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「さて、これからどうするかだ」
重い空気を断ち切るように、アレクが口を開いた。
薄暗い個室のランプが、彼の横顔を鋭く照らす。
「ゾルフとロイズを殺した犯人は──自分の正体が露見するのを何より恐れているらしい。ゾルフの手帳をレンが手に入れたと知れば……間違いなく動く」
「上等だ……返り討ちにしてやる」
レンが低く唸るように言った。
その目は怒りで赤く燃えていた。
「問題はリーナも狙われていることだ。……意図は読めんが、放ってはおけない」
アレクがそう言うと、ソーマがふと首を傾げて問いかける。
「なあ、レン。今更なんだけどさ……なんでこのメンバーなんだ? 他に誰も呼ばないのか?」
「アレクとお前は……ギルドの中で一番信用できる。巻き込まれているリーナもだ」
「おいおい、珍しく素直でびっくりしたわ」
ソーマがにやりと笑い、場の張り詰めた空気が少しだけ緩む。
だが私は、胸の奥の不安を抑えられず、おずおずと口を開いた。
「……ギルド長には、話しちゃだめ……なの?」
「内通者がいる以上、ギルド長にも言わないほうがいい」
アレクは即答した。
「誰が漏らすか分からん状況だ。上に行けば行くほど危険が増す」
その声は静かだが、確信に満ちていた。
「レンは強い。そこらの刺客じゃ歯が立たんだろうが……問題はリーナだ」
「わ、私……?」
視線が集まり、思わず背筋が伸びる。
「……血を吐いた時、薬は飲んでいたのか?」
アレクの真剣な問いに、私は頷いた。
「ええ、あれから欠かさず……」
「ふむ……」
アレクは腕を組み、眉間に深い皺を寄せる。
そして沈黙のあと──ぼそりと呟いた。
「……俺の考えすぎだといいんだが」
「何だよ、はっきり言えアレク」
レンが険しい顔で詰め寄る。
アレクはためらいながらも言った。
「気づかず毒を盛られている可能性がある」
「……は?」
空気が、冷たく変わった。
「まさか!? 誰がリーナに!?」
レンが椅子を蹴る勢いで立ち上がり、叫ぶ。
その声に、ランプの火が揺れた。
「あくまで可能性だ。だが……薬を飲んで症状が安定するどころか急激に悪化したとなると、考えざるを得ない」
アレクは静かに続ける。
「誰かが……追加でヴェノムストーンを与えた可能性もある」
息が止まるような沈黙が落ちた。
「もう、リーナはギルドに行くな……」
レンの声は絞り出すようで、胸の奥から滲む必死さが伝わってきた。
「無理よ……仕事もあるし……」
私は小さく首を振る。。
「仕事より命のほうが大事だろ!」
レンが叫ぶ。怒気と心配が入り混じった声は、酒場の静かな個室に響いた。
「リーナになにかあったら……俺は……俺は……!」
言葉が止まり、彼の拳が机を強く叩く音だけが響く。
「気持ちは分かるが、落ち着け」
アレクが静かに肩に手を置き、レンの視線を制する。
「かと言って、確かに寮にずっと一人で置いとくのも危険だ。そこで提案だ。しばらく借家を借りて、リーナはそこで暮らす──夜はレンか俺かソーマが護衛につく。昼間だけギルドで働くなら、犯人も手を出せないだろう。少し不自由はあると思うが……」
「夜は俺が隣だ。お前らは入れん」
レンの声はムスっとしていて、譲らない決意が滲んでいる。
「でも……いつまで……?」
小さな声で漏らすと、レンが静かに私の顔を覗き込む。
「分からないが、俺の勘が正しければ、リーナが寮からいなくなれば、何らかのアクションがあるはずだ」
視線を落とす私。胸の奥がざわつく。
「不安、か?」
レンの声は低く、でも確かに温かい。
瞳を覗き込むその視線に、言葉が出せずに固まる。
「不安なんて——」
