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朝の光が、白いカーテン越しに揺れていた。
喉の痛みはほとんど消え、熱も下がっている。
けれど――体の芯に、まだ鉛のような重さが残っていた。
「……レン?」
そっと体を起こすと、すぐそばの椅子にレンが座っていた。
鎧の上着を脱いで、腕を組んだまま浅い眠りに落ちている。
額にはうっすら汗がにじみ、長い睫毛が光を受けてきらめいていた。
(……ずっと看病してくれてたんだ)
その姿を見た瞬間、胸の奥が痛くなる。
自分のことで、彼をこんなにも心配させてしまったのだと思うと。
立ち上がろうとしたその時――
「……どこ行くつもりだ」
眠っていたはずのレンが、低くつぶやいた。
黒い瞳が、すぐにこちらを射抜く。
「ギルドに……仕事に行こうかって……」
「ダメだ。まだ完全に治ってない。血も吐いたのに無理だ」
「でも、仕事が――」
「いいから。お前はここで休め。……いいな。」
短く言い切ると、レンは装備を整え始めた。
その背中は大きく、頼もしく、そして少し遠い。
「行ってくる。鍵は閉めておけ」
そう言い残して、扉の向こうに消えた。
――けれど。
その背中を見送ったあと、胸の奥にざらりとした不安が残った。
(……じっとしてるなんて、無理だよ)
洗面台の水で顔を洗い、上着を羽織る。
足取りはまだふらつくけれど、心は妙に冴えていた。
---
昼どきのギルドは、いつもと変わらぬ喧騒に包まれていた。
冒険者たちの笑い声、紙の擦れる音、ペンの走る音。
それら全部が、今はどこか遠くの世界の音のように感じられた。
掲示板の前に人だかりができている。
新しい依頼でも貼り出されたのかと思いながら、
なんとなく近づいて――
そして、足が止まった。
見慣れた紙の中に、一枚だけ色の違うものがあった。
黒い縁取りの、死亡通知。
【死亡通知書 ロイズ・アルディン オークとの戦闘中死亡】
空気が、音もなく凍った。
喉の奥が乾いて、声が出ない。
この間まで食堂で笑っていた顔が――思い出の中で消えていく。
誰かが背後で小さく息を呑む気配。
それでも私は、掲示板の前から動けなかった。
(……ロイズ、君が……?)
視界がにじむ。
泣いているのかどうかも、もう分からなかった。
「リーナ!悪いけど裏口の備品取ってきてもらえる?手が離せなくて」
マリアに声をかけられ私は裏口に向かった。
裏口の扉を押すと、冷たい風と木箱の匂いの向こうに、ぽつんと座る誰かの背中が見えた。
近づくと、それがソーマだと分かる。顔を伏せ、肩を少し震わせている。
「……ソーマ?」
気まずくなるかと思ったら、彼はくしゃりと笑って顔を上げた。目が赤く、鼻も少し赤い。
「見られたな」
恥ずかしそうに、照れ隠しのようにそう言う。けれどその声には、取り繕えない怒りと悲しみが混じっていた。
私はそっと彼の隣にしゃがむ。夜の空気がふたりを包む。
「ロイズ君が……本当に、死んだんだね」
ソーマはうなずき、拳をぎゅっと握りしめる。
「いや……あいつは、オークにやられるようなやつじゃない。無鉄砲だけど、馬鹿じゃない。あのときの傷の具合、周りの状況、全部がおかしいんだ」
声が低く、歯切れが悪い。目の奥には燃えるような決意が見えた。
「なにか裏がある、って思うんだ。俺は……あいつの敵を、絶対に取る」
ソーマの言葉が静かな裏口の闇にとどろいた。固い誓いだ。指先に力が入って、節が白くなる。
私は小さく息を吐いた。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
——もし本当に“裏”があるのなら、放ってはおけない。
「ソーマ……一緒に調べてもいい?」
素直に出た言葉に、ソーマが驚いたように顔を上げる。
「リーナ……お前、まだ熱があるんじゃなかったのか?」
「大丈夫。もう熱は下がった。——それに、私も知りたい」
固まっていた何かが、ふっとほどける気がした。
ソーマは少し考えてから、こくりとうなずいた。
「なら、頼む。無茶はするなよ、分かってるか?」
「うん。無茶はしない。……でも、手伝わせて」
彼は少しだけ笑って、眉間の皺をほぐした。その笑顔は、いつもの太陽のように眩しかった。
「よし。じゃあまずは、あの日の現場とロイズの行動記録を洗ってみる。怪しいことがあったら全部調べる。絶対に、真相を暴く」
夜風が二人の頬を冷やす。裏口の木箱が静かに揺れ、遠くで犬が一声ほえた。
――私は木箱の端っこに、そっと手を添えた。
喉の痛みはほとんど消え、熱も下がっている。
