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序章 異能力者転生編

第9話 異能vs魔物

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村を出立した二階堂達三人は、数日かけて王都への道を進んでいた。

「ねえねえ、僕二人のことについてもっと知りたいな!二人は一体どういう関係なの?」

馬車に揺られながらエットが、二階堂とノアに問いかける。

「別にどうってことはないわよ、森で出会って利害が一致した吸血鬼と謎の男、それが私達よ」

ノアが簡潔に二階堂との関係性を伝えると、謎の男呼ばわりされた二階堂が、眉を顰めて彼女を睨む。

「…なによ、だってアンタが何者なのか分からないんだもの。
 いい加減少しは教えてくれてもいいんじゃないの?私だって事情話したじゃない」

「まあいずれは話すさ。だが腹の中にまだ秘密を隠してるのはお前もだろ、ノア」

「え?私はもう…」

「俺はお前がただの吸血鬼だって信用してないぜ、第一日の光を散々浴びてるのにお前全然平気じゃないか。
 何か特別な対処法があるとか、特異な体質とかじゃねえと説明がつかないだろ」

眉間に皺を寄せ指摘する二階堂に対し、ノアとエットはポカンと唖然する。

「…なんで吸血鬼が日の光を浴びちゃいけないのよ?」

「え?だって普通そうだろ、吸血鬼といえば」

「そんなことないよ。そんな話聞いたことないし、吸血鬼の村だって普通に日の当たるところにあるよ」
 
「そ、そうなのか?」

鋭く問い返した二階堂は一変、二人に疑念の目で見られる。

「どうやらアンタと私達の常識にはだいぶ開きがあるようね、一体アンタ何者なの?」

「もしかしてここら辺の人じゃないとか?でもこんな辺境の森に異邦人なんて居るかな…」

「え、あ、いや、その…」

分かりやすく動揺する二階堂。ノアとエットがじーっと彼を見つめていると、
不意に辺りへ大きな叫び声が響き渡った。

「っ!?な、なんだ!?」

「ちょ、ちょっと!アンタ達落ち着きなさいよ!慌てないでって!」

叫び声に怯え、慌てふためく馬の手綱を引き、ノアは周囲を見渡す。
すると生い茂る森の中から、何者かが大きな足音を立てて、こちらへ近づいてきた。

「…どうやら魔物みたいだね、しかも近くにいる」

「ええ、馬も怯えちゃって動けそうにないし、やるしかなさそうよ」

「お、おい、魔物ってなんだ?ここら辺には化け物もうろついてんのか?」

「はぁ?アンタ魔物も知らないの?いよいよ世間知らずを通り越してるわね」

二階堂に冷たい視線を送りながらも、ノアは魔物について説明する。

「大気中の魔素を長期間体に溜め込みすぎて、悪影響を及ぼし変異した生き物、それが魔物よ。
 人間は魔法や魔術で魔力を消費して、体内から魔素を放出できるけど、魔力を消費する術がない生き物は、
 必然的に魔素を溜め込みすぎてしまう。特にオークなんかは魔法の文化が発展していないから、
 魔素を溜め込んだが最後…」