言葉を飲み込むと、前世の記憶が突然フラッシュバックした。
結婚した途端、態度を変えた夫。
一緒に住んだら……このレンが、変わらないと断言できるだろうか。
「っつ……うっうっ……」
気づけば、大粒の涙が頬を伝っていた。
心の奥の不安と恐怖が、体を震わせて押し寄せる。
「急な話で混乱させたな。怖いよな……よしよし」
レンの腕がそっと私を抱きしめ、小さな子をあやすように背中を優しく撫でる。
その手の温もりに、少しだけ心の重さが和らいだ。
「心配するなリーナ。レンが“狼化”しないように、俺も様子見に行ってやるからな」
ソーマがニヤッと笑って肩をすくめる。
「誰が狼化だ……」
レンが低く唸るが、ソーマはまるで気にせず続ける。
「だってお前、リーナのことになると正気飛ぶじゃん?夜中に押し倒しに来そうだし」
「来ない!……いや、行くけど……一緒に眠るだけだ!」
「自白したぁー!!」
ソーマが机を叩いて笑い、アレクが頭を押さえる。
「まあ、あんまり不安なら無理しなくてもいいぞ。これはあくまで提案だ」
アレクが穏やかに補足し、落ち着かせるように私へと視線を向ける。
「住む場所を変えるのがストレスなら、他の手も考えられる」
少し息がしやすくなった。
でもその直後――
「俺、リーナと一緒に暮らしたい」
レンが真顔で、何の迷いもなく言い切った。
空気が止まる。
「「お前は下心を抑えろ!!」」
アレクとソーマが、まったく同じ声量で同時に叫んだ。
「下心じゃない。俺は純粋に……いや、下心はない……いや、あるけどそれだけじゃなくて……!」
レンが珍しく言葉に詰まり、耳まで真っ赤になっている。
「“あるけど”って言っちゃってるじゃねぇか!」
ソーマが腹を抱えて笑い、アレクは深い溜め息をついた。
「リーナが困ってんだろうが……少しは自重しろ、バカ犬」
「犬……?」
「“発情期の狼”よりは温情あるだろ」
「全然温情ねえよ!」
レンの抗議が跳ね返るように、個室に笑い声が広がった。
重い空気を断ち切るように、アレクが口を開いた。
薄暗い個室のランプが、彼の横顔を鋭く照らす。
「ゾルフとロイズを殺した犯人は──自分の正体が露見するのを何より恐れているらしい。ゾルフの手帳をレンが手に入れたと知れば……間違いなく動く」
「上等だ……返り討ちにしてやる」
レンが低く唸るように言った。
その目は怒りで赤く燃えていた。
「問題はリーナも狙われていることだ。……意図は読めんが、放ってはおけない」
アレクがそう言うと、ソーマがふと首を傾げて問いかける。
「なあ、レン。今更なんだけどさ……なんでこのメンバーなんだ? 他に誰も呼ばないのか?」
「アレクとお前は……ギルドの中で一番信用できる。巻き込まれているリーナもだ」
「おいおい、珍しく素直でびっくりしたわ」
ソーマがにやりと笑い、場の張り詰めた空気が少しだけ緩む。
だが私は、胸の奥の不安を抑えられず、おずおずと口を開いた。
「……ギルド長には、話しちゃだめ……なの?」
「内通者がいる以上、ギルド長にも言わないほうがいい」
アレクは即答した。
「誰が漏らすか分からん状況だ。上に行けば行くほど危険が増す」
その声は静かだが、確信に満ちていた。
「レンは強い。そこらの刺客じゃ歯が立たんだろうが……問題はリーナだ」
「わ、私……?」
視線が集まり、思わず背筋が伸びる。
「……血を吐いた時、薬は飲んでいたのか?」
アレクの真剣な問いに、私は頷いた。
「ええ、あれから欠かさず……」
「ふむ……」
アレクは腕を組み、眉間に深い皺を寄せる。
そして沈黙のあと──ぼそりと呟いた。
「……俺の考えすぎだといいんだが」
「何だよ、はっきり言えアレク」
レンが険しい顔で詰め寄る。
アレクはためらいながらも言った。
