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序章 異能力者転生編

第20話 吸血鬼、交渉する

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二階堂が大金を手に入れた一方、騎士団の所有する兵舎の前で、ノアが声を荒げていた。

「ちょっと!!中に誰もいないの!?私、アナタ達に頼みがあるんだけど!!」

彼女は騎士団へ交渉をしに、兵舎へ訪れていた。
頼み込む彼女の金髪と尻尾が、扉を叩く動作によりゆらゆらと揺れ動く。

「くぅー!仮にも王国の騎士団なんでしょ!?何で誰も出てこないのよ!!」

ノアが立ち往生をくらっていると、後ろから小さな少女が声をかけてきた。

「ちょっとあなた、扉の前でうるさいんだけど」

「あっ、ご、ごめんなさい!迷惑だったわよね」

頭を下げるノアに対し、少女は疑問を尋ねる。

「ここに何の用?」

「え、えーっと、離れたところにある村へ警備兵を送ってほしくて、騎士団へ頼みに来たんだけど…」

「ふーん、もしかして急を要する?」

「ううん、ただ野盗に狙われたことがあるから、
 今後のことを見越して、村を守る人手が欲しいのよ」

ノアの用件を聞いた少女は、無表情のまま考えた後、兵舎の扉に手をかける。

「まあいいわ、扉の鍵を開けるから、話は中で騎士団長に聞いてもらって」

「あ、アナタここの鍵なんて持っているの?もしかして騎士団の関係者さん?」

「似たようなもの、さあ中に入って」

青髪の少女に案内され、ノアは兵舎の中に足を踏み入れる。
廊下を歩いていると、先導する少女がすれ違った一人の騎士を呼び止めた。

「ちょっと、また正面の窓口に人がいなかった。気をつけて?」

「す、すみませんロスお嬢!人手が不足してて…今すぐ僕が行ってきます!」

騎士が急いで入り口へと向かうと、ノアは少女に話しかけた。

「アナタ、ロスさんっていうの?随分騎士に慕われてるみたいね」

「慕われてない、ただ言うこと聞いてるだけ」

「そんなことないわよ!だってお嬢って言われてたじゃない、
 慕われてなかったら普通言わないわよ」

「それは…まあいい。団長室に着いたから、あとは自分で何とかして」

「ありがとう!恩に着るわ!」

「着ないでいい、面倒くさい」

ノアを団長室の前まで案内したロスは、廊下の奥へと去っていった。
深呼吸を吐き扉をノックするノア、彼女は大きな声で入室可能か尋ねる。

「すみません!騎士団長さんに頼みがあってきたのだけど!中へ入れてくれないかしら?」

すると扉がむこうから開き、中にいた女性が姿を現した。

「おや?誰だ君は?面会なら窓口を通して欲しいんだが…」

「窓口に人がいなくて、でもロスさんって子がここまで案内してくれたんです。
 あの…少しお願い事があって、話を聞いて下さいませんか?」

「そうかロスが案内を…分かった、入りなさい」

ノアを中に招き入れると、女性は椅子に腰を下ろし、自己紹介を始めた。

「私は王国騎士団長エドナ・ボーデンミラーだ。
 窓口での対応がなかったのは謝罪する。それで君は何という名前なんだい?」

「私はノアといいます、吸血鬼です。
 王都から離れたところにある村へ、警備兵を何人か送ってくれるよう、お願いをしにきたのですが…」

「警備兵を何人か…か」

「はい、私がお世話になった村でして、仲間の住んでいた故郷でもあるんです。
 どうかお願いを聞いていただけませんか?」

エドナはしばらく考えた後、葛藤の末にノアへ答えた。

「申し訳ないが、今騎士団から人手を送ることは出来ない。こちらも人員不足で手一杯なのだ」

「そ、そんな!!仲間の願いなんです!せめて一人でもいいから…」

「近頃のアンデット騒動さえなければ、今すぐ人手を送ってやれるのだが、
 なにせ戦闘時の被害が大きくてね…すまない、もしこの件が片付いたら警備を向かわせよう」

ノアはエドナの口からアンデットという言葉を聞き、顔色を悪くする。

「さっきも王都の前で奴らと戦いました。
 アンデットの騒動というのは、騎士団に被害を出すほど酷くなっているのですか?」

「ああ、正直手に余っている。私も現場に赴き対処しているが、いかんせん各地で被害が出ていて、
 なおかつどこに現れるか分からないとなると、もう手のつけようがない。
 君の頼みを聞いてあげたいのは山々なのだが、我々も余裕がないのだ…」

頭を抱えるエドナを見て、責任を感じたノアが、申し訳なさそうな顔を浮かべる。
すると部屋の扉が勢いよく開き、一人の騎士がエドナへ報告した。

「失礼します騎士団長!王都の噴水広場で暴動があった模様です!!至急、応援部隊の出動許可を!!」

「暴動だと?一体どんな?」

エドナが聞き返すと、騎士は驚くべきことを口にする。

「それが…アンデットが広場で暴れているとのことです!!」

「何!?バカな!!アンデットが王都にいるだと!?」

エドナは椅子から立ち上がり、顔を真っ青にして声を上げる。

「ありえん、アンデットが王都内に紛れ込むなど…入り口の門は硬く閉ざし、入場を禁止しているはず。
 誰も中に入ってくることなど出来ないはずだ!おい君、暴動が起こったというのは本当か?」