森から姿を現した魔物が、三人を見下ろし殺意を向ける。

「こうやって魔物に変異するしかなくなっちゃうのよ。
 このデカブツはオークが魔物化した”オーガ“、どうやら私達を餌にしたいみたいね」

見下ろされるほど大きな図体をしたオーガと相対する三人は、各々違う反応を見せた。

「で、でけぇ…!四メートルくらいはあるだろ」

「覚悟はいいわね?期待してるわよ二人とも」

「随分冷静なんだねノアちゃん、何か秘策でもあるのかな?」

「フフッ、どうかしらね」

手に持った大きな棍棒を振るい、オーガが三人に向かって接近してくる。
すると先手必勝を賭けた二階堂が、オーガの大きな足へ手を伸ばす。

「いくらデカかろうが知ったことか!そのままミイラにしてやる!!」

二階堂が足に触れる刹那、突然目の前からオーガの足が消える。
目を丸くした彼が目線を上げると、頭上から大きなオーガの足が自身を踏み潰さんと近づいてきた。

「くっ!踏み潰されてたまるか!」

迫り来るオーガの踏み潰し攻撃を、サイドステップでかわした二階堂は、
足の側面に手を伸ばし、能力を叩き込もうとした。

「これで終わ__

攻撃を試みた二階堂の頭上へ、オーガが棍棒を振り下ろした。
咄嗟に二階堂は、伸ばしていた手を頭の上に掲げ、近づいてくる棍棒に能力を使用する。

たちまちオーガの棍棒はバラバラに砕け、木片を辺りに散りばめて地面に落下した。

「悪いな、今度から木製はやめるといい」

二階堂はオーガの腕目掛けて、能力を叩き込もうと手を伸ばす。
決定打を与えられると確信した二階堂は、次の瞬間歪んだ顔を浮かべた。

オーガが口を大きく開け、辺りの草木を揺らすほどの咆哮を響かせたのだ。

「ぐぅっ!!こ、これはヤバい…!耳が張り裂けそうだ!!」

耳に手を当て頭を抱える二階堂に対し、オーガは殺意を込めて拳を振り上げた。

「っ!?し、しま…」

二階堂に拳が振り下ろされる刹那、後方から放たれた矢が、
オーガの顎先に辺り、顔を上へと跳ね上げた。

「くっ、流石強靭な皮膚で守られたオーガ、ただの矢じゃ刺さりそうにないや」

「エット!助かったぜ!!」

離れたところから援護射撃をしたエットは、二階堂に迫る攻撃を阻害し、
彼が危険エリアから離れる隙を作った。一度攻防を仕切り直した三人の内、ノアが静かに口を開く。

「人相手に使うのは気が引けるからやらなかったけど、これ以上出し惜しみしてられないわね」
 二階堂、エット君、離れて頂戴。ここは私が出るわ」

「何言ってやがる?お前こそ危ねえから離れてろ、ここは戦える俺たちがなんとか…」

「確かに私は魔法も武術も使えなければ、翼はあれど空を飛べるわけでもない。
 でも何もできないとは言ってないわよ?」

ノアは拳を硬く握り、堂々とオーガの目の前で仁王立ちをする。

「…いくわよオーガ、恨むなら己の運命を恨みなさい」

するとノアの体に突如変化が訪れる。肌は藤色に染まり、四肢や胴が大きく膨張し、牙が鋭く光る。
先程とは大きく身長も筋肉量も増加した彼女は、青一色に占拠された瞳を二階堂に向け、牙を剥き出しにこう言った。

「吸血鬼は個体によって別の姿に変身出来るの。
 私は“ガーゴイル”に変化することが可能なのよ」

「な、なんだと!?」

「すごい!すごいよノアちゃん!これならあのオーガにだって負けないよ!」

「フン、そうね…」

巨大化したノアは大きな足音を立て、オーガに向かって肉薄する。
身の危険を感じたオーガが、彼女に向かって拳を放つも、ノアが瞬時に手で掴み取り、
すかさず片方のオーガの拳も、力を込めて握りしめた。

「今よ二階堂!コイツにアンタの力を使って!!」

ノアの言葉に反応し、二階堂はオーガの腹部に拳を放つ。
オーガがそれに勘づき、咆哮で再び二階堂の動きを止めようとした。
次の瞬間、ノアの重々しい頭突きが、オーガの顔面に激突し、咆哮を口ごと黙らせる。

そしてついに二階堂の拳がオーガの腹部に接触し、
殴られた部分を中心に、オーガの体シワシワに干からび始めた。

『グ…グオオオオオオオ!!!!』

オーガは叫び声を上げながら、後ろから地面へ倒れ込む。
段々と呼吸が緩やかになり、魔素の影響で大きくなった体が萎んでいく。
その姿は、先程よりは元のオークの姿に近づいているように見えた。

「…終わったわね」

戦いの終わりを察したノアが、ガーゴイル状態から元の姿へと戻る。
生命感の薄れるオーガに対し、二階堂は近寄ると膝をついて口を開いた。

「なあノア、コイツはもう助からねえのか?」

「ええ、魔物化した生き物は、死ぬまで元に戻ることはないわ。
 魔素に順応出来なかった哀れな生物の末路よ」

「…コイツは何の抗う術もなく、ただ理不尽に変異し、ただ無意味に暴走した。
 いくアテもなく、理性を失って暴れ回り、最後は死に場所も選べねえ…か」

二階堂はオーガの首に手を当て、死を待つのみになった魔物に対し、寂しそうな瞳を浮かべた。

「すまねえ、俺がお前にしてやれることは、老衰で逝かせてやることくらいだ。
 戦いで惨たらしく死ぬより…苦しくないと思う」

二階堂がオーガを楽にしようとする。
魔物として理性を暴走させていた辛さを、オークとして生きることを許されない苦しみを、
二階堂は異世界人ながらも、倒したオーガのことを思い、穢れた生き方に終止符を打とうとしたのだ。
彼の触れたオーガの体が、痩せ細り生気を失っていく。
段々鼓動の小さくなっていくオーガは、最後に小さな声で言葉を残した。

『ア…リガ…トウ…』

二階堂達に見守られながら、オークは安らかにこの世を去った。

「…行こう、彼にしてあげれることはもう何もない」

「ええ、そうね…」

二階堂とノアは静かな足取りで、道にある馬車へと歩み始めた。

二人が馬車に乗り込む最中、エットはオークを見つめ、静かに言葉を呟く。

「…ごめんね、必ず僕が何とかするから、必ず…!」

エットが馬車の中に入ると、三人は再び王都へと距離を縮める。




しばらくしてオークの遺体の元に、マントを羽織った女が姿を現し、小さく口角を上げ微笑んだ。

「フフフ、またいい兵士になりそうなのが見つかったわ…」
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