けれど――体の芯に、まだ鉛のような重さが残っていた。
「……レン?」
そっと体を起こすと、すぐそばの椅子にレンが座っていた。
鎧の上着を脱いで、腕を組んだまま浅い眠りに落ちている。
額にはうっすら汗がにじみ、長い睫毛が光を受けてきらめいていた。
(……ずっと看病してくれてたんだ)
その姿を見た瞬間、胸の奥が痛くなる。
自分のことで、彼をこんなにも心配させてしまったのだと思うと。
立ち上がろうとしたその時――
「……どこ行くつもりだ」
眠っていたはずのレンが、低くつぶやいた。
黒い瞳が、すぐにこちらを射抜く。
「ギルドに……仕事に行こうかって……」
「ダメだ。まだ完全に治ってない。血も吐いたのに無理だ」
「でも、仕事が――」
「いいから。お前はここで休め。……いいな。」
短く言い切ると、レンは装備を整え始めた。
その背中は大きく、頼もしく、そして少し遠い。
「行ってくる。鍵は閉めておけ」
そう言い残して、扉の向こうに消えた。
――けれど。
その背中を見送ったあと、胸の奥にざらりとした不安が残った。
(……じっとしてるなんて、無理だよ)
洗面台の水で顔を洗い、上着を羽織る。
足取りはまだふらつくけれど、心は妙に冴えていた。
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昼どきのギルドは、いつもと変わらぬ喧騒に包まれていた。
冒険者たちの笑い声、紙の擦れる音、ペンの走る音。
それら全部が、今はどこか遠くの世界の音のように感じられた。
掲示板の前に人だかりができている。
新しい依頼でも貼り出されたのかと思いながら、
なんとなく近づいて――
そして、足が止まった。
見慣れた紙の中に、一枚だけ色の違うものがあった。
黒い縁取りの、死亡通知。
【死亡通知書 ロイズ・アルディン オークとの戦闘中死亡】
空気が、音もなく凍った。
喉の奥が乾いて、声が出ない。
この間まで食堂で笑っていた顔が――思い出の中で消えていく。
誰かが背後で小さく息を呑む気配。
それでも私は、掲示板の前から動けなかった。
(……ロイズ、君が……?)
視界がにじむ。
泣いているのかどうかも、もう分からなかった。
「リーナ!悪いけど裏口の備品取ってきてもらえる?手が離せなくて」
マリアに声をかけられ私は裏口に向かった。
裏口の扉を押すと、冷たい風と木箱の匂いの向こうに、ぽつんと座る誰かの背中が見えた。
近づくと、それがソーマだと分かる。顔を伏せ、肩を少し震わせている。
「……ソーマ?」
気まずくなるかと思ったら、彼はくしゃりと笑って顔を上げた。目が赤く、鼻も少し赤い。
「見られたな」
恥ずかしそうに、照れ隠しのようにそう言う。けれどその声には、取り繕えない怒りと悲しみが混じっていた。
私はそっと彼の隣にしゃがむ。夜の空気がふたりを包む。
「ロイズ君が……本当に、死んだんだね」
ソーマはうなずき、拳をぎゅっと握りしめる。
「いや……あいつは、オークにやられるようなやつじゃない。無鉄砲だけど、馬鹿じゃない。あのときの傷の具合、周りの状況、全部がおかしいんだ」
声が低く、歯切れが悪い。目の奥には燃えるような決意が見えた。
「なにか裏がある、って思うんだ。俺は……あいつの敵を、絶対に取る」
ソーマの言葉が静かな裏口の闇にとどろいた。固い誓いだ。指先に力が入って、節が白くなる。
私は小さく息を吐いた。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
——もし本当に“裏”があるのなら、放ってはおけない。
「ソーマ……一緒に調べてもいい?」
素直に出た言葉に、ソーマが驚いたように顔を上げる。
「リーナ……お前、まだ熱があるんじゃなかったのか?」
「大丈夫。もう熱は下がった。——それに、私も知りたい」
固まっていた何かが、ふっとほどける気がした。
ソーマは少し考えてから、こくりとうなずいた。
「なら、頼む。無茶はするなよ、分かってるか?」
「うん。無茶はしない。……でも、手伝わせて」
彼は少しだけ笑って、眉間の皺をほぐした。その笑顔は、いつもの太陽のように眩しかった。
「よし。じゃあまずは、あの日の現場とロイズの行動記録を洗ってみる。怪しいことがあったら全部調べる。絶対に、真相を暴く」
夜風が二人の頬を冷やす。裏口の木箱が静かに揺れ、遠くで犬が一声ほえた。
――私は木箱の端っこに、そっと手を添えた。
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