「本当です!!現に周囲の市民へ避難勧告も出しています!騎士団長!応援の許可を!!」

「分かった、応援を許可する。私も武装を整え次第、出撃を…」

エドナが壁にかかった槍を手に取り、部屋から出ようとすると、塞ぐようにロスが立っていた。

「ダメ、騎士団のトップともあろう人が、こんなところでリスクを負う必要ない。
 代わりに私が現場に行ってあげる」

「ロス!何を言ってるんだ!?お前は危険だから避難していてくれ!!
 ここは騎士団の団長たる私が、王都の安全を守る!」

「だったら最後の手段として控えていて、エドナお姉ちゃんは騎士団の希望なんだから。
 ここでアンデットに感染でもしたら、団はすぐに崩壊するよ」

エドナに留まるよう説得するロス、二人のやり取りを聞いて、ノアは疑問を投げつけた。

「ちょっと待って、エドナお姉ちゃん…って、アナタ達姉妹なの?」

「ああそうだ。ロスは私の妹で、王立魔法学校の主席卒業生だ。
 だから実力は折り紙付きなんだが、でも…」

「肉親だからって理由で心配してるなら、余計なお世話だよお姉ちゃん。
 私は広場に行くから、あなたはどうするの?そこの吸血鬼さん」

「わ、私も行くわ!だって…」

ノアは出しかけた言葉を飲み込み、代わりに心の中で唱える。

(もしかしたらアンデット達は、屋敷から奪われた“死霊術網羅書”で生み出されたのかもしれないもの!!
仮にそうだとしたら、私が全部なんとかしなくちゃ!!これは私の問題なのよ!!)

兵舎から飛び出したノアとロスは、急いで噴水広場まで距離を縮めた。



王都の防壁の外から、不審な男が大きな檻を引きずり、ニヤリと笑みを浮かべる。

「クヒヒ…さあかわいいアンデット達よ、壁のむこうへ行っておいで」

男が檻に入ったアンデットに触れると、次の瞬間アンデットが姿を消した。
奇妙な現象が起こったこの場を、見た者は誰もいない。



一方王都の内部では、市民達が混乱の渦に飲み込まれていた。

「うわあああ!!!助けてくれええ!!」

「噴水の方で化け物が現れたぞ!!今すぐ離れるんだ!!」

市民が近くの噴水広場から一斉に逃走すると、彼らの行手を阻むが如く、アンデットが姿を現した。

「うああああ!!ここにもいたぞ!?ダ、ダメだ!!こっちは逃げられない!!」

「でも後ろは噴水広場だぞ!?か、囲まれちまったんじゃないのか!?」

逃げ遅れた市民を取り囲み、数体のアンデットが徐々に近づいていく。
なす術なく襲われてしまうかに見えたその時、二つの人影がアンデットの背後に飛びかかる。

「アンタらいい加減にしなさい!!死体は地中に眠ってればいいのよ!!」

「アンデット風情が生きた人間を襲うなんて、そこまでしてお仲間がほしい?」

駆けつけたノアとロスが、アンデット達に攻撃を仕掛けた。
ロスの氷魔法が頭部を貫き、ノアのかかと落としが脳天に直撃する。
二体のアンデットを倒した二人が、市民に避難を促しつつ、残りの敵と相対した。

「市民の皆、死にたくなかったら安全なところまで避難して」

「ねえロスちゃん、このアンデットって一体どうやって来たの?」

「気軽にちゃん付けしないで。…でもそうね、門からは入れないし、
 防壁をよじ登るのも、見張りが居るから無理だと思う。今は見当もつかない」

ロスは問答を行いつつも、氷の結晶をアンデットに飛ばした。
すると背後からアンデットが一体飛びかかってくる。

「っ!!ロスちゃん危ない!!」

ノアが飛び蹴りを繰り出し、ロスの近くからアンデットを引き離した。

「はぁ、はぁ、大丈夫!?」

「あなたこそ大丈夫なの?武器がないなら魔法を使って」

「あはは…わ、私どっちも使えないのよね」

不甲斐なく笑うノアに対し、ロスはため息をついた。
すると飛び蹴りをくらったはずのアンデットが、平然と地面から立ちあがろうとする。
ロスは瞬時に手から氷を撃ち出し、頭部へ直撃させ撃破した。

「とりあえず今いる分は片付いた、被害は出ていなさそう」

「そ、そう!よかったぁ!市民の方が噛まれてたら、私どうしようかと…」

二人が敵を殲滅し、安堵したのも束の間、
目の前から突然アンデットが出現し、彼女達を再び戦闘態勢に引き戻す。

「ね、ねえ、もしかしてこのアンデット、魔法で別の場所から転移させられてるんじゃないかしら?」

「それはない、王都内は監視の目が厳しいはずだし、
 現にアンデットが一体でもいたら、今みたいに騒ぎになってる。
 外からならもっとありえない。防壁には魔法防御の結界が張られていて、
 一切外側から魔法で干渉出来ないようになってる。魔法の類でアンデットが湧いているわけではない」

「でも目の前の奴は、今この場で現れたわよ!?魔法以外説明つかないじゃない!」

二人が原因を考えていると、アンデットが隙を見て突撃してきた。
ロスは瞬時に氷魔法を詠唱し、アンデットの足元を凍らせる。
すかさずノアが飛び膝蹴りを放ち、頭部に向かってクリーンヒットさせた。

「はぁ…はぁ…さ、流石に何体も来られたらキツいわよ、
 しかも出現する理由が分からないなんて、一体どうしたらいいの!?」

王都の内部に湧いて出るアンデットに、ノア達はピンチを強いられた。
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