「気づかず毒を盛られている可能性がある」
「……は?」
空気が、冷たく変わった。
「まさか!? 誰がリーナに!?」
レンが椅子を蹴る勢いで立ち上がり、叫ぶ。
その声に、ランプの火が揺れた。
「あくまで可能性だ。だが……薬を飲んで症状が安定するどころか急激に悪化したとなると、考えざるを得ない」
アレクは静かに続ける。
「誰かが……追加でヴェノムストーンを与えた可能性もある」
息が止まるような沈黙が落ちた。
「もう、リーナはギルドに行くな……」
レンの声は絞り出すようで、胸の奥から滲む必死さが伝わってきた。
「無理よ……仕事もあるし……」
私は小さく首を振る。。
「仕事より命のほうが大事だろ!」
レンが叫ぶ。怒気と心配が入り混じった声は、酒場の静かな個室に響いた。
「リーナになにかあったら……俺は……俺は……!」
言葉が止まり、彼の拳が机を強く叩く音だけが響く。
「気持ちは分かるが、落ち着け」
アレクが静かに肩に手を置き、レンの視線を制する。
「かと言って、確かに寮にずっと一人で置いとくのも危険だ。そこで提案だ。しばらく借家を借りて、リーナはそこで暮らす──夜はレンか俺かソーマが護衛につく。昼間だけギルドで働くなら、犯人も手を出せないだろう。少し不自由はあると思うが……」
「夜は俺が隣だ。お前らは入れん」
レンの声はムスっとしていて、譲らない決意が滲んでいる。
「でも……いつまで……?」
小さな声で漏らすと、レンが静かに私の顔を覗き込む。
「分からないが、俺の勘が正しければ、リーナが寮からいなくなれば、何らかのアクションがあるはずだ」
視線を落とす私。胸の奥がざわつく。
「不安、か?」
レンの声は低く、でも確かに温かい。
瞳を覗き込むその視線に、言葉が出せずに固まる。
「不安なんて——」
言葉を飲み込むと、前世の記憶が突然フラッシュバックした。
結婚した途端、態度を変えた夫。
一緒に住んだら……このレンが、変わらないと断言できるだろうか。
「っつ……うっうっ……」
気づけば、大粒の涙が頬を伝っていた。
心の奥の不安と恐怖が、体を震わせて押し寄せる。
「急な話で混乱させたな。怖いよな……よしよし」
レンの腕がそっと私を抱きしめ、小さな子をあやすように背中を優しく撫でる。
その手の温もりに、少しだけ心の重さが和らいだ。
「心配するなリーナ。レンが“狼化”しないように、俺も様子見に行ってやるからな」
ソーマがニヤッと笑って肩をすくめる。
「誰が狼化だ……」
レンが低く唸るが、ソーマはまるで気にせず続ける。
「だってお前、リーナのことになると正気飛ぶじゃん?夜中に押し倒しに来そうだし」
「来ない!……いや、行くけど……一緒に眠るだけだ!」
「自白したぁー!!」
ソーマが机を叩いて笑い、アレクが頭を押さえる。
「まあ、あんまり不安なら無理しなくてもいいぞ。これはあくまで提案だ」
アレクが穏やかに補足し、落ち着かせるように私へと視線を向ける。
「住む場所を変えるのがストレスなら、他の手も考えられる」
少し息がしやすくなった。
でもその直後――
「俺、リーナと一緒に暮らしたい」
レンが真顔で、何の迷いもなく言い切った。
空気が止まる。
「「お前は下心を抑えろ!!」」
アレクとソーマが、まったく同じ声量で同時に叫んだ。
「下心じゃない。俺は純粋に……いや、下心はない……いや、あるけどそれだけじゃなくて……!」
レンが珍しく言葉に詰まり、耳まで真っ赤になっている。
「“あるけど”って言っちゃってるじゃねぇか!」
ソーマが腹を抱えて笑い、アレクは深い溜め息をついた。
「リーナが困ってんだろうが……少しは自重しろ、バカ犬」
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