禁書なの。
 死者を蘇らせ、生者を屍に変え、屍を下僕として束ねる…野盗の長はそんな邪悪な力を、
 王国に向けて使おうとしているわ。もしそんなことになったら王国は崩壊、すぐ地獄と化すでしょうね」
 
ノアは青ざめた顔を浮かべながら、口を開く二階堂を見つめた。

「ま、マジかよ…もしかしてお前は、この事を国の上層部へ伝えるために、王都を目指してるのか?」

「ええそうよ。もし屋敷から奪われた禁書が原因で、王国が滅んじゃったら、
 逃げた私は死んでも死にきれないの、だからこの件は必ず私がなんとかしないと…」

「つっても一般市民の言葉に、国の上層部がいちいち耳を傾けてくれるものか?
 門前払いされるのが関の山なんじゃ…」

「大丈夫よ、私のご主人様が王族と知り合いだったらしいの、ご主人様の名前を出せば取り合ってくれるはず」

「すげえなお前のご主人、禁書を保管してたり、王族と顔見知りだったり、只者じゃないな」

二階堂が口元に手を当て、思考を巡らせていると、再びノアに問いかけた。

「だがそのご主人が野盗達に倒されている、加えて長は王国を死霊術で崩壊させようと企んでるときた。
 明らかに野盗の域を超えているだろ…ノア、襲撃してきた野盗の長について、何か分かることはないか?
 なんでもいいんだ、何か手がかりがあれば…」

「そ、そうね…あっ、そうだ!確か下っ端達が、長の事を「オリエ リン」と呼んでたわ!
 変わった名前だったから印象深かったのよ!」

ハッとした顔をするノアの視線の先で、二階堂は一人考えた。

(襲撃首謀者の名前がオリエ リン……織江凛?まるで日本人みたいな名前じゃないか。……ん?

ま、まさか野盗達のボスは、俺と同じ“現代から飛んできた転生者”か!?

この世界の人達とは明らかに違う名前と名字!!もし転生者が王国を転覆させようとしてるのなら…!)

顔から冷や汗を流す二階堂は、深刻な声でノアに話す。

「ノア、俺もこの事件を追うよ。そして首謀者にケジメをつけさせる」

「ど、どうして!?この問題は元々私がなんとかしなくちゃならないものよ!アンタまで背負う必要は__

「あるんだよそれが。俺はその首謀者の織江凛って奴に、どうしても会わなくちゃならないんでな」

(そしてもしそいつが元の世界の住民なら、
同じ元の世界の自警団員の俺が、黙って見てるわけにもいかないからな)

二階堂は決意を瞳に宿し、ノアの心に訴えかける。彼女はゴクリと息を呑み、二階堂へ言葉を返した。

「わ、分かったわよ、アンタの好きにして頂戴。アンタを止める権利は私にないわ」

ノアはハンカチを二階堂に返すと、腹の中の秘密を全て明かし疲れたのか、バタリとベットに寝転んだ。

「はぁ…今日はもう寝ましょう、明日は王都へ向けて長旅が始まるわよ」

「そうだな、…話してくれてありがとよ、ノア」

「フン、せっかく信用して話したんだから、裏切ったらタダじゃおかないわよ?」

「そりゃお互い様だな」

二人はお互い用意されたベットへ横になると、明日に備えて休息をとった。
部屋の中は静まり返り、意識を眠りへと誘った二人は、瞼を閉じて寝息を立てる。


扉の前で聞き耳を立てていた、エット一人を他所に。

「い、今の話、本当なの…?」
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